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佐藤晴真インタビュー:“ブラームスの音”にこだわった全身全霊をかけたデビュー・アルバム
弱冠22歳、新進気鋭のチェリスト、佐藤晴真。先日、名門ドイツ・グラモフォンよりデビュー・アルバムのリリースが発表され、アルバムからの先行トラックの配信もスタートしたばかり。そんな彼に、音楽ジャーナリストの伊熊よし子さんがインタビュー。佐藤晴真、そして、11月25日にリリースされるデビュー・アルバム『The Senses ~ブラームス作品集~』を紐解きます。
日本人初の優勝者
2019年9月、うれしいニュースが飛び込んできた。1952年創設の長い伝統と権威を誇る難関コンクールと称されるミュンヘン国際音楽コンクールのチェロ部門で、佐藤晴真が優勝の栄冠に輝いたのである。
同コンクールのチェロ部門は4、5年に一度開催され、この回が15回目。チェロ部門における日本人の優勝は初めてで、若き俊英が世界に認められたことになる。彼はこの前年の2018年、ルトスワフスキ国際チェロ・コンクールにおいても、第1位と特別賞を受賞している。
佐藤晴真は名古屋出身の22歳。現在はベルリン芸術大学でイェンス=ペーター・マインツに師事。彼もミュンヘン国際音楽コンクールの覇者である。「2015年のチャイコフスキー国際コンクールのチェロ部門の優勝者、ルーマニアのアンドレイ・イオニーツァの演奏を聴き、この人を教えているマインツ先生に習いたいと思ったのです。どういう教授法なのか、とても興味があったからです。実際に師事してわかったことですが、マインツ先生はとてもやさしくて面倒見がよく、尊敬できる人です」
ブラームスは自分の声とシンクロする
佐藤晴真の声はかなり低音で、あたかもチェロの響きのように響いてくる。「レパートリーは限定せずに幅広い作品を演奏していきたいですが、特にブラームスに心惹かれています。ブラームスの作品はチェロの低音を効果的に用いて豊かにうたうように書かれているため、自分の声とシンクロする感じがして、興味が尽きないのです」
モットーは「自分の信念を貫き、納得のいく演奏をすること」。国際コンクールやコンサートでは困難な状況に遭遇することも多いが、可能な限り音楽に集中し、自身の演奏を最後まで貫き通したいと熱い胸の内を明かす。
彼はインタビューでは物静かな口調でじっくりとことばを選びながら話し、けっして雄弁なタイプではないが、ひとつひとつのことばの奥に思慮深さと芯の強さをのぞかせる。いずれの質問にもとてもていねいに答えてくれ、真面目な性格だということがひしひしと伝わってくる。
カザルスを愛す
佐藤晴真は常にマイペースを貫き、自分の音楽を一途に探求する姿勢はまったく揺るがない。星座はうお座で、血液型はO型。団体行動が苦手で、ひとりでいることが好きだそうだ。「確かにいまは静かに話す方かもしれませんが、子ども時代は結構やんちゃでした。友人のお母さんに“鉄砲玉のような子”といわれたくらい、突き進んでいくタイプでしたね(笑)」
そのひたむきさが現在は音楽に全面的に現れ、前進するエネルギーに満ちたみずみずしい音色、説得力のある響きを生み出している。「チェロの神様」と称されるパブロ・カザルスをこよなく愛し、カザルスが作品の価値を再発見し、広く世に紹介し、いまや「チェリストのバイブル」ともいわれるJ.S.バッハの「無伴奏チェロ組曲」全曲を、近い将来演奏したいと意欲を示す。コンクール後のリサイタルでは、少しずつこの「無伴奏チェロ組曲」の演奏を披露している。
「カザルスは子どものころから録音を聴いています。最初は”かなりうなっているなあ“と思いましたが、徐々に聴き込んでいくうちに、自分も年齢を重ねるうちに、そのすごさに魅了されるようになりました。
バッハだけではなく、ドヴォルザークのチェロ協奏曲や室内楽など、どんな作品を弾いても”カザルスの音“がする。音の濃さがすごい。1音入魂というか、味わいが深くて圧倒されます。こういう音を出したいとあこがれるようになりました。
中木健二先生からは、“バッハにはチェリストとして必要な技術が数え切れないほど入っているからよく練習するように”と言われていましたが、やはりチェリストにとってバッハは欠かせません。いまは《無伴奏チェロ組曲》を毎日のように弾くようにしています」
