“サウンドの権威”ジョー・ハーリーが語るブルーノートのトーン・ポエット・リマスター・シリーズ:「これを超えるヴァージョンは金輪際見つからない」

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「そんな呼び名を自ら思いつくほど、私はエゴイストじゃないよ」

“トーン・ポエット(トーンの詩人)”という自らのニックネームの由来について問われた高名なサウンドの権威、ジョー・ハーリーはそう言って笑った。彼によれば、この別名は数年前、ベテラン・サックス奏者のチャールズ・ロイドがジョー・ハーリーが持つ類い稀なセンスを讃えて付けてくれたのだそうだ。

ネブラスカ州リンカーン生まれ、謙虚で穏やかな語り口を持つジョー・ハーリーは、チャールズ・ロイドが付けた、いささか仰々しいニックネームには居心地の悪さを感じていた。「最初のうちはどうにも気が進まなかったよ。まるで私自身が世界に自分をトーンの詩人だと吹聴して回ってるように聴こえるんじゃないかと思ってね」と彼は告白する。「そうしたら妻に言われたんだよ、“凄くいい名前じゃない、愉快だし、あなたとサウンドの関わり方を表現してる言葉だわ。ピッタリだと思うわよ、気にせず使ったらいいじゃない”って。まあお陰でとりあえずきまりの悪さは乗り越えられて、今じゃ何も問題は感じてないよ」。

それは実に喜ばしいことだ。何故なら、創業80周年を祝う一環として、今年ブルーノート・レコード はそのカタログから過去の傑作アルバムたちをまとめて、トーン・ポエットの名の下にリリースしようとしているからだ。18タイトルをフィーチャーした『Tone Poet Audiophile Vinyl Reissue Series』はすべてジョー・ハーリー監督の下、オリジナル・テープを使用してアナログ・レコード盤用にマスタリングされたもの。祝年である今年、レーベルからはこの他にも違うテーマで再発されたアナログ盤シリーズ『Blue Note Debuts』『Blue Note Grooves』『Great Reid Miles Covers』『Blue Note Live』そして『Blue Note Drummer Leaders 』が発表される予定になっている。1939年にアルフレッド・ライオンが共同経営で設立し、現在はドン・ウォズを社長に戴くレーベルにとって、ハイファイ・オーディオ愛好家向けに厳選したデラックス・ヴァイナル・ビジネスに乗り出すのはこれが初めての試みなのである。

「この連中はブルーノートの暗号解読に成功した」

サウンドの権威、ジョー・ハーリーにブルーノートでの仕事を直接依頼することになったのは、ドン・ウォズによる彼の実績に対する深い造詣ゆえだった。インディー・レーベルのミュージック・マターズ(Music Matters)で、ブルーノートの名作高音質ヴァイナル再発に長年携わっていたジョー・ハーリーは、ドン・ウォズがミュージック・マターズの商品クオリティを絶賛していると、雑誌のインタビューを読んで、彼が自分の仕事ぶりに注目していることを知った。「彼は言ってたよ、“彼らはブルーノートの暗号解読に成功したんだ。一体どうやったのか俺には見当もつかないけどね”って」と、ジョー・ハーリーは回想する。「彼がああいった立場でいつもミュージック・マターズの名前を出していたのは驚くべきことだったんだよ。だってそもそもあの取材はユニバーサルでの自分のプログラムを宣伝するために行なわれていたものだから」。

ドン・ウォズ Photo: Gabi Porter

サウンド・テクニシャンであるジョー・ハーリーは2017年、チャールズ・ロイドのブルーノートでのアルバムのセッションでドン・ウォズと直接顔を合わせることになった。「レコーディング作業もおおずめと言う時、休憩中にドンが私を脇に引っ張って、話を持ちかけてきたんだ“ミュージック・マターズでやってたのと同じことを、うちでもやってもらえないかな。本気で考えて欲しいんだ。俺は真剣だよ、本気でやりたいと思ってるんだ”ってね。そうして我々の関係はスタートし、組んでまず最初にやったのが(先頃リリースされた、予約販売限定の)ボックス・セット『Blue Note Review: Volume Two – Spirit & Time』だったんだよ」。

