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愛がテーマのクラシック音楽作品:《愛の挨拶》を始めとする14の名曲選
日本では梅雨を迎える6月という夏の始まりの時期。どんよりとした灰色の空やじめじめとした湿気を連想しがちだが、ヨーロッパでは6月の花嫁は幸せになれるという言い伝えもあり結婚式をするカップルも多く、6月は愛の季節でもある。
実はクラシック音楽の世界にも作曲家の多様な愛の形や恋の物語、曲にこめられた様々なエピソードがあり、そんな多様な愛をテーマにしたクラシックの名曲をエピソードや背景と併せて紹介していきたい。様々な愛の形を表現したクラシック曲たちは時代を超えて聴く人の大切な人と過ごす時間や大切な人を思い出す時間に寄り添ってくれるだろう。
音楽ライター/PRコンサルタント 田尻有賀里さんによる寄稿。
1.愛の挨拶(エルガー)
《愛の挨拶》は、イギリスの作曲家エドワード・エルガーが1888年に作曲した楽曲。エドガーのピアノの教え子だったキャロライン・アリス・ロバーツとの婚約記念に贈られた曲として知られている。当時無名で収入も不安定な作曲家だった32歳のエルガーと、上流階級の出身で散文・韻文作家として活躍していた8歳上で当時40歳のキャロラインは、キャロラインの実家から猛反対され、そんな逆境の中結ばれた夫婦だった。甘美で優しいメロディからは二人で支え合って生きていくという強い決意と深い愛情が溢れている。
現代の世でも年上妻のサポートによりキャリアが開花するスポーツ選手や芸術家は多いが、この2人も結婚後は聡明な妻のキャロラインがエルガーの支えになり、彼の創作活動に大きく影響を与え作曲家としての地位を確立するに至ったことはよく知られている。
2.献呈(シューマン/リスト編)
《献呈》は一般的にはピアノ曲として知られているが、実はロベルト・アレクサンダー・シューマンが1840年結婚式の前日に妻のクララ・シューマンに贈った歌曲集《ミルテの花》作品25の第1曲〈献呈 Widmung〉がをリストによってピアノ独奏用に編曲された曲である。
妻のクララ・シューマンは、当時作曲家やプロの演奏家の多くを男性が占めていた中で、女性のプロ・ピアニスト/作曲家として名を馳せ、結婚後は世界初のワーキングマザーとしても活躍した今でいうバリキャリ女子。シューマンはそんなクララを音楽家としても女性としても尊敬し、とても愛していたことがこの《献呈》からわかる。
3.間奏曲 イ長調 作品118の2(《6つの小品》より)(ブラームス)
クララ・シューマンと深い関わりがあるもう一人の作曲家で忘れてはならないのが、ヨハネス・ブラームスである。この間奏曲イ長調作品118の2(《6つの小品》より)はブラームスが亡くなる3年前に作曲された曲であり、シューマンの妻であるクララに献呈されている。
ブラームスとクララは、ブラームスが20歳のときにシューマンにその音楽の才能を見出され師事することになり、その恩師の妻として出会った。シューマンがライン川で自殺を図り精神病院に入院した際に、ブラームスはクララを献身的に支え、距離が近くなったブラームスは14歳上のクララに特別な感情を抱くようになった。この二人はシューマンの死後に距離を置き一旦離れているのだが、興味深いのはこの曲は死ぬ間際の61歳のときに書かれて献呈された曲であるということである。ソウルメイトという言葉があるが、縁のある人は一度離れても巡り巡ってまた繋がっていくのだろうかとこの2人の長い時間をかけた関係性から思わせられる。
ブラームス晩年の曲はどれもとても甘く優しい。その中でも特にこのOp.118-2はイ長調で明るいのだが、感情の高ぶりを感じられる箇所はなくひたすら甘く温かく、深い愛情で話しかけられているような気持ちになる作品である。
4.愛の夢 第3番(リスト)
《愛の夢第3番》は19世紀のロマン派を代表する音楽家の一人フランツ・リストがもともとドイツ人の詩人フェルディナント・フライリヒラートの詩に音楽を付けて歌曲として書いた曲を1850年にピアノ独奏版に編曲した曲である。原曲の歌詞は男女の愛を歌ったものではないのだが、ピアノ独奏版の《愛の夢》はそのタイトルと変イ長調のロマンティックな旋律から当時より人気を博し、現在では結婚式のBGMや余興でも演奏される機会が多い所謂“愛”を代表する曲として扱われている。
リストといえば長身で目鼻立ちの整ったイケメンで、リストが超絶技巧の演奏を披露すると失神する女性もいたという逸話もある美青年ピアニスト。そんなリストは6歳上のマリー伯爵夫人と恋に落ち、人目を憚りながらの恋愛関係を続けるも約10年後二人は破局してしまう。マリーと別れた後、リストはカロリーネ侯爵夫人と再び不倫の恋に落ちるが、この関係も成就せずに悲しい結末を迎えてしまう。
リストは《愛の夢》の原曲をマリーと別れた直後に作曲、そして編曲したのはカロリーネと恋愛関係にある時期であることから、《愛の夢》はただ甘いだけではなくリストの純愛を貫く人生にこれでもかと付き纏うほろ苦さがエッセンスとして入り、それがこの曲の隠れた魅力であり、多くの人の心を掴む所以なのかもしれない。
5.美しい五月に(歌曲集《詩人の恋》より)(シューマン)
日本では前述した《献呈》や、CMに使われたこともある《トロイメライ》や《楽しき農夫》などのようにシューマンはピアノ曲のイメージが強いかもしれないが、実は120曲以上の歌曲を作曲しており、その多くがクララとの結婚を控えた1840年に書かれている。シューマンの歌曲にはクララとの恋愛が色濃く反映されているのではと想像しながら聴くとまた違った聴き方ができる。
