ケミカル・ブラザーズ、新作『No Geography』で変わったことと変わらないこと
2019年4月12日に新作アルバム『No Geography』が発売され、7月26日に開催されるFUJI ROCK FESTIVALのヘッドライナーも決定しているたケミカル・ブラザーズ。彼らの原点回帰ともいわれる今回の新作ですが、これまでに彼らが変わったことと変わらないことを長年彼らの日本盤CDのライナーノーツを担当してきた佐藤 讓さんに執筆いただきました、
変わらないこと4つ
1. トムとエドの絆は変わらない
今年はマンチェスターの大学でトムとエドが出会ってから丸30年。意気投合した二人はクラブに通い詰め、酔っぱらいドラッグにぶっ飛んだりしながら、当時盛り上がっていたアシッド・ハウス・ムーヴメントに強く影響を受けた。その後、二人はThe 237 Turbo Nuttersという名義でDJ活動を開始し、楽曲の制作をスタート。その中で、Dust Brothers名義で制作した「Song To Siren」がアンドリュー・ウェザオールが気に入ったことで、当時人気のダンス・レーベル、Junior Boys Ownよりリリースが決定。大きな注目を集めるようになる。途中エドが学術研究のため、ツアーから外れることはあったが、The Chemical Brothersの基本的な活動は30年経った今も変わらず続いている。
2. 震源地はいつも現場(ライヴ)から
The Chemical Brothersがクラブでの手応えを確かめるために、12インチオンリーでリリースしているシリーズが「Electronic Battle Weapon」。その反応がよければ、改めてタイトルが付けられ、アルバムやシングルとして発表される。「It Began In Afrika」や「Saturate」などいくつものフロア・バンガーが現場で噂となり、彼らの新作への期待を煽ることになっていた。今作でも「MAH」がEBW12として発表されている他、「Free Yourself」や「Got To Keep On」がライヴやDJ活動の中でプレイされ、その経験がアルバムに反映されている。ライヴとDJといった現場での活動は常に彼らに刺激を与え、絶頂のアルバムとライヴの震源地となっているのだ。
3. No.1は変わらない
The Chemical Brothersはこれまで9枚のアルバムをリリースしているが、ファースト・アルバム『Exit Planet Dust』と映像作品と共にリリースされるという実験的な形態だった『Further』を除いた全ての作品でUK No.1を獲得している、これは同世代のバンドだとThe Prodigy(1stアルバム以外の全ての作品がUK No.1)に匹敵する偉大な記録になっており、また、彼らのキャリアが常に現役のアーティストとして評価されている証明とも言えるだろう。サウンド面でも常にフレッシュなフィーリングを模索している彼らだが、チャートの結果がしっかり伴ってきているのは、彼らが未だ現役のトップランナーであることを証明しているのではないだろうか。『No Geography』はどのようなチャート・アクションを見せるのだろうか。
4. 爆音ライヴは変わらない
The Chemical Brothersの真骨頂と言えば、ユニークな映像と共に爆音で繰り広げられる壮大なライヴ・ショウ。ロックバンドでは再現できない強烈な音圧を含め、彼らのライヴで“ダンス・ミュージック”の素晴らしさを体験できた日本のファンはとても多いはずだ。そのど迫力の音像はトムとエドの二人の耳にも深いダメージを与えてしまうほどのレベルで、2008年のロンドン市内のOLYMPIA GRAND HALLで開催された史上最大規模のライヴを開催した後に、トムとエドの二人から聴覚の回復を理由に長期のオフに入ることがアナウンスされている。圧倒的なライヴの裏にはこのような代償もあったのである。
変わったこと4つ
1. フレッシュな客演。今回は初の日本人
The Chemical Brothersと言えば、時代時代の先端を行く、フレッシュなゲストを招いた楽曲が話題を呼んでいた。彼らのブレイクのきっかけになった『Dig Your Own Hole』ではOasisのノエル・ギャラガーがフィーチャリングされ、ブリット・ポップの狂騒を飲み込んで、ダンス・ミュージック旋風の幕開けを告げた。以降も二人は様々な才能をフックアップしていくのだが、今回『No Geography』でゲストとして参加したのはなんと88 Risingでもフックアップされ注目を集めているゆるふわギャングのNENE。「ぶっ壊したい何もかも」という強烈なパンチラインは二人も意味を調べて大絶賛だったようで「よいサプライズになった」と後述している。
2. 進化し続けるライヴ演出
機材が置かれた卓で作業することが大きい分、ロック・バンドより動きの少なくなってしまい、演出面の工夫が必要になってくるのがダンス・ミュージックというジャンルの命題。チャップリンなどのシルエットがビートに同期して踊り出す映像演出など、The Chemical Brothersはキャリアの初期からそうした演出面に関して意欲的に開拓をしてきたアーティストだ。そのこだわりはAdam SmithとMarcus Lyallによる映像作品を収録するなど、意欲的な取り組みを見せている。最近では「MAH」の映像演出では映像と同期するだけでなく、指先から出されるレーザーまで精密にコントロールされるなど、その演出技法にはますます磨きがかかっている。
3. 洗練を壊すために破壊。ハプニングを愛する制作環境
多くのアーティストがキャリアを重ねるごとに洗練され勢いをなくしていくことが多い中で、The Chemical Brothersはそうした罠にはまらないように常に制作環境に変化を与え続けている。機材マニアのトムはメモリーやプリセットのない機材を使うことを好み、ハプニングを刺激として取り込むことに喜びを感じている。『No Geography』では、20年前に使っていた機材を掘り起こし、スタジオ内にかつてのスタジオを再現することから作業をスタートさせている。それにより、作業の進め方が変わることによって、様々な発見があったという。また、初期アルバム2枚と同じようにライヴと制作を交互に行った事により、非常にライヴ感のある楽曲に仕上がったようだ。
4. 変わる世界に「刺す」ために変わる
今回のアルバムタイトル『No Geography』は、マイケル・ブラウンステインが書いた詩の朗読がサンプリングされている。これは地理的に離れていても愛によって二人は通じ合っているから(地理的な)分断はないという内容をトムが気に入ったところから楽曲が制作され、それがアルバムのタイトルになっている。Facebookのコメントで自国イギリスをはじめとした世界が分断されている状況に憤りを感じていることを表明している彼らだが、ライヴに来るオーディエンスは皆同じようなことに反応し、基本的に他の人間と交流を持ちたがると気付き、そのフィーリングをアルバムに込めたと発言している。時代に対して真摯に向き合い変わり続けることこそ、彼らが時代に取り残されない大きな理由なのだろう。
ケミカル・ブラザーズ 来日公演決定
2020.10.20(火)
2020.10.21(水)
東京ガーデンシアター
http://chemicalbrothers-japan2020.com/
ケミカル・ブラザーズ『No Geography』
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