ザ・フー最高傑作『Tommy』解説:ある男の想像の産物であり、ある男が見る素晴らしい光景
ザ・フーの『Tommy』はある男の想像の産物であり、ある男が見る素晴らしい光景であり、そして革新的なものだ。ピート・タウンゼント、ロジャー・ダルトリー、キース・ムーン、ジョン・エントウィッスルは、ロックの時代に最高のレコードの一枚を作り上げた。1969年5月23日にリリースされたこのアルバムは、すべての家庭が一枚持っているべきものだ。
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「Overture(序曲)」のオープニング・コードから、あなたはきっと普通のロック・バンドのアルバムと比べて何かが違うと思うだろう。だけど想像してみてほしい、ザ・フーの芸術における最高傑作であり、高く評価されている『Tommy』がリリースされた1969年5月の最終週に、これを初めて聴いたらどんな感じだろうかを。
「Overture」にフィーチャーされているフレンチ・ホルンは、そこに感嘆を加えるものだ。過去にはポピュラー・ミュージックにおいては、ザ・ビートルズの領域であったこの楽器をここではザ・フーのベーシスト、ジョン・エントウィッスルが演奏していた。
“ロック”に収まらない名盤
『Tommy』はロック・ミュージックであるが、そこに収まるものではないことを我々は知っている。このアルバムは、ロックというジャンルを拡張させた最初の音楽作品ではないが、オペラと謳った豪胆さを持った最初の作品ではある。そして、このアルバムが2枚組になったのは、そうせざるを得なかったからだ。
それまでには、このように長いアルバムはほとんどなく、こんなに一貫した作品もなかった。マイク・マキナリーの素晴らしいペインティングを使用した豪華な仕様の3面の折り畳みスリーヴは、それだけでこの作品を幸先の良い音楽作品たらしめた。
アルバムのクレジットをチェックしてみると、24曲中4曲を除いて、すべてピート・タウンゼントによって書かれていることがわかる。それがこのモンスター作が尊敬を勝ち取るもうひとつの理由でもある。こういった能力やヴィジョンをもち、複雑かつ長い作品を創造できる個人はほとんどいない。このようなピート・タウンゼントのインスピレーションは、ミーハ・ババ(*インドの代表的な導師)の教えに由来しているそうだ。
『Tommy』はレコーディングに6か月、ミックスに2か月かけていた。それだけ制作期間をかける作品は、1969年頃には全くないわけではないが、それでも非常に稀なことだった。ピート・タウンゼントによるアコースティック・ギターの音層と数多くのオーヴァーダブにより、『Tommy』は当分の間、他の多くの作品とは音質的に全く違うものとなった。これは時の流れが、我々をだますことがあるというもう一つの例である。
『Tommy』のリリース以降、世界中で多くの事が起きているので、1969年のことを思い出すことは大変かもしれない。しかし、今では当たり前のことも、当時では一般的なことから一歩踏み出すことであり、未踏の地に足を踏み入れることであったのだ。
「Pinball Wizard(ピンボールの魔術師)」「Go to the Mirror!(ミラー・ボーイ)」「I’m Free(僕は自由だ)」「Christmas」、そして「See Me, Feel Me」[*訳注:「We’re Not Gonna Take It(邦題:僕達はしないよ)」の一部であり、アルバムには曲名として表記はされていない]はすべてシングルとしてリリースされ、総じて、アメリカ、UKの両方でヒット曲なった。
「See Me, Feel Me」はザ・フーのウッドストック出演のハイライトのひとつでもある。ロジャー・ダルトリーを超えるロック・ヴォーカリストなんているんだろうか? もし、ザ・フーが『Tommy』をウッドストックで演奏して、背筋がぞっとしないとしたら、自分が生きているかどうか確かめた方がいい。
Written by Richard Havers
ザ・フー『Tommy』
1969年5月23日発売
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