多くの人を魅了したノラ・ジョーンズのデビュー盤『Come Away With Me』
ブライアン・バッカス(ブルーノート・レーベルの制作ディレクター)は、ノラ・ジョーンズのデビュー・アルバムについてこう語っている。「作品の方向性については、スタッフの側からは何も指図せず、ノラ本人に探ってもらった……。もしノラがソングライターとしての技量に磨きをかけて、素晴らしい曲を出してくるようになれば、それでうまくいく。そう思ってたんだ」。その方向性は実に素晴らしいものだった。
ノラ・ジョーンズがブルーノートの社長ブルース・ランドヴァルやその他の重役陣を驚かせたのは、このレーベルが設立63周年を迎えた年のことだった。ノラは偉大なシタール奏者ラヴィ・シャンカールの娘。一部の人にとって、彼女のアルバムは父の音楽とはまるでかけ離れた作品のように受け止められた。それでも、ブルーノートの有名なプロデューサー、マイケル・カスクーナはこう感じていた。「ブルースがノラ・ジョーンズと契約したときは、心底興奮したよ。ノラはピアノを弾くジャズ・アーティスト。アコースティック・ベースとジャズ・ドラムスをバックにつけて、スタンダードを歌っていた。やがて彼女のデモが段々とポップスやカントリー寄りの方向性になり始めたので、ブルースはブルーノートのレーベル・カラーと合わないんじゃないかと心配になった。それで、もっとポップス志向のマンハッタン・レーベルとの契約をノラに勧めたんだ。でもノラはこう返してきた。『いいえ。ブルーノートからレコードを出したい。私が契約したのはブルーノート。私はこのレーベルが好きだし、ここのレコードを聴いて育ったから、レコードを出すならここがいい。』」
その結果は驚くべきものだった。ブルーノートがこれまで出してきたアルバムの中で、ノラのデビュー・アルバムは一番の大ヒット作になったのである。カスクーナはこう語る。「あのアルバムの場合、もし20万枚売れたらこちらは十分大喜びだった。でもあれは1,000万枚も売れたんだ。ああいう売れ方を目の当たりにするのは本当に信じられないことだった」。この1,000万枚という売上枚数は、大ヒットした当時のアメリカ国内だけの数字である。全世界での総売上枚数は、現時点では2,500万枚以上にのぼっている。今ではこのアルバムは、1970年代初期のキャロル・キングの『Tapestry(邦題:つづれおり)』にも似た、現代の「スタンダード」として考えられている。ブルーノートのアルバムでこのアルバムよりも売れた作品はひとつもない。
さらに言えば、ここまで大成功したデビュー・アルバムというのもそうそう見当たらない。アルバム『Come Away With Me(邦題:ノラ・ジョーンズ)』は、2003年1月下旬に全米アルバム・チャートで1位に達した。同年のグラミー賞で、ノラは最優秀アルバム賞を含む8部門を獲得。それまでの1年間で、このアルバムはありとあらゆる評論家から絶賛された。ただし「これはジャズのレコードとは言えない」と主張する人も一部にいた。確かにその通り。しかし、そういうジャンル分けにこだわる必要はあるだろうか?
ある評論家は、これを「ブルーノートが出した中で最もジャズらしくないアルバム」と評していた。その時点では、彼の指摘は間違っていなかった。しかし、それが何か問題だろうか? レイ・チャールズもかつてこう語っていた。「音楽には2種類しかない……良い音楽と悪い音楽だけだ」。この「ジャズらしくない」という評を書いた評論家は、「ノラの声がアルバム全体を支配している」と苦言を呈していた ―― しかし、このアルバムの良さはそこにあるのではないだろうか? ノラは甘く美しい声の持ち主。その声は冒頭の「Don‘t Know Why」から聴く者を魅了する。そんなアルバムをそのまま楽しむだけでよいではないか ―― この見事に作り上げられたアルバム、実に巧みな演奏と録音で仕上げられたアルバムを。
ここに収められた14曲は、ごく親しい人のように語りかけてくる。そのおかげで、このアルバムは実に特別なものになっている。それは、まるで誰かの個人的な思いを盗み聞きするような感じにも似ている。このアルバムを作ったときのノラはまだ22歳だったが、とてもそんな年齢には感じられない大人びた雰囲気がここにはある。冒頭の「Don‘t Know Why」は、全米ポップ・チャートのトップ30に到達。また、ハンク・ウィリアムスのカヴァー「Cold Cold Heart」や繊細な「Come Away With Me」も傑出した作品になっている。否定派の声には耳を傾けず、どうかこのアルバムそのものに耳を傾けていただきたい。
ノラ・ジョーンズ『Come Away With Me』
ノラ・ジョーンズ『Begin Again』
2019年4月12日発売
CD / アナログ / iTunes
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