このプロジェクトにおいて、ジョー・ハーリーは2作のブルーノートの名盤(アート・ブレイキーの『Africaine 』とボビー・ハッチャーソンの『Patterns』)のアナログ・マスタリングの指揮に当たった。ルディ・ヴァン・ゲルダーの1/4インチ・アナログ・マスター・テープに施されたマスタリングの末、仕上がったサウンドは度肝を抜かれる素晴らしさで、更にミュージック・マターズで見せた細部への気遣いがアートワークにも発揮され、デラックス盤ではブルーノート独特のアートワークが見事に再現されているのだ。

「何ひとつとして妥協した部分はない」

「この手の再発というのは大体余計にコストがかかるものなんだよ」と、ジョン・ハーリーは語る。「メジャー・レーベルならこんなことにはならない、彼らはそもそもこういうルートは取ろうとしないからね。でもドン・ウォズはこのプロジェクト全体を通して実に理解があって、何しろ基本的にどんなことにもイエスとしか言わないんだ。私がミュージック・マターズでやっていた仕事のやり方と比べても、何ひとつ妥協した点はないよ。コヒーレント・マスタリングのケヴィン・グレイに依頼したマスタリングも、カマリロのレコード・テクノロジー・インコーポレイテッドでやってもらったプレスも全く素晴らしい出来映えだった。ティップ・オン・ジャケット[訳注:アートワークを印刷した薄い紙をボール紙のケース(スリーヴ)の上から貼りつけたLPジャケットのこと。昔のアナログ盤のジャケットはボール紙に直接アートワークが印刷された、仕様の粗いものが多かった]にもなっているし、『トーン・ポエット』シリーズでは多くが見開きジャケットにエクストラの写真も載っているんだ」

1950年代から2000年代までを網羅する『トーン・ポエット』シリーズの全18タイトルは、いずれもジョン・ハーリーが自らの手で厳選したものである。「個人的なお気に入りのアルバムも選んだけれど、それと併せてもっと幅広いオーディエンスに聴いてもらうべきだと思う作品も選んだよ」と彼は説明する。「それから、もっと分け隔てをなくすために、ここ最近のブルーノートの作品や、元々はブルーノートからリリースではなかったけれど、現在はレーベルのファミリーになっている作品からも選んでみた」。

その後者に含まれるのが、ピアニストのチック・コリアによるセカンド・ソロLP『Now He Sings, Now He Sobs』で、元々は短命に終わったソリッド・ステイト・レーベルから1968年にリリースされた作品ながら、『トーン・ポエット』リイシュー・シリーズのアメリカにおける公式リリースの第一弾を飾った(全世界リリース日は2月22日)。「あのアルバムがどうして今まで廃番のままだったのか、私には永遠のミステリーだね」とジョー・ハーリーは語る。「ピアノ・トリオとして、ポール・モーティアンとスコット・ラファロのいたビル・エヴァンス・トリオと張るぐらいの存在だよ」。

チック・コリアのアルバムと同日に再発となるのが、ウェイン・ショーターの『Etcetera』だが、本作はこれまで多くの栄誉に輝いてきたサキソフォニスト/コンポーザーである彼のブルーノート在籍時の作品の中でも最も過小評価されてきたアルバムのひとつと言っていいだろう。「このタイトルからして、きっと残り物のボツ曲ばかりを集めたアルバムだと思われるかも知れないけど、それは的外れもいいところだ」と彼は証言する。「これは非常によくまとまった珠玉の作品集で、サウンドも素晴らしいんだよ。私はずっと、これこそウェインのカタログにおいてもっと評価されるべき作品だと思ってきたんだ」。

ブルーノートの名盤が次々に生まれた50、60年代から、今年の後半にリリースが予定されているトーン・ポエット・シリーズから、ハンク・モブレーの『Poppin’』、スタンリー・タレンタインの『Hustlin』、そしてアンドリュー・ヒルの『Black Fire』といった数々の傑作と共に、近年になってレーベルの歴史を飾ったアルバムも1作選出している。シンガー、カサンドラ・ウィルソンが2003年に発表した『Glamoured』だ。彼は当初デジタル・マスターを扱うことになるだろうと考えていたが、驚くべきことに、このアルバムにはオープンリールのテープ音源が現存していた。「なんと、あのレコードはアナログで録音されてたんだよ」とジョー・ハーリーは明かす。「私たちは7箱分のテープを発見したんだが、マスターの形にきちんとまとまってはいなかった。そこでこちらで一旦全部まとめて、そこからダイレクト・カッティングするという形を取ったんだ。アナログからアナログへね」 。

