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プログレがポップスに転向した80年代:プログレの前途が真っ暗だった時代に成功した作品たち
1970年代後半は、プログレ・ミュージシャンにとって厳しい時代だった。1970年代前半から中盤にかけては彼らの全盛期であり、手の込んだ変拍子、壮大でコンセプチュアルな組曲、指の関節が折れそうな複雑なリフといったいかにもプログレっぽい要素が人気を集めていた。しかし1970年代の終わりになると、そうしたものは客受けが悪くなっていく。その代わりに流行したのはニュー・ウェイヴであり、「短くてシンプルでスッキリ」が当時の合言葉となった。
ただし「パンクがプログレと敵対関係にある」というイメージは、ほとんどの場合、マスメディアが作り出したものだった。たとえばラモーンズのジョーイ・ラモーンのレコード・コレクションには、イエス、ジェネシス、ELPも入っていた。またセックス・ピストルズのジョニー・ロットンはあからさまにヴァン・ダー・グラフ・ジェネレーターのピーター・ハミルの影響を受けていた。そしてザ・ストラングラーズでさえ、隠れプログレ・バンドだった。
とはいえ、ロットンが身につけた「ピンク・フロイド大嫌い / I hate Pink Floyd」のTシャツが世間に広まった時から、災いの前兆はあった。そしてニュー・ウェイヴが喧嘩腰のパンク・スピリットにメロディアスなポップスの味付けを加えてメインストリームに躍り出たとき、プログレのマイナス・イメージはもはや決定的となった。ツンツンと逆立てたヘアスタイルと、決めフレーズ入りの3分間の曲が大流行し、プログレの土台となる重々しい柱はもはや最先端ではないとみなされてしまった。
1970年代の終わりには、ジェントル・ジャイアントやエマーソン、レイク&パーマーといったプログレの大物バンドが解散し、イエスもすぐにその後を追った。生き残った者たちも、自分たちの分け前がどんどん減っていくのを目の当たりにした。
一般的な音楽ファンや音楽業界は、キャメルやキャラバンよりもカルチャー・クラブやヒューマン・リーグに興味を示すようになっていたのだ。とはいえ、プログレの前途が真っ暗だと思われたその時、抜け目のない一部のミュージシャンたちが活路を見出し始めた。
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新たな夜明け:ジェネシスとピーター・ガブリエル
1980年3月、ジェネシスの活動が上向き始めた。プログレ度の高いLP『Duke』からポップで親しみやすいシングルをリリースしたのである。この時彼らは、風変わりな癖を十分に削ぎ落としていた。そのシングルに選ばれた「Misunderstanding」は、脈打つようなビートとたまらなく魅力的なリフレインを含む曲だった。
この曲はジェネシスにとって過去最大の全米ヒットとなり、30代のアート・ロック・ミュージシャンでもポップ・チャートに居場所があることを証明した。
かつてジェネシスのリード・ヴォーカリストを務めていたピーター・ガブリエルが晴れてポップ・スターとなるのは、それからさらに数年後のことだ。とはいえ彼は、1980年の「Games Without Frontiers」で初めてメインストリームに進出した。この曲は地政学的な不正行為という重いテーマを抱えていたが、その手の曲としては空前絶後のキャッチーな仕上がりになっていた。
ガブリエルのソロ3作目のアルバムには不気味な楽曲が並んでおり、「Games Without Frontiers」も例外ではなかった。とはいえ、踊れるビートとユーロ・ディスコ風のシンセが含まれていたこともあって、この曲はヒットした。そしてガブリエルが商業的に成功する可能性を広げたのである。
プログレとニュー・ウェイヴの和解:ラッシュの新曲
同じころ、ラッシュも方向転換を図っていた。それまでこのバンドは、SFをテーマにした組曲でLPの片面を埋めることが多かった。しかし「Spirit of Radio」で耳馴染みのいい楽曲を作り始めた。このノリのいいアリーナ・ロック・アンセムのおかげで、ラッシュのアルバム『Permanent Waves』はヒットした。彼らが本当の意味でアメリカでヒット・アルバムを獲得したのはこれが初めてだった。
何かが変わりそうな雰囲気になっているのは確かだった。やがて翌年、プログレはニュー・ウェイヴの時代と大々的に和解することになる。
ラッシュは時間を無駄にすることなく次の攻撃を仕掛けた。彼らが1981年2月に発表した『Moving Pictures』は、ニュー・ウェイヴからの影響がはっきりと見て取れる作品だった。たとえば「Tom Sawyer」は孤立した10代の若者たちに捧げる究極の叙情歌だが、そのシンセ・リフはリック・ウェイクマンのミニ・モーグのフレーズとゲイリー・ニューマンの未来的なロボ・ポップの決めフレーズを合成したような趣があった。
