スティング自身の言葉によるセルフ・カバー作『My Songs』全曲解説
アルバム『My Songs』で、スティングは自分の人生を決定づけた楽曲の数々を見直し、新たなかたちで提示した。彼自身のコメントを交えた各曲の解説を通じ、スティングのミュージシャンとしてのキャリアを振り返っていこう。
スティングのように、その人生の変遷を音楽で表現したアーティストは数えるほどしかいないだろう。収録曲を通して彼の幼年時代に立ち返った『The Last Ship』から、父親を失った悲しみが表現された1991年のアルバム『The Soul Cages』まで、彼の残してきた作品の中には、至るところに胸を打つ彼の誠実さと、人生の物語が刻み込まれている。
そしてスティングのアルバム『My Songs』は、彼が過去の楽曲の再録を通じて自身のキャリアを振り返る作品になった。既存のレパートリーを再度レコーディングすることで、ここでは彼の過去が現在のものとしてしっかりと表現されている。
『My Songs』はただの懐古的な作品ではない。スティングは、このアルバムで過去を振り返ってはいるが、その原動力は前に進もうとする彼のいつもの姿勢だ。つまり、彼は過去を今の観点から見つめなおし、その過去が今に繋がっていることを描き出している。彼はキャリアを通して常に創造的であり続けたからこそ、その行動すべてが芸術に繋がっている。
さらに『My Songs』は、我々が既に知り尽くしていると思っていた曲の新たな側面を照らし出し、スティングのアーティストとしての進化についてだけでなく、彼の世界観についても新たな発見を与えている。スティングによれば、「これはまさに楽曲に表れた僕の人生そのものです。再構築したものもあれば、アレンジし直したもの、再形成したものも色々ある。そしてすべての曲を現代的に仕上げています」
『My Songs』の各曲解説を通し、スティングは再レコーティングした曲それぞれのインスピレーションを明かしている。彼自身のコメントから、スティングという人物の人生の真実に迫っていく。
1. Brand New Day
初収録アルバム:『Brand New Day』 (1999年)
2000年問題に対する不安が広がっていた時期にレコーディングされたこの曲は、2つのことを示した。ひとつはスティングは根拠のないネガティブな風潮などには囚われないということ。ふたつめは、新たな時代が来るたび彼がそうしていたように、彼は新世紀の到来を、創造性を新たにする機会として捉えていたということだ。
同名アルバムの最後の曲として収録されているアルバム・タイトル曲「Brand New Day」に満ちているエネルギーは、今でも人を魅了し続ける。スティングの楽観主義は、90年代の終焉を決定づけた迷信と完全に逆行していた。
「Brand New Day」の新ヴァージョンは、清々しいほど明快に、現在の世界に蔓延する怒りや混乱に反発している。『My Songs』のヴァージョンの力強いエレクトリック・ビートは、2010年代も終わりに近づくスティングの心境のペース・メイカーのようだ。彼はこの曲を聴く人々に、挫折に屈するのではなく、新しい時代に向かって立ち上がれと激励している(あの印象的なハーモニカのフレーズは、そっくりそのまま残されているので、ご心配なく)。
スティング:「僕が長年人生で大切にしていることの1つは、楽観主義なんです。どんなに困難な現実に直面してもね。“Brand New Day”は、1999年の世紀末に書いた曲です。当時の時代の恣意性とか世界中の連帯感、もしくは無根拠な2000年問題からくる、存在を脅かされる不合理な恐怖を和らげようとする個人的な挑戦だったんです。このヴァージョンは、笛を吹きながら墓地を通り過ぎているような感じだと思います。だけど、世界の終末に伴奏をつけたような、スティーヴィー・ワンダーのハーモニカよりも楽観的なものが、他に存在するでしょうか?」
2. Desert Rose
初収録アルバム:『Brand New Day』 (1999年)
ワールド・ミュージックとコンテンポラリーなエレクトロニカを見事に融合した「Desert Rose」で、スティングは21世紀になっても進化し続けていることを証明した。ゲイリー・ニューマンのプロデュース、キッパー・エルドリッジやアルジェリア人シンガーのシェブ・マミとのコラボレーションにより完成した曲は魅惑的で、感動的かつ驚くほどにキャッチーなものだった。しかも、彼はいとも簡単にそれを成し遂げたのだ。
このようなテーマの曲は色褪せないと、スティングは知っている。『My Songs』のために彼は「Desert Rose」を一度分解するのではなくて、”9.11″の発生前には誰も考えつかなかったような切迫感を同曲に盛り込んだ。そしてそれは必然と言える。孤立主義と国家主義に傾倒する世界の動きに対抗するためだ。
「Desert Rose」は他の文化にある美しさを思い起こさせてくれもする。創造性は他の文化との触れ合いの中で刺激されるものなのだ。気候変動という事実が課題となっているこの時代では、この曲のシンプルな歌詞、”僕は雨を夢見る/I dream of rain”、”僕は炎を夢見る/I dream of fire”といったものが突然、新鮮な熱量を帯びて聴こえてくる。
