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Classical Features

クラシックの新しい潮流。映画/ドラマで大活躍の作曲家マックス・リヒターの世界。

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Composer Max Richter. Photo: Deutsche Grammophon/Mike Terry

ストリーミング再生2億回超、映画やドラマの音楽で独自の地位を確立している現代を代表する作曲家、マックス・リヒター。クラシックとエレクトロニクスを融合し、反復を基調としたシンプルな音楽が高い支持を得ている彼がニュー・アルバム『エグザイルス』を発売した。

今作は、演奏にクリスチャン・ヤルヴィ指揮バルト海フィルハーモニックを迎えたオーケストラ・アルバム。独自の手法でクラシックの新しい潮流を作り続ける彼の音楽の世界とは?サウンド&ヴィジュアル・ライター前島秀国さんによる寄稿。


極上の睡眠を体験させるための演奏時間8時間の大作を収めたドキュメンタリー

今年上半期に劇場公開されたミニシアター系映画の中で、特に話題を集めた音楽ドキュメンタリー映画『SLEEP マックス・リヒターからの招待状』(2019)。 人気作曲家マックス・リヒターが、リスナーに極上の睡眠を体験させるために発表した演奏時間8時間の大作《スリープ》初の野外ライブを記録した、とてもユニークな作品である。

上映時間1時間40分の映画だから、《スリープ》8時間版の音楽の全部はとても収まりきらないけれど、リヒターが最初に演奏するピアノ・ソロのテーマから、8時間後に感動のコーダを迎えるエピローグまで、全曲の主な聴きどころ(というか寝どころ)はすべて撮影されていたし、映画全体の内容も単なる演奏風景に終始するのではなく、リヒターへのインタビュー、《スリープ》8時間版初演と再演の様子、実際にライブに参加した聴衆の反応などでバランスよく構成され、実に見ごたえのある作品となっていた(実は2017年アムステルダム公演に参加した筆者の寝姿も少しだけ映っている)。

マックス・リヒターという作曲家は、やはり映画と非常に相性の良い作曲家なのだと、改めて実感した。

映画『SLEEP マックス・リヒターからの招待状』予告編

あっという間に人気映画音楽作曲家の座に

マックス・リヒターの名前が映画関係、特にサントラ界隈で注目されるようになってから、すでに10年以上が経っているが、彼の長編映画音楽作曲デビュー作『戦場でワルツを』(2008)を試写室で初めて見た時は、正直、ここまで彼が売れっ子作曲家になるとは予想もつかなかった。

その時点で、リヒターの名前は主にテクノ/エレクトロニカ関係でしか知られていなかったが、何かのレクイエムのような重厚なメインテーマ曲《ホーンテッド・オーシャン》を聴いた時、「ああ、この人はしっかりとしたクラシック音楽教育をバックボーンに持つ作曲家なのだな」と感心した記憶がある。それから10年、リヒターはあっという間に人気映画音楽作曲家の座にのし上がった。

The Haunted Ocean – Waltz With Bashir (2008)

『戦場でワルツを』のアリ・フォルマン監督と再び組んだSFアニメ『コングレス未来学会議』(2013)、謎のカルト集団の台頭を描いたSFテレビドラマ『LEFTOVERS/残された世界』(2014-17)、アメリカの銃規制問題をテーマにした法廷サスペンス『女神の見えざる手』(2016)、アメリカ先住民に家族を殺された騎兵隊大尉の数奇な運命を描いた西部劇『荒野の誓い』(2017)、ドイツ現代美術の巨匠ゲルハルト・リヒターをモデルにした『ある画家の数奇な運命』(2018、リヒターの代表作のひとつ《ノヴェンバー》が テーマ曲に用いられている)、スコットランド女王とイングランド女王の対立を現代的な解釈で描いた歴史劇『ふたりの女王 メアリーとエリザベス』(2018)、そしてブラッド・ピット主演のSF大作『アド・アストラ』(2019)など、これまで彼が手掛けた映画・テレビ音楽のタイトルをすべて列挙していったら、キリがない。

Mari Samuelsen – Max Richter: November (Live from the Forbidden City, Beijing / 2018)

しかしながら、リヒターの名前が人々に広く知られるようになったきっかけは、なんといってもマーティン・スコセッシ監督の映画『シャッター・アイランド』(2010)で《オン・ザ・ネイチャー・オブ・デイライト》が 使用されてからだろう。

Max Richter – On the Nature of Daylight | DG120 concert – Hong Kong, China

一度、この曲が何本の映画で使われてみたか調べてみたことがあるが、その中にはリヒター自身がスコアを担当した『ディス/コネクト』(2012)―― 劇中で主人公の少年が《オン・ザ・ネイチャー・オブ・デイライト》の歌詞つきヴァージョンを口ずさむ!――を含め、2019年の段階ですでに10本近い劇場用長編映画が存在していたので驚いた記憶がある。

Max Richter – Disconnect – Making Of The Score

ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督のSF映画『メッセージ』(2016)

その中でも、特に多くの映画ファンにインパクトを与えたのが、《オン・ザ・ネイチャー・オブ・デイライト》がオープニングとエンディングの音楽として使用されたドゥニ・ヴィルヌーヴ監督のSF映画『メッセージ』(2016)だ。この楽曲のインパクトがあまりに強すぎたため、故ヨハン・ヨハンソンが作曲した『メッセージ』のサントラがアカデミー作曲賞の審査対象から外されてしまったほどである。

