レディー・ガガ担当者が語る”デビュー前後のガガと前例にとらわれないマーケティング”
2008年8月19日に発売されたレディー・ガガのデビュー・アルバム『The Fame』。このアルバムの発売10周年を記念して、レディー・ガガのデビュー当時からの作品の日本の制作/編成ディレクターとして活躍した現ユニバーサル ミュージック インターナショナル マネージング・ディレクターの井口昌弥氏に、デビュー前後のレディー・ガガについて伺いました。
【デビュー前はほとんど話題ではなかった】
井口さんはいつから洋楽の制作ディレクターになられたんですか?
2004年に新入社員としてユニバーサル ミュージックに入社して、最初は営業に配属されて、1年後に洋楽の制作になりました。ですが制作を担当して最初はなかなか上手くいかなくて、10ヶ月後にラジオの宣伝に異動になりました。当時はまだメディアの仕組みをわかっていないと宣伝部にモノを伝えることもできない部分も多かったので、そこで色々学んで、1年後ぐらいで再度制作に戻りました。
制作ではどのアーティストを担当してたんですか?
一番最初の時はフィンチとかニュー・ファウンド・グローリーなどを担当していて、再度制作になってからは大きなアーティストを引き継いで、NE-YOやリアーナ、ブラック・アイド・ピーズ、NASといったポップスやR&Bものを色々担当させてもらいました。
その後、レディー・ガガを担当されることになりますが、ガガはデビュー・シングルの「Just Dance」の頃(2008年4月)から海外ではプライオリティだったのですか?
世界でガガに火をつけたのはカナダなんですが、最初の頃は海外ではそこまで話題ではありませんでした。当時のガガは、”エイコンの送り出す新人”っていう位置付け程度で、最初はエイコンのレーベルのロゴがついてて、「Just Dance」のMVにもエイコンが出てきてたりして。当時はエイコンの人気が凄くて、ありとあらゆる曲にエイコンがゲストで出てて、ガガもこの時はエイコン印がついたアーティストの一人という印象でした。
そんなエイコン印があったにも関わらず、日本デビューが遅くなった理由はなんでしょう?
洋楽制作ではよくある話なのですが、最初は誰も手をあげる人がいなかったんです。少しして誰もやらないんだったら担当させて欲しいって言った気がしますね。海外の盛り上がりもひしひしと感じていたんですが、「これは売れる!」っていうよりも「これは面白い!」というのが理由でしたね。正直当時のタイミングでは色物でした。今はアーティストとして確立していますが、あの時は見た目もそうですし、最初から期待されていたわけでもないのでビデオにもそこまでお金かけてなく、「Just Dance」を改めて良くみて見ると実はお金をあまり使っていなくてちゃちいんですよ(笑)。当時は所属レーベルのインタースコープからも、「これを世界で売っていくぞ!」っていうお達しもなにもなかったですね。
一番最初にガガのライヴを見たり、本人と会ったのはいつでした?
プッシーキャット・ドールズがトリ、NE-YOがその前座で、前座の前座がガガっていうコンサートをロンドンに見に行ったのが最初でした。
初めてみたライヴはいかがでした?
前座の前座なんで使える機材やステージにも制限があって、生バンドでもなくトラック出しでしたね。「これは売れる!」っていうよりも見た目や曲がキャッチーだっていうことを覚えています。その時にバックステージでガガ本人と会ったんですが、会ってみた第一印象は身長が小さい女の子って感じでした(*ガガの身長は155cm)。喋ってみると普通の子だけれど、ちゃんと教育を受けた良い家柄という感じはありました。
【前例や慣例にとらわれなかった日本でのマーケティング】
2008年8月に海外で発売されたデビュー・アルバム『The Fame』は海外でも最初から大ヒットしたわけではありませんでしたが、日本で最初に話題になったのはどのタイミングでした?
はっきりとは覚えていないんですが、セカンド・シングルの「Poker Face」が出た頃の2008年9月頃からじゃないですかね。翌年6月に渋谷のAXで来日ショーケースをやった時に、ポップスのアーティストなのに色んなジャンルの方から連絡があったことを覚えています。他にも問い合わせが沢山あって、日本の音楽業界のザワザワ感がありました。「今見とかないとヤバイ!」みたいな雰囲気ってあるじゃないですか。最近だとポスト・マローンとか、そういう感じの盛り上がりでしたね。
日本で最初にガガを大々的に紹介したメディアはどこだったんでしょうか?
