シアトルから生まれたグランジ・ミュージックの勃興の歴史とその影響
ニルヴァーナの代表的ヒット曲となった「Smells Like Teen Spirit」が1991年にリリースされた時、音楽業界は大きな衝撃を受けた。シンセサイザー、派手な髪型、過度なプロダクション技術に支配されて10年が経ったポピュラー・ミュージックを解放したのは、シアトル出身のアウトサイダー3人組で、彼らは‘グランジ・ミュージック’の先陣を切った。グランジとは、ロックン・ロールに何としてでも気骨を取り戻してみせる、という固い決意を持ったジャンルと言っていいだろう。
ロック・ミュージックの歴史におけるグランジ・ミュージックは、チェック縞のシャツを着た若者たちが予期せぬ形で伝統的なロックン・ロールを救い、80年代のヘアメタル・バンドの息の根を止めたものとして語られ続けている。支持の高いこの仮説の中には真実も含まれており、グランジは90年代のオルタナティヴ・ロック大爆発の導火紙となったのも事実ではある。しかし、ハードでヘヴィながらも他とは一線を画したサウンドを持つグランジが商業的に大ヒットしたのは、1991年にリリースされたニルヴァーナの『Nevermind』 だ。その一方で、シアトル中心のムーヴメントの起源は80年代前半、アメリカのアンダーグラウンドなロック・シーンまで遡ることができる。
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グランジの誕生
グランジ・ミュージックは、これからもずっと北アメリカの太平洋岸北西地区の代名詞であり続けるだろう。これは否定しようのないことだ。一般には、グリーン・リヴァー(後のマッドハニー)のヴォーカリスト、マーク・アームが‘グランジ’という言葉を音楽ジャンルとして使った最初の人物とされている。マーク・アームは1981年、シアトルのファンジンDesperate Timesに対して、自身が率いた最初のバンド、ミスター・エップ・アンド・ザ・カルキュレーションズの音楽を「ピュアなグランジ!ピュアなノイズ!」と説明したのだ。
グリーン・リヴァーのセカンドEP『Dry As A Bone』(1986年)も、シアトルを本拠とした影響力の大きなインディ・レーベル、サブ・ポップが手掛けたごく初期のリリースで、同レーベルの宣伝用素材では、「国家のモラルを破壊する、超開放的なグランジ」と作品の内容が説明されている。
一方、80年代半ばから後半にかけて、太平洋岸北西地区の他のエリアでは、ニューヨークのソニック・ユースやボストンのダイナソーJr.、テキサス州オースティンのバットホール・サーファーズが、歪みのあるハードなサウンドを使ってフィードバックの激しいロックを演奏しており、彼らはグランジ・ミュージックの経過に影響を与えた。
後年、ニルヴァーナのカート・コバーンはローリング・ストーン誌に対し、ボストンのピクシーズにも当初影響を受けたと認めている。「俺たちは、ソフトで静かな演奏から、ラウドでハードな演奏へと移行する彼らのダイナミクスを使った」と、彼は1994年1月、ライターのデヴィッド・フリッグに語っている。
1987年から1988年にかけて、シアトルは引き続き、パンクとメタルを見事に融合したバンドを輩出し続け、マッドハニーの壮絶な「Touch Me I’m Sick」や、ブラック・サバスを彷彿とさせるメルヴィンズの泥臭いデビュー・アルバム『Gluey Porch Treatments』などが生まれた。
しかし、太平洋岸北西部という辺鄙なエリア出身のバンドが、ハードロックの覇権に挑み、ガンズ・アンド・ローゼズの『Appetite For Destruction』やメタリカの『……And Justice For All』といった、メインストリームでも大ヒットしたロック・レコードと張り合うというのは、この頃はまだあまり現実味のない話だった。
メインストリームになったグランジ
そんな中、1988年に国際的なロック誌が、太平洋岸北西部から出現した新種のエキサイティングな音楽を初めて取り上げた。この年、シアトルのシーンを代表するニルヴァーナがショッキング・ブルーの「Love Buzz」を見事にカヴァーし、ファースト・シングルとしてリリース。これが英国のロック週刊誌、サウンズ誌の‘Single Of The Week(今週のシングル)’に選ばれたのだ。
また、サブ・ポップ・レコードからリリースされたデビュー・アルバム『Bleach』が批評家からの高い評価を得ると、ニルヴァーナは1989年10月、同じくシアトル出身のタッドとともにサウンズ誌の表紙を飾った。また、メロディ・メーカー誌のジャーナリスト、エヴェレット・トゥルーは、シアトルのローカル・シーンについて記事を執筆した。