「アルフレッド・ライオンとフランシス・ウルフと一緒に仕事をするのが私の夢だった」

ジョー・ハーリーにとって、ブルーノートから正規の依頼を請けて仕事をすることは、物心ついて以来抱いていた長年の夢が叶ったと同義だった。ハードコアなジャズ・マニアだった彼は、ティーンエイジャーの頃からブルーノートのファンだった。「よく憶えてるさ。自転車に乗って、レコードショップにソニー・クラークの『Cool Struttin』を買いに行ったんだ。その時から、私は完全に虜になってたね。あのレコード・ジャケットの雰囲気だけですっかり惹き込まれたもんだ。ミュージシャンたちのいるスタジオに自分も入ってみたいと思ったし、こんなことを言うとイカれてると思われるかも知れないけど、子供の頃から何とかしてアルフレッド・ライオンとフランシス・ウルフと一緒に仕事がしてみたいと夢見ていたんだ」 。

10代の頃はドラマーとして生計を立てることを考えていたジョー・ハーリーだが、80年代に音楽業界に入ったのはオーディオクエスト社で、スペシャリスト向けのハイエンドなハイファイ・ケーブル作りのサポートに携わった。90年代に会社が事業を拡大し、自営のハイファイ・レコード・レーベルを起ち上げることになると、彼はそこでレコード・プロデューサーとして働き始める。ブルーノートのカタログに関する彼の圧倒的な才能は、タイムマシーンのような機能を持つ没入型のサウンドをLPを作り出すところに発揮され、曲が進むにつれリスナーはブルーノート全盛期のセッションの只中へと連れて行かれてしまうのだ。「私は時代を遡って、聴き手をルディ・ヴァン・ゲルダーのスタジオ へ連れて行きたい、そしてスタジオの壁に止まったハエみたいな気分を味合わせたいんだ。まるでそれが自分の目の前で起こっていることみたいにね」。自らの再発に対する美意識の裏にある原理について、彼はそう説明する。「私の目標は、これらの素晴らしいアナログ・マスター・テープを用いて、私の持てる全能力を最大限に駆使し、そのテープに収められている音源を限りなく忠実に再現したLPを作ること。そしてリスナーたちに、その日スタジオで何が起こっていたのかをありのまま体験してもらうことなんだ」。

ルディ・ヴァン・ゲルダーとアルフレッド・ライオン

マスタリングの手順について言えば、まずテープ倉庫の棚卸し作業から始まる。「第一段階はソースをチェックして、マスター・テープが間違いなく存在していること、それがオリジナル音源であること、つまりそれがオリジナルのマスターであってコピーではないことを確認するんだ。いざテープが手に入ったら、マスタリング専用のカッティング・マシーンをセットするために、ケヴィン・グレイがLAに所有してる施設に向かうんだ。彼のところにはノイマン社製のカッティング・マシーンがあって、最新鋭のカスタム機材に様々な形で採り入れられてる。抜群のサウンドが得られる施設で、ケヴィンと私はあそこで100枚以上のブルーノートのレコードをマスタリングする仕事をしたから、違う時代のヴァン・ゲルダーのマスターを扱ってても、彼には大事なところが何かすぐに分かる。我々は極最低限のことを伝え合うだけでいいんだ。何しろもう何度となく同じ経験をしているからね」。

2007年からブルーノートの再発に数多く携わってきたことで、ルディ・ヴァン・ゲルダーが現代よりも能力的に限られた機材を使用しながらエンジニアとして達成したものに対するジョー・ハーリーの評価は間違いなく高まった。「みんな時に忘れてしまうんだけど、昔のレコードはみんな突貫作業でミキシングされてたんだよ。文字通りライヴそのもので生産されていたんだ。例えばリー・モーガンがマイクの前に進み出て、自分のホーンのベルの部分をマイクに向かって突き出して思い切り吹いたとする。ルディにはそれが予想外のことだったとしたら、若干の過負荷の状態になるわけだけど、マスター音源を聴いてると、そこでルディがフェーダーに突進して、音が鳴ってる最中に思いっきり絞ってるのが分かるんだよ。私にとってその発見は更なる興奮を与えてくれるものだった。何故って、本当にその場で本気で、命がけでやってることが伝わってくるんだよ。後でミックスで直せばいいや、なんてメンタリティはこれっぽっちも存在しないんだ」 。