スティング:「“Desert Rose”は1999年にパリで書き上げたんです。僕はその年の夏、パリで暮らしているアルジェリア人が集まるクラブで人気だったライを聴いて、すっかり魅了されました。そこで素晴らしいミュージジャンやシンガーと知り合って、彼らの中にはレコードを作っている人もいると知ったんです。そして、宗教的な憧れと性愛とをしばしば同一視するスーフィー教の詩に影響を受けて、この曲を書きました」
3. If You Love Somebody Set Them Free
初収録アルバム:『The Dream Of The Blue Turtles (ブルー・タートルの夢)』 (1985年)
「If You Love Somebody Set Them Free」はスティングのソロ・アーティストとしての本格的なキャリアの起点になった。この曲は、過去をすっかり捨て去って新たなことに乗り出すアーティストの姿を映し出している。スティングのジャズに対する深い探求心を後押しする、ブランフォード・マルサリスというコラボレーターを得て、後に続く一連の作品に向けた準備も万端整った。
この曲のオリジナル・ヴァージョンでは、義務からついに解放された男の落ち着きや自信を完璧に表していた。しかし『My Songs』のヴァージョンは全く新しい意味を持っている。メッセージをただ打ち出す以上の押しつぶすようなファンク・サウンドにアレンジされ、歌詞の一節”多くの富や、多くの魂、私たちは見たもの全て、所有したくなる(With so many riches, so many souls/With everything we see that we want to possess)”は、現代の経済的な不平等についての新しい予見に聴こえてくる。
スティング:「“If You Love Somebody Set Them Free”は1985年の初めに、引っ越したばかりのロンドン北部のハムステッドにある家で書きました。あの家は幽霊が出たんです。18世紀にはザ・スリー・ダックスという名前で知られたパブだったです。時を経てそこで何が起こったのかは全然分からないけど、あの家では不可思議な現象が起こりました。いつも脅かされていたわけではないけど、確かに落ち着かなくて不安でした。僕が住む前は、『マペット』のフランク・オズがそこに住んでいて、その前はセルゲイ・ディアギレフのプリマ・バレリーナの一人、Karasovaが住んでいました。僕がそのとき直感として持っていたのは、その家の幽霊が出そうな雰囲気に締め付けられ、捕らわれたエネルギーを解き放たなければならないということでした。きっとこの曲はそんな心境から生まれたんです。その後すぐにハイゲートのほうに引っ越しました、そっちには幽霊がほとんどいなかったです」
4. Every Breath You Take (見つめていたい)
初収録アルバム:『Synchronicity』 (1983年、ポリス)
暗いテーマの歌詞とスティングらしからぬ素朴なメロディが溶け合ったこの曲は、数々のヒットチャートを席巻した。また「Every Breath You Take」ほど明白なものはないくらいだが、そんな同曲は最近、BMI(米国作曲家作詞家出版者協会)により史上最も再生された曲に認定された。
ポリスのオリジナル・ヴァージョンが世界中の音楽の基礎として確固たるものであるという前提で、スティングは『My Songs』での同曲のアレンジを控えめにしようと考えた。このしばしば誤解されてきた歌詞に、無理に新たな視点を与えるかどうか、結果的に生じた効果は明白である。『My Songs』はスティングの曲作りだけではなく、彼のボーカルへの新しい評価も我々に問うている。彼自身がコーラスを加えている箇所をちょっと聴いてみてほしい。彼の声は少しも衰えていない。
スティング:「1982年の終わりの頃、僕は“Every Breath You Take”をロンドン北部のユートピア・スタジオに持ち帰ったんです。僕はすでにこの曲を、ジャマイカのオーチョ・リオス郊外にあるクリス・ブラックウェルの家、ゴールデン・アイに滞在しているときに書いていました。昔は”ジェームズ・ボンド・シリーズ”の著者イアン・フレミングの家だったところ。この曲はすでに“Message In A Bottle (孤独のメッセージ)”や“De Do Do Do, De Da Da Da”なんかで上手く使っていた9thコードを基に作ったんですが、僕の代表曲のようなものになりました。悪意に満ちていると同時に奇妙にも心地よいから、この曲はラジオで最も再生された曲の1つとして今も人気なんでしょう」
5. Demolition Man
初収録アルバム:『Nightclubbing』 (1981年、グレイス・ジョーンズ)
もしもスティングの曲の順応性を確かめたいなら、この曲がそれを実証してくれるだろう。「Demolition Man」を初めてレコーディングしたのはグレイス・ジョーンズだった。彼女がコンパス・ポイント・スタジオでレコーディングしたヴァージョンは、アルバム『Nightclubbing』に収録され、彼女の単調な歌い方とダブステップ感が特徴的な曲になっている。その8ヶ月後、今度はポリスがアルバム『Ghost in the Machine』の収録曲のひとつとしてこの曲をリリース。同ヴァージョンではスカ調のホーン隊が、複雑なリズムやアンディ・サマーズによる美しいソロとうまく溶け合って、ロック・ラジオで今もなお一定の地位を獲得している。。
