史上最も奇妙なコンセプト・アルバム
最も奇妙なコンセプト・アルバムの選定は困難を極める。何故なら傑作と呼ばれ愛され続けているコンセプト・アルバムの多くが、そもそも相当風変わりなものばかりだからだ。結局のところ、生まれながらに障害を持ったひとりの少年が、ただ単にピンボールの名手だったからというだけの理由で新たな救世主になるという顛末が描かれた2枚組フル・アルバム以上に奇天烈な作品があっただろうか?
あるいは、ヒンドゥー教の聖典の文句を下敷きにした4つの20分を超える楽曲を収めたダブル・アルバムを超えるものは? だが、こうした突飛な設定や仕様があっても、ザ・フーの『Tommy』 とイエスの『Tales From Topographic Oceans(邦題:海洋地形学の物語)』は、このジャンルにおいて押しも押されもしない名盤となっているのである。
『Tommy』以降、 何らかのテーマに基づくアルバムの筋立てや進行には、もはや荒唐無稽などという概念は存在しなくなったように思われた。だが、その枠を更に押し広げることに挑んだのが、ジェネシスの『The Lamb Lies Down On Broadway(邦題:眩惑のブロードウェイ)』である。シュールかつダーク・ユーモアに満ちた歌詞の大部分を書いたのはピーター・ガブリエルで、つまるところ主軸になっているのは黒い水晶玉を通して見た大人への成長物語だ。
主人公はラエルという名のプエルトリコ人のグラフィティ・アーティストで、ある時不可思議な別世界に足を踏み入れる。その行く手には3人のトカゲ女たちに誘惑された後に去勢されたり、兄を滝壺から救出するといった様々な試練が待ち受けている 。ジェネシスはそうした展開を、彼らの全作品を通じて最も愛らしいメロディと、仰々しいインストゥルメンタル・ナンバーで彩り、ピーター・ガブリエルはあえてこれまで歌詞の形に仕立てられた中でも素晴らしく最悪な語呂合わせでこの一大叙事詩をまとめあげて見せた。どれか一部を引用するなどは、おこがましいので遠慮しておこう。
プログレッシヴ・ロックは昔から常にコンセプト・アルバムと結び付けられてきた。時にはそのコンセプトはごく現実的なもので、例えば文学(キャメルの『The Snow Goose』)、離婚(ピーター・ハミルの自傷行為の如き『Over』)、あるいは政治(ジェントル・ジャイアントの現代にも十分通じる『The Power & The Glory』)といったところだ。
だが、コンセプト化の手腕という点においては、ゴングは別次元である。正確には空飛ぶティーポットで銀河を縦横無尽に駆けめぐるマリファナ中毒の子鬼たちの故郷、架空の惑星ゴングに生息していると言うべきか。バンドの黒幕である故デヴィッド・アレンが併せ持つ極めて特異なスピリチュアリティと奇行とのミックスは、プログレッシヴ・ロック界における最初のアルバム3部作『Radio Gnome Invisible』で見事に花開いた(個々のアルバム名は『Flying Teapot』、『Angel’s Egg』 、そして『You』)。デヴィッド・アレンの鬼才ぶりについて行けない向きには、同じくらい徹底して宇宙的センスに満ちたスティーヴ・ヒレッジのギター・ソロをお勧めしたい。
もっとも、コンセプト・アルバムは何もプログレッシヴ・ロック系の人々の専売特許というわけではない。レイ・デイヴィスはキンクスの「コンセプト期」と呼ばれた70年代を通してずっとそうした作品を書いており、そこから『Preservation Acts 1』や『~ 2 』のような珠玉の名作が生まれている(この中に登場する悪役のMr.フラッシュは、胡散臭い土地開発業者からやがて国を動かす立場にのし上がる。そんなことが現実に起こってたまるものか、そうだろう?)。
だがそれ以前に、彼は自らの音楽業界に対する個人的な長広舌『Lola Versus Powerman And The Moneygoround』で大当たりを取った。物語の筋書きの一番の肝は、主人公が大ヒット・シングルを出した時だ。そこで我々はザ・キンクスの、直後にスマッシュ・ヒットとなったナンバー「Lola」を聴くことになるのだ。つまりこのアルバムは実質、まだヒットするかどうかも分からなかったこの1曲を軸にして作られた作品であり、万一「Lola」がコケたら全てのコンセプトが成り立たなくなるというシロモノだったのである。だがレイ・デイヴィスという男は明らかに、自分の手のうちにあるものが勝利を確実にする切り札だと分かっていたのだった。
もしもあなたが1982年にニール・ヤングのファンだったなら、ニール・ヤングにとって最初の、そして概ねたった1度きりの、テクノ・ミュージックへの脱線であり未来的なテーマの歌詞への挑戦の記録である作品『Trans』を買って帰って家で聴いた時の衝撃は想像して余りある。殆どの曲は一聴してニール・ヤングらしさが感じられた、だが彼のファンにとって何が異様だったかと言えば、彼がヴォコーダーを使い、自分の声から個性を消し去ってしまっていたことだったのだ。
それでも、もしニール・ヤングが『Trans』リリース当時にその理由をきちんと説明していたら、誰もが納得したことだろう。この作品は彼が障害を持った息子とコミュニケーションを取るために使っていた道具からインスパイアされたところから生まれたものであり、その脈絡から行けば、幾つかの曲は、例えば小さな「Transformer Man」へのラヴ・ソングなどは相当感動的だ。問題はニール・ヤングが当時一切取材に応じなかったことで、多くのリスナーはひたすら戸惑うばかりだった。
これでもまだ奇天烈さが足りない? では今度はまた違うポップ・ミュージックの時代に生まれたコンセプト・アルバムの傑作を幾つかご紹介するとしよう。
ザ・タートルズ『… Present The Battle Of The Bands』(1968)