ソナタと歌曲編曲版でリサイタル
2019年12月6日には、紀尾井ホールでコンクール優勝記念の凱旋公演となるリサイタルが開かれた(ピアノは薗田奈緒子)。プログラムは前半がドビュッシーのチェロとピアノのためのソナタ、プーランクのチェロとピアノのためのソナタ作品143。後半がオール・ブラームス・プログラムで、「5つの歌曲」より《メロディ―が導くように》作品105-1、「6つの歌」より《愛のまこと》作品3-1、「5つの歌」より《愛の歌》作品71-5と歌曲の編曲版が続けて演奏され、最後にピアノとチェロのためのソナタ第2番ヘ長調作品99が演奏された。
佐藤晴真のチェロはのびやかでよくうたうが、内省的で抒情的で聴き手の心の奥深く響いてくるものを備えている。コンクールでも、人の心に訴えかける力が高く評価されたに違いない。
この夜は、とりわけブラームスのソナタ第2番の第2楽章(アダージョ)が美しく、息の長い旋律を朗々とうたわせる部分が印象に残った。ご本人が「ぼくの声は低いので、チェロの音と同質のような気がするんです」と語っているが、まさに自身の心の声を表現しているようだった。
ちなみに、使用楽器は宗次コレクションより貸与されている1903年製E.ロッカ。弓は匿名のコレクターより貸与されているF.Tourteである。
ブラームス・プロで初録音
紀尾井ホールのリサイタル終了後、レコード会社から声をかけられ、今回のデビューCDのレコーディングが決まった。
「すごく驚きました。と同時に、とても光栄だと感じました。そこでデビュー録音にはどんなプログラムがいいかをじっくり考えたのですが、やはりこよなく愛すブラームスでいこうと決めました。レコード会社の方たちにはリサイタルで弾いた歌曲に興味をもっていただいたため、ソナタ2曲と歌曲を少し入れたプログラムを組むことにしました。この歌曲の選曲は結構悩みましたね。結果的に、リサイタルで弾いた作品と、あまり知られていない作品を組み合わせることにしました」
アーティストに初録音に関してインタビューすると、ほとんどの人がプレーバックで聴く自分の音に驚愕し、「マイクを通すとこういう音に聴こえるのか」と悩み、とまどい、いかにしたらふだんの自分の音に近づけるかとディレクター、ミキサーら関係者と協議し、マイクセッティングを調整していく。佐藤晴真も、初めての録音に驚きを隠せなかった。
「プログラムは全身全霊をかけて考え、しっかり準備し、録音に臨んだつもりですが、聴衆のいるホールで演奏するのとマイクに向かって演奏するのでは、まったく聴こえ方が異なることに気づきました。自分の作り出している音をもう一度見直さなくてはならないと思いました。物足りない感じがし、自分のイメージしている音とまったく異なっていたからです。
1日目はピアノとのバランス、マイクの位置などを何度も調整しながらソナタ第2番から始めましたが、何か違うという感じがしていました。その日は疲れていたのでゆっくり寝て、2日目はちゃんと音楽のことだけを考えようと気持ちを立て直し、冷静に対処するように心がけ、徐々に慣れてきたため、それからはうまく進みました」
ソナタ第2番は音の重さが必要
チェロ・ソナタ第2番は、リサイタルでも演奏した作品である。「今回は、音楽の流れが一番大事だなと思って録音に臨みました。最初は何がなんだかわからない気持ちになってしまいましたが、2日目には大好きなソナタ第2番のことだけを考えて集中し、ピアニストの大伏啓太さんとともに音のバランスを考えて演奏しました」
実は、この録音は当初4月に行われる予定が組まれていた。しかし、コロナ禍の影響により、9月7日から4日間というスケジュールに変更された。ふたりは4月の予定でリハーサルを行ったが、どうもうまくかみあわない感じだった。
「この時期には、大伏さんに“ドイツ語と日本語で会話しているような気がする”といわれました。ぼくも歩みが合わず、違和感を抱いていました。なんとなく、もやもやした気分で別れることになりました。その後、録音が延期されることになり、夏をはさんでふたりが各々練習する期間をもちました。そして秋になって合わせた段階で、“やっぱりこうだよね”と納得のいくデュオになったのです。ふたりとも、考える時間が必要だったわけです」