《オン・ザ・ネイチャー・オブ・デイライト》がこれほどまでに多くの人々の心を捉えた理由はさておき、おそらくこの曲は21世紀版「バーバーの《弦楽のためのアダージョ》」として記憶され、今後も愛されていくのではないか、というのが僕の考えである。

バーバー同様、この曲も最初は弦楽器のための室内楽曲として作曲され、その後、弦楽合奏の形でも演奏されるようになった。そして、バーバーと同じく、この曲はクラシックの知識を全く持ち合わせていないリスナーでも、即座に虜にしてしまうシンプルさと、感情の豊かさがある。わかりやすく言えば、「誰が聴いても共感できるエモい曲」なのだ。

(c)MikeTerry

しかしながら常設の交響楽団、つまり金管楽器や木管楽器を含むオーケストラがリヒターの作品を演奏したことは、実はほとんどない。映画音楽のサントラをのぞけば、これまでリヒターは純然たる管弦楽曲をほとんど書いてこなかったし、書いているにしても、演奏にはシンセサイザーやエレクトロニクスを必要とするので、手を挙げる団体がほとんど出てこなかった。

これだけ影響力のある作曲家、しかもクラシックの語法に長けている作曲家なのに、オーケストラがリヒターの作品をスルーし続けているのはとても残念な状況だと、僕は常々思っていた。

管弦楽曲だけを集めた最新アルバム『エグザイルズ』

ところが、そのリヒターがついに純粋な管弦楽曲だけを集めた最新アルバムを発表した。それが、アルバム・タイトル曲ほか5曲を収めた『エグザイルズ』である。このアルバムでは、シンセサイザーやエレクトロニクスなどは一切使用されていない。

譜面さえあれば、世界中どこのオーケストラでも演奏可能な曲だけが収められている。そういう意味で「リヒター初の管弦楽作品集」と呼んでも構わないだろう。しかも、アルバム・タイトル曲《エグザイルズ》は、演奏時間33分以上という大作である。いったい、どんな音楽がオーケストラによって奏でられるのだろう?

最初はリヒターらしく、ピアノ・ソロが子守唄のような素朴なテーマを導入する。どこか哀しみを感じさせつつ、同時に希望の光もほのかに差してくるような、じわじわと心にしみてくるテーマである。リヒターは、そのテーマを、形を変えることなく何度も何度も繰り返していく。そのうち、チェレスタの可憐な響きがピアノに加わるが、テーマの形そのものが変わることはない。ただひたすらに、淡々とそのテーマを繰り返していく。

やがて、裸のピアノのテーマにそっとヴェールをかけてあげるように、弦楽合奏の静かな響きが重なっていく。その重ね方は、リヒターが敬愛するという故エンニオ・モリコーネの手法をどことなく思い起こさせる。調性があるのかないのかわからないような、とても繊細なサウンドだ。

その間も、ピアノのテーマは形を変えることなく何度も何度も繰り返されていくが、演奏時間が23分を過ぎたところでコントラバスの重低音が加わり、最後には金管楽器と木管楽器も加わって壮大なクライマックスを築き上げる。最初の小さなピアノのテーマが、こんなに壮大なシンフォニックな音楽に発展するなんて! しかも、ピアノのテーマは、全く形を変えることなく繰り返され続けている!

この《エグザイルズ》を初めて聴いた時、僕はラヴェルの《ボレロ》を即座に思い起こした。あの曲も、同じパターンのテーマを何度も何度も繰り返しながら、少しずつ演奏楽器を増やし、最後にはフル・オーケストラの壮麗な響きに到達する。

しかも《エグザイルズ》は、《ボレロ》と同様、もともとはバレエ音楽として構想され、作曲されたという。そう、これはリヒターが書いた「21世紀の《ボレロ》」なのである。だが、リヒターは単なる《ボレロ》の焼き直しを作曲したのではない。

ピアノのテーマが最初から最後まで辛抱強く演奏され、それが圧倒的なクライマックスを迎えるという意味で、実のところ《エグザイルズ》は、《スリープ》8時間版と同じ発想に基づいて作曲されているのではないかと感じた。

特に《エグザイルズ》最後のクライマックス部分は、《スリープ》8時間版ライブの最後、リヒターが「目を覚ませ!」と言わんばかりにピアノを強く叩き続け、それがスピーカーから地響きを立てる重低音として聴こえてくる<ドリーム0>の部分を思い出させた(この部分は『SLEEP マックス・リヒターからの招待状』のラストにも登場する)。

そういう意味で、《エグザイルズ》はリヒターにしか書き得なかったオーケストラ曲、《スリープ》的な要素をオーケストラという文脈に見事に置き換えた作品だと思う。

嬉しいことに、今回のアルバムには先に触れた《オン・ザ・ネイチャー・オブ・デイライト》や、『戦場でワルツを』~《ホーンテッド・オーシャン》などのオーケストラ版も併せて収録されている。オーケストラならではの豊かな表現力と壮麗なサウンドで、リヒターならではのユニークな音楽世界を存分に堪能したい。

Written By 前島秀国(サウンド&ヴィジュアル・ライター)


■リリース情報

2021年8月6日発売
『エグザイルス』/マックス・リヒター
CD / iTunes / Amazon Music / Apple Music / Spotify




 

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