ザ・ビートルズの『Sgt. Pepper~』以後、世の中のポップ・グループはすべからくコンセプト・アルバムを作らなければならないという流れが出来あがってしまい、身の程をわきまえるべきTop40バンドも例外とはみなされなかった。ザ・タートルズがやって見せたのは、曲毎に12組の別々のグループに扮するという明らかなおフザケ芸である。「Food」という曲では巨漢のビッグ・ブラザーズ(Bigg Brothers)名義で、ブラウニーのレシピをそのまま歌っており、ポイントとなる材料が歌詞の中に点々と埋められていた。
♪2かけ分のダーク・チョコレート/くるみ、ポット(マリファナ)に砂糖……♪
スティーヴィー・ワンダー『Journey Through The Secret Life Of Plants(邦題:シークレット・ライフ)』 (1979)
ここでのスティーヴィー・ワンダーは、2枚のLPを費やして植物が何を考えているかを私たちに教えてくれている。音楽的にも佳曲が少なくない。彼がその気になれば交響楽も書けるだけの才能の持ち主であることは誰もが知るところだが、このアルバムは彼の作品の中でも最もそこに近いと言えるだろう。だが、これが『Songs In The Key Of Life』に続くリリースとしては予想外だとは、いささか遠慮が過ぎる気がする。
ザ・レジデンツ『Commercial Album』 (1980)、『God In Three Persons』(1988)
ザ・レジデンツはこれまで奇妙なコンセプト・アルバム以外のものはほぼ作ったことがないグループなので、我々は2つの選択肢をご用意してみた。ご新規の改宗者の皆さんには、非常に入りやすい『Commercial Album』をどうぞ。ここには全て1分きっかりの長さの笑ってしまうほどキャッチーな40曲が収められている。もう少し心臓の強い方には、信仰療法師とシャム双生児である2人との関わりを綴った奇怪な物語『God In Three Persons』をお勧めする。
キャンパー・ヴァン・ベートーヴェン『New Roman Times』(2004)
キャンパー・ヴァン・ベートーヴェンは凝ったジョークを得意としている。2003年の再結成後にリリースされた、彼らが新たに録音したフリートウッド・マック『Tusk』の全曲カヴァーは、本家のお蔵入りヴァージョンとして通るほどの出来栄えだった。彼らの正式な再結成アルバムはこの大作で、お馴染みのワールド・パンク・ミュージックに理不尽なユーモアと本物の、テロリストの時代らしい恐怖が掛け合わされていた。もっともこのアルバムに仕掛けられた一番のジョークは、コピー・エディターにしか理解できないだろう。タイトルになっている『New Roman Times』のフォントは「Times New Roman」という種類のものなのだ。
ジュリアン・コープ『Peggy Suicide』(1991)
ジュリアン・コープ独特の理性的サイケデリアは難解なことも多いが、この2枚組アルバムの大作は十二分に聴く価値がある。歌詞の方は宗教や環境問題、地球の健康問題について、アシッドどっぷりの彼のつぶやきという形をとっているものの、音楽の方は90年代ブリットポップのひな形を思わせる。
ラッシュ『Counterparts』(1993)
数々のSF叙事詩の後にも様々なテーマを持ったアルバムを出してきたラッシュが、このうえ更に人々を驚かせることが出来るとすれば、それは愛とセックスについてのアルバムを作ることだった。これは幾つかの例外(『Permanent Waves』収録の「Entre Nous」等)を除き、彼らが疫病のように遠ざけていた主題である。『Counterparts』では彼らの誇る賢者のリリシスト、ニール・パートが「Stick It Out」で珍しくも淫らなダブル・ミーニングを引用している。グランジ全盛期らしいパワー・トリオ・サウンドと相まって、『Counterparts』はラッシュのアルバムとしてはあまりにノーマル過ぎて逆に恐ろしく異様なのである。
ガース・ブルックス『In The Life Of Chris Gaines』 (1999)
最終的に完成することのなかった映画のサウンドトラックとして作られた、ガース・グルックスによる“ポップ・アルバム”、実のところ、彼のカントリー・アルバムとさしたる差は見当たらないこの作品は、ソウル・パッチ[訳注:下唇の下にうっすら残したヒゲ]を生やしたオーストラリア人ではなく、ガース・ブルックスのレコードを求めるファンを混乱させただけだった。
ザ・ファイアリー・ファーナセス『Rehearsing My Choir』(2005)
マシューとエレノアのフリードバーガー兄妹は、プログレッシヴ・ロックからの影響を活かし、2000年代において屈指の想像力豊かなインディ・ロックを作り上げた。だが彼らは年老いたひとりの女性が半生を振り返るという内容のこのアルバムで自身の過去をさらに超えるアルバムを作り上げた。しかも彼らの実の祖母にヴォーカルの大半を任せるという徹底ぶりである。
ここまで来たら何としても、最も常軌を逸したコンセプトを持った、定義不能なアルバムを付け加えずにはいられない。ジェロ・ビアフラのオルタナティヴ・テンタクルズ・レコードから1984年にリリースされた、その名もパートタイム・クリスチャンズによる『Rock & Roll Is Disco』である。その名にふさわしく、バンドはアルバムの半分の曲のテーマをキリスト教の教義に当てている。そして残る半分の曲のテーマは全てボウリングである。確かに、誰にでも思いつくことのできるアイディアではある。だが実際にやったのは彼らが初めてだったのだ。
By Brett Milano
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