CDはブラームスのチェロ・ソナタ第2番で幕開けする。これはソナタ第1番の21年後に書かれた作品である。「第1楽章は、上昇気流に乗る感じです。実際にはチェロとピアノのふたりで演奏するわけですが、ふたり以上の人数を想定してちょうどいいくらいの重さが必要。ぼくの背後に8人くらいのチェリストがいる感じというか、オーケストラがいる感じ。それら全体をひとりで担うくらいの重さが必要になり、それが上昇気流に乗っていくわけです。
これはピアノがとても大変な曲なんです。第2楽章はふつうにうたう感じで弾きたかった。うたい込みすぎるとくどくなってしまう。けっしてくどい音楽ではないですから。ピアノの音型もそうですが、歩くような自然な感じが理想ですね。ただ自然にというわけではなく、テンポ感も含めて自然に聴こえるように作っていく。第3楽章はピアノのメロディ―とチェロが寄り添い、両楽器が対等に書かれているため、コンビネーションが大切になります」
この話のあと違う話題に話が飛んだため、 第4楽章の話には触れることができなかったが、この終楽章は親密的なロンド。両楽器が力強いコーダへと進み、曲を閉じる。次いでソナタ第1番の話へと歩みを進めた。
腹で音を鳴らす
「第1番は難しい作品だと思います。1音1音をかみしめるように弾かなくてはならない。“腹で音を鳴らす”といったらいいのか、そのくらいの深さが要求されます。今回はテンポをゆっくり目にとり、音にこだわりました。第1楽章は急がず止まらず、という感じ。テンポと音色のバランスが重要です。
第2楽章は舞曲のメヌエット風。3つの拍が小節のなかに存在していることが大切です。音だけ聴くと、ミスマッチの和声のような雰囲気を感じます。宮廷で踊られていたメヌエットですが、ブラームスは物悲しく、メランコリックな作風に仕上げている。それをどう弾くか、どう表現するかが課題です。
第3楽章はバッハの影響が感じられるフーガです。常に推し進めるエネルギーではなく、どこか壁がある内側のエネルギーに満ちています。客観性をもつことが大切ですね」
声楽家のレッスンを受けて
歌曲の編曲版に関しても、一家言をもつ。「数多くのドイツ・リートの録音を聴いています。やはり男性歌手の低声が好きで、ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウのCDをよく聴き、とりわけシューベルトの《冬の旅》を愛聴しています。ビブラートが参考になり、音の揺れの広さや速さが魅力的です。温かく、優しい声で、人柄が見えるようで安心感も抱きます。
実は、今回の歌曲の録音に際し、日本の声楽家にレッスンをしてもらいました。歌詞の表現の仕方、ひとつひとつの単語をどうとらえるか、繰り返し同じ単語が出てきた場合の表現の仕方、フレーズの長さなど、とても勉強になりました。そして大切なのは子音で、SCHやRの発音のニュアンスなども学んでいます。これらをどのように自分の楽器で表現したらいいのか、いろいろ考えました。
今回、《死、それは涼しい夜》という歌曲を収録しましたが、このストーリーをいかにチェロで表現するのか、どれだけ歌詞を理解し、この濃さを出せるのか。この曲もフィッシャー=ディースカウの録音で心惹かれたのですが、もぐっていくような深さと憧憬が浮かんでくるような美しい部分との2つのパートがある。歌曲は3、4分の短い曲のなかにストーリーがあり、それぞれの曲でキャラクターがまったく違います。声楽家はそれをひとつの歌の世界として研究し、完結させる。そのエネルギーはすごいですよね。内容が詰まっています」
ベートーヴェンの弦楽四重奏曲を弾きたい
彼は詩や文学も愛し、最近は短歌に魅せられている。限られた空間のなかで、どれだけ情景をイメージすることができるかという面に興味津々だそうだ。こうしたさまざまなことが演奏を肉厚なものにし、表現力を広げてくれるに違いない。
「読書も好きで、最近はドストエフスキーを読んでいます。ロシア作品を演奏するときに役立つからです。いまはラフマニノフ、ショスタコーヴィチの作品に目が向いています。ル・コルビュジエの建築家の写真集なども興味があります。とても洗練されているので。