メインストリーム・シーンでも、シアトル・シーンに注目する動きが出てきた。そのきっかけは、カリスマ性溢れるクリス・コーネルがフロントマンを務めるサウンドガーデンが、1989年にメジャー・デビューとなる『Louder Than Love』をA&Mレコードからリリースしたことだ。また、この頃、後にパール・ジャムのスターとなるジェフ・アメンとストーン・ゴッサードを擁したマザー・ラヴ・ボーン(グラムロックの影響を受けたバンド。短命に終わった)が、マーキュリーと契約を結び、唯一のアルバム『Apple』をレコーディングした。
1990年には、ニルヴァーナがゲフィン・レコードとメジャー契約を結び、メタル色の強いシアトルのバンド、アリス・イン・チェインズもコロンビア・レコードからのデビュー・アルバム『Facelift』をbillboard誌のチャートに送り込むと(後にゴールド・ディスクを獲得)、グランジの人気は本格化した。
そして1991年、ダムが決壊する。グランジは、正真正銘の世界的な現象へと変貌したのだ。ニルヴァーナがアイコニックな『Nevermind』で、ロックの方向性を決定的に変更しただけでなく、マザー・ラヴ・ボーンの後身となったパール・ジャムも、数百万枚の売り上げを記録したデビュー・アルバム『Ten』でメインストリームを席巻した。さらに、サウンドガーデンのサード・アルバム『Badmotorfinger』(名曲「Outshined」「Rusty Cage」を収録)は、ベスト・メタル・パフォーマンスでグラミー賞にノミネートされた。
グランジのレガシー
1992年の1年間にリリースされた主なグランジ・アルバムは、グランジという音楽の幅広さを物語っている。ビリー・コーガン率いるスマッシング・パンプキンズが商業的にブレイクするのは1993年の『Siamese Dream』だが、同バンドはデビュー・アルバム『Gish』(1992年)で、プログレッシヴ・ロック、フォーク、サイケを織り交ぜている。
カリフォルニア州出身のストーン・テンプル・パイロッツは、ヒット曲満載の『Core』、アリス・イン・チェインズはヘヴィさをとことん追求しながらも大絶賛された『Dirt』をリリースした。一方、グランジがメインストリーム・カルチャーに浸透したことがよく分かるのは、キャメロン・クロウが監督を務め、シアトルを舞台としたジェネレーションXの人気映画『シングルス(原題:Singles)』である。同映画は、パール・ジャム、サウンドガーデン、スマッシング・パンプキンズ、アリス・イン・チェインズの未発表曲を収録した魅惑のサウンドトラックを呼び物としていた。
1993年になると、グランジはファッション界でも存在感を示し、カール・ラガーフェルドやマーク・ジェイコブスといったデザイナーが、ネルシャツや破れたジーンズ、コンバット・ブーツなどを自身のコレクションに取り入れた。音楽的には、シーンを牽引するニルヴァーナ、パール・ジャム、スマッシング・パンプキンズが『In Utero』、『Vs』、『Siamese Dream』といった必聴盤をリリースして批評家から絶賛を浴びる一方で、初期シアトル・シーンの雄、マッドハニーやメルヴィンズは、それぞれリプリーズ・レコードとアトランティック・レコードとメジャー契約を結んだ。
カートとグランジの死
1994年4月、カート・コバーンが悲劇的な自死を遂げた。彼の死とともにグランジも死んだと一般的には考えられており、現在もこれに反論する者はほとんどいないが、それでもシアトル・シーンの主要アーティストは、長くシーンで活躍し続けている。
例えば、ニルヴァーナのデイヴ・グロールが結成したフー・ファイターズは、現在のロック・シーンでも相変わらず屈指の人気を誇っている。また、パール・ジャムもアリーナ・クラスの会場を常に満員にしながら、シアトルのホームレス支援団体と協働するなど、草の根レヴェルで環境問題・政治問題に取り組み続けている。
グランジの衝撃波は、今でも簡単に感じることができる。最も顕著なのは、シアトル・シーンが90年代半ばから後半にかけて影響を与えたポスト・グランジのアメリカン・ポップ・パンク・バンドで、ウィーザーやBlink 182、ニッケルバックやキャンドルボックスなどが挙げられる。また、コーン、リンプ・ビズキット、パパ・ローチといった2000年代前半のニューメタル・バンドも、グランジの怒りや激しさに大きな影響を受けていることは明らかだ。
現在のシーンに目を向けてみよう。ブラック・モスの『Antomical Venus』といった力強いニュー・アルバムや、サブ・ポップ・レコードと契約したソー・ピティッドやピスト・ジーンズの作品を聴けば、グランジが進化を続けるロックのDNAに欠かせない要素であり続けていることがはっきりと分かるだろう。
By Tim Peacock
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♪ 『90s Grunge』