一方「Limelight」は名声の暗黒面をテーマとした楽曲に魅力的なAOR風のギター・ラインを融合させ、皮肉たっぷりな仕上がりになっている。この曲のおかげで、ラッシュはラジオでもてはやされるバンドになった。
この2枚のシングルはラッシュのロック・スターとしての地位をしっかりと固め、さらには新しいファンを引きつけることにもなった。そうした新しいファンは、「By-Tor and the Snow Dog」と言った曲名を持つ昔のラッシュの曲をもし聴いたら、恐怖を感じて逃げ出していたかもしれない。
ムーディー・ブルースの復活
同じ年の5月には、さらに予想外の進化が起こった。ムーディー・ブルースが再び姿を現し、『Long Distance Voyager』を発表したのである。このバンドは1970年代初期を最後に大ヒットを飛ばしておらず、1970年代中期には数年間にわたって活動休止状態になっていた。しかし元イエスのキーボード奏者、パトリック・モラーツを含む新たな顔ぶれで前線復帰し、ヒット志向の強い2つの曲を発表。それが、このベテラン・バンドに再びスポットライトを当てることになった。
昔のムーディー・ブルースのヒット曲では疑似的なオーケストラとしてメロトロンが使われていた。しかし新曲「The Voice」はその代わりに本物のストリングスと爽やかなシンセサイザーをミックスし、より時代に合ったサウンドを作り出していた。
またこのアルバムから生まれた最大のヒット曲「Gemini Dream」はモラーツが大活躍する曲で、思わず腰を振りたくなるようなエレクトロ・ダンス・グルーヴがムーディー・ブルースならではのサウンドとシームレスに結びついていた。この驚くべき復活のおかげで、彼らはその後何年にもわたって好調を保った。
これに負けじと、ジェネシスも再び最前線に踊り込んだ。1981年9月に発表した『Abacab』で、彼らは過去にないほどの過激な変身ぶりを見せた。この年の初め、ヴォーカリスト兼ドラマーのフィル・コリンズはソロ・デビュー作『Face Value』をリリースし、グループの外でもスターとなっていた。彼のストレートなポップ・ロック路線は、ジェネシスにも影響を与えていたように思える。
この年、彼らは楽曲で使う音数を徹底的に減らし、簡潔で時にはミニマルといえるようなスタイルに変化した。その新たな音楽性は、ニュー・ウェイヴっぽい音作りとポップな魅力にあふれていた。
この『Abacab』は『Duke』以上に人気を集め、シングル・カットされた3曲が全米チャートのトップ40に入った。それは、過去のジェネシスとは比べものにならないほどの大ヒットだった。ユーモラスなリフが印象的なアルバム・タイトル曲は、彼らの昔のプログレ仲間よりもむしろディーヴォとの共通点の方が多い。
また「No Reply at All」は、コリンズのソロ・アルバムと同じような元気いっぱいのポップ・ソウル路線の曲だ。こちらでは、アース・ウィンド&ファイアーのスッキリとしたホーン・セクションが起用されている。
スーパーグループとシンセ・ポップ
プログレのスーパーグループは、完全に1970年代の現象に思えるかもしれない。とはいえ日の出る勢いで登場したエイジアが証明するように、1980年代に入っても、かつてのアート・ロックの英雄たちは新たなバンドで生まれ変わることができた。
エイジアは、偏執狂的なプログレッシブ・ロック・マニアの地下実験室で組み立てられたかのようなバンドだった。その顔ぶれは、イエスから脱退したばかりのスティーヴ・ハウ (ギター) とジェフ・ダウンズ (キーボード) 、ELPのカール・パーマー (ドラムス) 、キング・クリムゾンとU.K.のジョン・ウェットン (ヴォーカル/ベース) で構成されていた。
そんなメンバーが集まっていたにもかかわらず、1982年のデビュー・アルバムには迷路のように複雑な構造を持つ10分間の曲などみあたらなかった。そこにあったのは見事なまでに磨き上げられた珠玉のAORソングだった。
派手なインストゥルメンタルの演奏はごく最小限に抑えられ、彼らがプログレ出身であることをかろうじて思い出させる程度のものになっていた。このアルバムからは大ヒット曲が3曲生まれており、そのうちの1曲は無敵のアリーナ・ロック「Heat of the Moment」だ。その中でジョン・ウェットンは、次のように歌っている。
そして今、君は1982年にいる
ディスコのホット・スポットには何の魅力も感じない
And now you find yourself in ‘82
The disco hot spots hold no charm for you
こんな歌詞を聞けば、これが紛れもなく現在の曲であることがはっきりとわかった。