現在はベルリンで勉強していますが、近い将来別の国に移ってみたいという気持ちもあります。まだちょっと先のことですが…。モダンとバロックの両方を学びたいと考えていますので。フランスは弓の使い方もメソッドもドイツとは違いますので、また新たな視点が開けるのではないかと考えています。
それから、機会があったら弦楽四重奏曲はぜひ演奏していきたい。ベートーヴェンの後期の作品を弾いたら、もうハマってしまって抜けられないでしょうね(笑)。チェロはカルテットの支えの面を担いますから、とても大切なパートだと思います。山崎伸子先生が、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲全曲を演奏したら、そのバスの弾き方がとても役立ったとおっしゃっていました。ぜひ、ぼくも挑戦してみたい」
難関コンクール覇者の未来は明るい。大海原に漕ぎ出す勢いに富む演奏に期待したい。
Interviewed & Written By 伊熊よし子(音楽ジャーナリスト)
■佐藤晴真プロフィール
現在、その将来が最も期待される弱冠 22 歳の新進気鋭のチェロ奏者。2019 年、長い伝統と権威を誇るミュンヘン国際音楽コンクール チェロ部門において日本人として初めて優勝して、一躍国際的に注目を集めた。18 年には、ルトスワフスキ国際チェロ・コンクールにおいて第 1 位および特別賞を受賞している。
名古屋市出身。 第 11 回泉の森ジュニア チェロ・コンクール中学生部門金賞、第 67 回全日本学生音楽コンクール チェロ部門高校の部第 1 位および日本放送協会賞、第 83 回日本音楽コンクール チェロ部門第 1 位および徳永賞・黒柳賞、第 13 回ドメニコ・ガブリエリ・チェロコンクール第 1 位、第 1 回アリオン桐朋音楽賞など、多数の受賞歴を誇る。すでに国内外のオーケストラと共演を重ねており、室内楽公演などにも出演して好評を博している。また、NHK テレビ、NHK-FM にも出演している。 18 年 8 月には、ワルシャワにて「ショパンと彼のヨーロッパ国際音楽祭」に出演。19 年 12 月には、本格デビューとなるリサイタル公演を成功裡に終える。
20 年はプラハ放送響、日本フィル、新日本フィル、東京フィル、京響など国内外のオーケストラに招かれており、「サントリーホール CMG オンライン」など室内楽にも積極的に活動している。これまでに、林良一、山崎伸子、中木健二の各氏に師事。現在は、ベルリン芸術大学にて J=P.マインツ氏に師事している。13 年度東京都北区民文化奨励賞。16 年度東京藝術大学宗次特待奨学生。18 年度ロームミュージックファンデーション奨学生。19 年度第 18 回齋藤秀雄メモリアル基金賞、20 年第 30 回出光音楽賞受賞。ベルリン在住。使用楽器は宗次コレクションより貸与された E.ロッカ 1903 年。弓は匿名のコレクターより貸与された F. Tourte。
(2020 年 8 月現在)
■リリース情報
『The Senses ~ブラームス作品集~』
佐藤晴真
2020年11月25日発売
CD/ iTunes / Amazon Music / Apple Music / Spotify
■収録曲
ヨハネス・ブラームス(1833-1897)
チェロ・ソナタ 第2番 ヘ長調 作品99
1. 第1楽章: Allegro vivace
2. 第2楽章: Adagio affettuoso
3. 第3楽章: Allegro passionato
4. 第4楽章: Allegro molto
5. メロディーが導くように作品105-1
6. 森に覆われた山の上から作品57-1
7. 死、それは涼しい夜 作品96-1
8. 子守歌 作品49-4
チェロ・ソナタ 第1番 ホ短調 作品38
9. 第1楽章: Allegro non troppo
10. 第2楽章: Allegro quasi Menuetto
11. 第3楽章: Allegro
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