CSの音楽チャンネルやラジオも早い段階で応援してくれたんですが、当時ガガを売り出したいとなった時には、日本テレビの「スッキリ」の存在が大きかったです。当時の「スッキリ」って今みたいに色んなアーティストが生出演するのが当たり前じゃなく、新しいものを伝えたいとか、当時の空気感とかを上手く表現していた時で、自分はずっと一緒に何かやりたいとは思っていたんです。ガガの時も絶賛っていうよりも、こんなに変わった子がいますよっていうスタンスで当時キュレーター的にスッキリに出演されていた雑誌「GLITTER」の編集長が何度も紹介してくれました。あとはずっと面白いサイトだと思ってたABC振興会に連絡して一緒に盛り上げてもらいました。
「スッキリ」では日本デビュー前にも関わらずほぼ毎週やっていたかのような盛り上がりでしたね。
ガガも毎週変わった服とか髪型で話題を振りまいてくれたのもありがたかったです。まだ「スッキリ」が洋楽を今ほど紹介する前だったので、「なんでスッキリ?」とも言われたこともありましたが、番組とは一緒になって盛り上げていきました。あとは当時の通常の洋楽アーティストは積極的には取り組んでいなかったような「GOSSIPS」とかの海外ゴシップ雑誌にもこちらから積極的に取り上げてもらうように連絡していきました。
日本盤の発売は本国から9か月後の2009年5月20日でしたが、なぜこの日だったんでしょうか?
プロモーション来日できる日程にあわせたというのが大きい理由ですね。
【初来日:担当の期待を必ず超えてくるアーティスト】
そして2009年6月に初来日となるわけですが、空港にはどれぐらい多くのファンがいたんでしょうか?
正直、物凄い大勢いたような記憶はなくて、最初の時はいわゆる洋楽のアイドルとかポップ・スターが来た時のような物凄い盛り上がりではなかったと思います。でも空港のゲートを出る時は、ちゃんとしたガガの格好で期待には応えてくれました。
渋谷AXで行われたショーケースライヴですが、この時にそっくりさんコンテストの「なりきりガガコンテスト」を実施していましたが、応募はどれぐらいあったんでしょうか?
それが締切のギリギリまであんまり応募がなくて、中止したほうがいいんじゃないかって声もあったんです。でも、個人的には絶対にやりたいという思いがありました。駆け込みの需要もあって最終的には2、30ぐらいの応募が集まりました。
ショーケース・ライヴは生バンドじゃなかったようですが、お客さんの盛り上がりはどうでしたか?
凄かった、凄かったです。このショーケースで覚えているのは、海外とのやりとりの中でガガが登場するときに「歌舞伎ドロップ」を用意しろと言われて、ステージの上から落ちる幕のことですが、初来日でかけられるお金も制限があったし、それを用意するのが意外と大変でしたね。ライヴは本当に凄い盛り上がりで、“今、最もキテる人を見たい”っていうお客さんの熱量が凄かったです。
ガガの側は初めての日本ということで意気込み的にはどうだったんでしょうか?
日本でライヴができることに対してめちゃめちゃ興奮してましたね。翌日には「スッキリ」に日本のテレビとして初出演したのですが、朝早い出演について特にトラブルもなくて。確かこの時は、ハローキティとコラボしたような衣装で腕にキティちゃんを書いていたりました。それも想像以上でしたね。
衣装については担当としては何かリクエストはしていんですか?
衣装は何着も用意してきていたのですか、「何を着るかはその時の気分で決めます」って言われたんで、事前には教えてくれなかったんです。でもいい意味で毎回想像を上回ってきてくれたのでありがたかったです。
衣装はどれぐらい持ってきていたんでしょうか?
鎧みたいな立体的で3次元な衣装が多くて。そういう衣装は折り畳めなくて、箱に入れるみたいな感じだったんで、いわゆる新人にしては衣装の荷物はかなりありましたね。
その週にはMステにも出演していましたね。他の取材中でもガガに会う人の反応はどうでしたか?
とにかく今話題の人で、しかも視覚的なインパクトがあるので、Mステも他の取材現場でも、会う人会う人「お~」とか「ほんもんだ~」っていうリアクションでした。みんなが期待しているガガ像があって、「プライベートは意外と地味なんだ」とかじゃなくて、ビジュアル的にもパフォーマンス的にも期待以上のものを見せてくれるので「ほんとにそうなんだー!」ってなって。
漫画のキャラが出てきたみたいな感じですね。
そうですね!あと良く言われたのは身長が意外と小さいねっていうのはありました。150cm台なんで。
来日の時は、オフの時もああいう格好だったんですか?
そうなんですよ。ああいう恰好で外出するので、海外ではパパラッチされていたし。あの格好だと目立つのでファンにもすぐわかるぐらいで。でも気づいたファンには凄い丁寧でしたね。
来日中には居酒屋の“天狗”に行ったとききましたが。
ガガから日本の大衆居酒屋に行きたいっていうリクエストがあったので、渋谷の天狗に行って、ダンサーとスタッフとレモンサワーを飲んで過ごしましたね。
今だとありえない光景ですね。他に日本でやりたいことのリクエストはあったんですか?