ジョー・ハーリーが、“ありとあらゆる点で圧倒的な天才”だと語るヴァン・ゲルダーに対して、最も尊敬している点は、ブルーノートのレコーディング・サウンドをこの上なくダイナミックに仕立てたその力量である。「ルディは実に賢い男でね。彼は必ずミッドレンジの上の方にちょっとした“バンプ”を配して、いかにもライヴっぽい音になるように工夫していたし、シンバルやドラムが元の音よりほんのちょっとキラッと光るような仕上がりにしていたんだ。それは当時の機材の性能に照らせば、実に気の利いた手法だったことが分かる。それによって、彼の手掛けたレコードたちは聴き手に語りかける作品になったんだ」。

トーン・ポエット・リマスターズ「これを超えるヴァージョンは金輪際見つからない」

通称“トーン・ポエット”は、彼の手掛けたハイファイ・リイシューが21世紀のリスナーたちに、50年あるいは60年前、ルディ・ヴァン・ゲルダーのスタジオのモニターを通して、マスター・テープのプレイバックに耳を傾けたミュージシャンたちと同じものを聴くという体験を提供するものになっている。ことクオリティに関して言うならば、ブルーノートのアルバムがこれよりも素晴らしいサウンド、かつ素晴らしいルックスで入手できたことは未だ嘗てなかったはずだと彼は断言する。「これらのブルーノートのリリースはあらゆる点で可能な限りの最高基準をクリアしている。つまり、これを超えるヴァージョンは金輪際見つからないってことだ」 。

これは純粋主義者にとってはいささか挑戦的過ぎるコメントであり、事によるとオリジナル盤のブルーノートのアナログを今でも大切にしている人たちには異端にすら思えるかも知れない。しかしながら、実際にジョー・ハーリーによる新しいヴァージョンと、オーセンティックな50、60年代のLPを聴き比べてみれば、トーン・ポエットの職人技の賜物である強烈なダイナミズム、温かみ、サウンドの存在感に脱帽すること請け合いだ。

もしもあなたが筋金入りのブルーノート・マニアなら、『Tone Poet Audiophile Vinyl Reissue Series』は間違いなく究極のジャズ・リスニング体験を約束してくれるだろう。聴いているうちにあなたはきっと、その場、その瞬間に音楽が生まれているスタジオ・セッションの真っ只中にいるような気分になるはずだ。これ以上の体験は他では決して味わえない。それはジョー・ハーリーの言葉を借りれば、「まるで神の啓示を受けるような経験だよ」。

トーン・ポエット・シリーズのリリース・スケジュール全日程は以下の通り:

2月8日
ウェイン・ショーター:『Etcetera』 (ブルーノート, 1965年)
チック・コリア:『Now He Sings, Now He Sobs』 (ソリッド・ステイト, 1968年)

3月 15日
サム・リヴァース: 『Contours』 (ブルーノート, 1965年)
カサンドラ・ウィルソン: 『Glamoured』 (ブルーノート, 2003年)

4月 26日
ギル・エヴァンス: 『New Bottle Old Wine』 (ワールド・パシフィック, 1958年)
ジョー・ヘンダーソン:『The State Of The Tenor: Live At The Village Vanguard, Volume 2』 (ブルーノート, 1985年)

5月 31日
ルー・ドナルドソン:『Mr Shing-A-Ling』 (ブルーノート, 1967年)
リー・モーガン:『Cornbread』 (ブルーノート, 1965年)

6月28日
ベイビー・フェイス・ウィレット:『Face To Face』 (ブルーノート, 1961年)
デクスター・ゴードン:『Clubhouse』(ブルーノート, 1965年)

7月 26日
ケニー・バレル:『Introducing Kenny Burrell』 (ブルーノート, 1956年)
アンドリュー・ヒル:『Black Fire』 (ブルーノート, 1963年)

9月6日
ドナルド・バード:『Chant』(ブルーノート、1961年)
スタンリー・タレンタイン:『Hustlin’』 (ブルーノート, 1964年)

10月25日
グラント・グリーン:Born To Be Blue 』(ブルーノート, 1962年)
ティナ・ブルックス: 『Minor Move』(ブルーノート, 1958年)

11月15日
ハンク・モブレー:『Poppin’ 』(ブルーノート, 1957年)
スタンリー・タレンタイン:『Comin’ Your Way 』(ブルーノート, 1961年)

Written By Charles Waring



 

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