歌曲集《詩人の恋》は1840年にシューマンによってハインリヒ・ハイネの詩に曲が付けられた連作歌曲。〈美しい五月に〉はその第1曲目で、青年の恋の芽生えと告白を歌った曲である。冒頭の歌詞から五月の瑞々しい新緑の情景の中、恋に落ちる男心を表現した歌詞と爽やかなメロディに青春の眩しさを感じる。
6.ピアノ協奏曲 第2番より第2楽章(ショパン)
ピアノの詩人と言われるフレデリック・ショパンが1830年に初めて作曲したピアノ協奏曲第2番(第1番が先に出版されたので第2番となっている)のこの第2楽章は当時19歳だったショパンが恋心を抱いていた、同じワルシャワ音楽院に通うソプラノ歌手コンスタンツィヤ・グワトコフスカへの想いを表現したと友人宛ての手紙で述べている。しかしながらその恋の行方は繊細でナイーブなショパンがコンスタンツィヤに思いを伝えられず結局片思いで終わったと言われている。
日本の人気ドラマでも使用された第1番に比べると日本での演奏機会は少なく華やかさでは負けるけれども、第2番は繊細なショパンらしさが随所に現れた作品であり、特に第2楽章はまるでオーケストラが付いたノクターンのようなピアノの独奏が若かりし頃の初々しいショパンの心を表しているようで、とてもロマンティックな曲になっている。
7-10.弦楽六重奏曲 第2番(ブラームス)
先にブラームスが晩年に作曲した作品を紹介したが、この弦楽六重奏曲第2番はブラームスがまだ青年だった時代に書いたヴァイオリン2 、ヴィオラ2 、チェロ2で編成される全4楽章の楽曲である。ブラームスは恩師の妻クララと離れた後、アガーテ・フォン・ジーボルトという美貌と美しい声を持つソプラノ歌手に恋をする。ブラームスは結婚を考えていた女性だったが結局は破局してしまう。この曲の第1楽章の第2主題が繰り返される部分のヴァイオリンの音型がドイツ語読みで「A-G-A-H-E」となっていることからアガーテの名前(Agahte)を音型にしたものではと言われている。この曲が出版されたときには二人は別れていることから、第1楽章・第2楽章の幸せな恋愛を経て、第3楽章では迷いや不安を感じ、そして第4楽章の明るく速いパッセージでの高揚したままの終わり方は吹っ切れた未練のない気持ちが想起させられる。
11-12.ピアノソナタ 第24番(ベートーヴェン)
ピアノソナタ第24番はルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンによって作曲され、ピアノの弟子であった伯爵令嬢テレーゼ・フォン・ブルンスヴィックに献呈されたことから別名「テレーゼ」とも呼ばれる。ベートーヴェンといえば、誰に宛てたのかわからない”不滅の恋人”への手紙の存在が有名であるが、その候補として有力とされているのがこのテレーゼの妹のヨゼフィーネである。それまでの交響曲やソナタに使われている魂を揺さぶるような激しさやキャッチーなメロディー、ダイナミックさとは正反対の繊細で優しく柔らかい曲で、良い意味でベートーヴェンらしくないかわいらしさは2人の姉妹への特別な思いが感じられる。
13.愛の悲しみ(クライスラー)
《愛の悲しみ》はフリッツ・クライスラーによって作曲された《愛の喜び》と対になるヴァイオリンとピアノのための曲。この曲はアニメやミュージカル化もされた『四月は君の嘘』という日本の漫画の中で主人公が「誰かのために弾く」ことを体現する曲として、また「悲しみ」によって成長するというキーメッセージがこめられた曲として出てくる。
詳細のストーリーは原作漫画を読んでいただくとして、ストーリーの中に、「なぜ《愛の喜び》と《愛の悲しみ》が両方あるのに《愛の悲しみ》ばかり弾くの?」という問いに、「悲しみに慣れておくため」と回答するシーンがある。悲しみという感情は一般的にどうしてもネガティブなイメージで捉えられがちであるが、悲しみは大切な誰かやものがあるからこそ生まれる感情である。あらゆるものがずっと同じ状態ではいられないからこそ「悲しみに慣れる」ということは大切なことなのかもしれない。
14.交響曲 第5番より第4楽章:アダージェット(マーラー)
グスタフ・マーラーの交響曲の中でも人気が高く演奏機会も多い作品。その中でも第4楽章は妻のアルマへ贈った曲として別名「愛の楽章」と呼ばれ、他の楽章とは少し雰囲気が異なったハープと弦楽器のみのゆったりとした甘美な旋律の曲になっている。ところが、その背景となるマーラーの結婚生活はなかなか波乱に満ちている。
マーラーの妻アルマは少女時代から絵画、文学、哲学、作曲の分野で才能に溢れ、併せ持った美貌で多くのビッグネームの男性芸術家をとりこにしたと言われる。そんな引く手数多のアルマの心を射止め、マーラー42歳、アルマ23歳のときに結婚をするが、アルマは子供の病死へのショックや作曲を禁止されたり尽くすことを求められることにストレスを感じ不倫をしてしまう。マーラーは活動的で才能に溢れたアルマを束縛し持て余してしまったようにもみえるが、ただ単に愛情表現が不器用な男なだけだったのかもしれない。そんな不器用なマーラーの精一杯の愛情表現がこのアダージェットという曲なのである。
Written by 音楽ライター/PRコンサルタント 田尻有賀里
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