ディズニーランドに行きたいっていうリクエストはあったんですが、その時はスケジュールがパツパツだったので行けなかったですね。
ほぼヌードで話題になったAERAの表紙の撮影は、本人から脱ぐって申し出があったんですか?それともAERAから?
本人からでしたね。AERAの取材もそうなんですが、全ての取材で衣装を変えたいと本人から言われていて、これは正直スタッフとしては時間もかかってしまうから着替えなくていいよとも思う部分もあるんですが、彼女は毎回ちゃんと着替えるんです。そういう一つ一つのこだわりとか、こちらの期待を必ず越えてくるっていうのは、他のアーティストではあまりいないですね。
井口さんが、初来日を含めて今までで一番驚いた衣装はなんですか?
たくさんありますが「徹子の部屋」に出た時の衣装はその内の一つですね。来日する前に徹子さんの写真を見てもらって、彼女がああいう飛びぬけた衣装にするって決めたんです。
あの時の衣装は「徹子の部屋」対策としてガガが用意していたんですね!
「徹子の部屋」を普通に見ている視聴者の層は上の人が多いので、ガガのターゲットではないんですが、ガガと並んだ時の画力は絶対にネットでバズると思ってお願いしたんです。そしたらあのガガの衣装がもの凄い拡散して、ゲームの「ファイナルファンタジー」の戦いの画面のボスの代わりにガガがいたりして、今でいうミーム的なことが起ったから、ある意味狙い通りでした。
ガガ様ってFFにも出演されていたんですね(´・ω・`) pic.twitter.com/8ZCiHjJ5
— ぽにきんぐだむ/オメでたい頭でなにより (@PONIKINGDOM) 2012年2月22日
通常そういう出方をしてしまうと「色物」や「芸人」みたいに思われてしまいますが、そうならずにここ日本でもアーティストとして確立できたのはなぜだと思いますか?
「スッキリ」主演の時に最初はトラック出しで出演したのですが、その次の出演の機会の際にはフルバンドでやりたいと言われたんです。でもフルバンドは当時のスタジオにはスペース的には入れられなかったので結果的にアコースティックでやることに切り替わったんです。でもアコースティックだと歌が上手いことがわかるんですよね。しかもピアノ弾き語りだったし、そこが大きい気がします。あんな変わった格好してるけど歌は上手くて、アーティスト性の高さも伝わって。もしトラックだけだったらそれも伝わらなくて「色物」って思われていた可能性はありますね。
初来日以降は日本でも転がるように話題になって、日本デビューの年のサマソニでも素晴らしいパフォーマンスでしたね
あまりにも話題になって需要が出たのでサマソニは確か途中で順番が変わったんですよ。もちろん当日は入場規制になりました。当時は嵐の真ん中にいたような感じですね、最初は自分で神輿を担いでたんだけど、途中からは色んな人がわーってきて一緒に担いでくれて、それを側から「あーすげぇ遠くまでいったなぁー」って見てる感覚でした。いい意味で手が離れて当事者意識もなくなった不思議な感じでした。
【10年前と変わったこと、変わらないこと】
今のガガと10年前のガガとを比べてみて、変わった部分、変わってない部分って何だと思いますか?
アーティストってその人の中から出てくるものが曲になったりするので、アーティスト性が変わらないことのほうが少ないですよね。ガガの場合だと最初は「Just Dance」をやりたくて、その後に『Born This Way』とか、それで『Art Pop』をやって、トニー・ベネットとジャズ・アルバム出して、2016年の最新作『Joanne』になるんですが、女性として人間として成長することと作品がちゃんと連動していると思います。
ドキュメンタリー映画「ハンティング・グラウンド」に曲を提供したこともそうですよね。
そうですね。そして今年末公開される映画「アリー/スター誕生」もその延長線上だと思うんです。あの映画はミュージシャンについての映画なので、公開されたらまたガガの歌に注目が集まると思います。10年前と比べて変わってないことは歌手としてのスキルの高さ、これが彼女の中央にあって、それがあるからこそ、何をやっても成立するんだと思います。ポップ・スターって維持するのが本当に難しくて、同じことをずっとやっても時代遅れになるし、新しいことやっても叩かれるし。時代の掴み方、時代にちゃんと沿ってるものがポップスなわけで、そこを捉えるのは難しいですが、ガガの場合は歌手としての力量と声の素晴らしさがあるので、どんなことをやってもブレないし強いと思います。
メッセージ性も一貫してますよね。
LGBTQとか #metoo とか一般的には最近取り扱われているようなこともガガはデビュー当時から一貫してマイノリティには寄り添ってきましたね。そこも彼女のアーティストとしての核なんだと思います。
「Born This Way」の歌詞とかはまさにそうですね。今回はありがとうございました。
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