一方、ニュー・ウェイヴのシンセ・ポップ的な側面を取り入れたプログレ・ミュージシャンにとって、この年の9月は大きな飛躍の時期となった。ピーター・ガブリエルの4thアルバム『Security』は、ポリリズム色が濃い「ワールド・ミュージック」の影響下で成功を収める第一歩となった。
とはいえ、それと同じくらい重要な変化がもうひとつあった。彼はこのアルバムでエレクトロニクスをかつてないほどに前面に押し出したのである。その結果、シンセサイザーの音色を散りばめた踊れる楽曲が生まれた。そのひとつ、「Shock the Monkey」はガブリエルにとって初の全米チャート・トップ40入りのヒットとなった。
同じ月に、ラッシュは『Signals』を発表している。このアルバムでは、ゲディ・リーのシンセがアレックス・ライフソンのギターから主役の座を奪おうとしていた。ここに収録された楽曲は、『Moving Pictures』でほのかに感じられたニュー・ウェイヴの影響を全面的に取り入れていた。
特にあからさまなのは、レゲエとロックを融合させたザ・ポリスからの影響だった。それが最も顕著に出た未来的な曲「New World Man」は、ラッシュにとって唯一の全米トップ40入りのヒット・シングルとなった。
ポップスの頂点
ジェネシスの「That’s All」はポール・マッカートニー風のピアノ・ポップであり、気軽に鼻歌でも歌える曲だった。この曲で彼らはデビューから14年目にして初の全米チャート・トップ10入りを果たした。ここまで来れば、プログレの猛者たちが1980年代に一発逆転を果たしたことは明らかだった。
1983年に発表されたジェネシスのアルバム『Genesis』は、次なるステップを象徴していた。このバンドはポップス界の山頂へと通じる道を歩み始めていたのである。1986年の『Invisible Touch』で、彼らがそうした頂点に到達したのは間違いない。
そこまで来ると、うるさ型のプログレ・マニアの多くはジェネシスから離れていた。とはいえ「Mama」や「Home by the Sea」 (どちらもヒットした) にはガブリエル在籍時のような不気味さが健在であり、このバンドの過去の楽曲とまだ関連があるように感じられた。
生まれ変わったイエス
とはいえ、1980年代前半の「ポップスに走ったプログレ」の物語はそれで終わりではなかった。この後に、とてつもなく劇的な展開が控えていた。黄金期のプログレの代名詞と言えば、まずイエスが思い浮かぶ。彼らが出した2枚の名盤『Fragile』(1971年)と『Close to the Edge』(1972年)は、このジャンルを代表する傑作としてあまねく称賛されている。しかし1980年代に入ってからの数年間、イエスは活動を停止していた。
メンバーのうち2人はバンドを脱退し、エイジアの創設メンバーとなっていた。一方ベーシストのクリス・スクワイアとドラマーのアラン・ホワイトは、腕利きギタリストのトレヴァー・ラビンとイエス結成当時の初代キーボード奏者トニー・ケイと組み、新しいバンドを結成しようとしていた。とはいえ、イエスのヴォーカリストであるジョン・アンダーソンを迎え入れた彼らは、この新たに組もうとしていたバンドが次世代のイエスになろうとしていることに気づいた。
この5人のイエスによる1983年の作品『90125(ロンリー・ハート)』は、1980年代ポップスの超大物プロデューサー、トレヴァー・ホーンの力を借りて最先端のサウンドと音楽性を導入していた。こうしてイエスは輝かしい再生を遂げた。このアルバムはブレイクビーツ、サンプリング音源、スタジアム映えするリフ、心地よいくらいにポストモダンなギター・ソロといったものに黄金期のイエスの要素を組み合わせ、スリリングな作品に仕上がっていた。
ここから生まれたシングル「Owner of a Lonely Heart」でイエスは最初で最後の全米1位獲得を達成し、『90125』はこのバンドの最高に売れたアルバムとなった。「Roundabout」のような昔の曲には見向きもしなかった子供たちが、この新しいイエスのファンになったのである。一方、従来からの熱狂的なファンもこのアルバムにイエスらしさがあることを十分に認識し、次の段階まで付き合おうと腹を決めた。
ジェネシスやピーター・ガブリエルといったアーティストたちは、その後も聞きやすいポップス路線を追求して、さらに大きな成功を手にしていく。とはいえ1980年代の最初の数年間は、プログレ・ミュージシャンにとって修行時代だった。この時期の彼らは、あらゆる人に何かを伝えるサウンドの作り手として自らを作り直そうと励んでいたのである。
Written By Jim Allen
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