『My Songs』で再レコーディングするにあたって、スティングがロック音楽の系譜を解きほぐしたことは”エンジンが掛かったまま翼に縛り付けられて(Strapped to the wing with the engine running)”というパートによく表れている。彼がこの曲に全力で取り組んでいるさまにぴったり合っているようだ。なぜこんなに切迫した様子なのだろうか。もちろん歌詞中の”three-line whip”という言葉の裏にある政治的な意味が関係している。現代の「Demolition Man」が誰のことなのかは、どんな政権の下にいるかにもよるだろう。
スティング:「1980年の夏、アイルランドのコネマラにあるピーター・オトゥールの家でこの曲を書いたんです。彼はこの曲の歌詞に好意を持ってくれて、特に気に入ったのは”僕はスリーライン・ウィップだ。僕はやつらが禁じた存在だ(I’m a three-line whip/I’m the sort of thing they ban,)”という部分。”three-line whip”っていうのは、英国議会の用語で、差し迫った投票を要する際に下される命令のこと。英国憲法の知識がロックン・ロールの歌詞に活用できるなんて夢にも思いませんでした」
6. Can’t Stand Losing You
初収録アルバム:『Outlandos d’Amour』 (1978年、ポリス)
『My Songs』の「Every Breath You Take」ではスティングのボーカルの新しい表情がみられるが、「Can’t Stand Losing You」の1978年版と2019年版を比べると、世代間の価値観のギャップが見えてくる。オリジナル・ヴァージョンは、恋人との別れを経験した20代の若者の怒りという印象を受ける。
対照的に、『My Songs』でレコーディングされたものは、いろいろな経験を経た感じがある。オリジナル・ヴァージョンでの彼のフラストレーションに沿って進行するかのようなリズム・ギターも、新しいヴァージョンでは、レゲエのルート進行に支えられて、どこか諦めのようなものが感じられる。”こんな風にやっていく準備は出来ていないんだ(I’m not prepared to go on like this)”という一節は、ポリスのヴァージョンでは、脅迫とまではいかないが、迫るような感じがある。だが新しいヴァージョンでは、まるで勝ち戦だけ挑むべきだと知っている男が導いた結論のように聴こえてくる。
スティング:「1978年に、ベイズウォーターのアパートの地下室で書いた“Can’t Stand Losing You”は、意地悪な復讐についての架空の物語です。特に何かに影響を受けたわけじゃないけど、子供じみた印象のコードを考えていたときに生まれました。“Every Breath You Take”や“Demolition Man”のように、健全とはいえないキャラクターを演じて、感情の浄化とか治療とかを歌っています。だけどもしかしたら、そういうキャラクターはむしろ無意識に隠そうとしている僕の一部なのかもしれません」
7. Fields Of Gold
初収録アルバム:『Ten Summoner’s Tales』 (1993年)
80年代には、彼のキャリアの中でも指折りに複雑な楽曲が発表された。そして90年代に入ってからも、スティングは彼がまだ今まで以上のことが出来ることを証明しようとした。一方で、その頃の彼は他から受けてきた影響を昇華し、複雑なアレンジとは逆行するようなラジオで流しやすいような曲も作り出していった。曲のタイトルが示しているように、「Fields Of Gold」は燦然と輝いている。そこでかき鳴らされるギターは、スティングがこれまでに確立してきたジャジーなプレイにクラシックのニュアンスを加えたものだ。
余計なものは付け加えないほうがいいという考えのもと、『My Songs』の「Fields Of Gold」は以前よりもシンプルなサウンドになった。壮麗な音でメロディをつけ、息継ぎをする十分な余地を作っている。オリジナル・ヴァージョンが失った愛についての悲しい歌だとしたら、新しいヴァージョンには、これまでなかった楽観性が感じられる。曲が与える印象が大きく変わっても悪くはないだろう。
スティング:「“Fields Of Gold”は1992年の夏、レイク・ハウスで書きました。その家は麦畑で囲まれていて、その年はある朝に見事なミステリー・サークルが出来ていたこともあったんです。こんな驚くべき偉業を一晩で成し遂げたのは、とにかく数学の天才に違いないと思ったんですが、実は地元のパブで飲み過ぎた酔っ払いが作ったものでした」
8. So Lonely
初収録アルバム:『Outlandos d’Amour』 (1978年、ポリス)
「Can’t Stand Losing You」の続編ともいえる「So Lonely」を書いたスティングは、壊れゆく人間関係を経験していた。そこでの彼は心に負ったショックから抜け出そうとしてもがいている。しかしそうした感傷と歌いたくなるようなフレーズが融合することで、憂鬱な感情を越えた普遍性が生まれた。
しかし、今のスティングには、この曲を新しくレコーディングするにあたって、少しだけ皮肉をいれる余裕があった。目配せをするような余裕を見せながら「So Lonely」を演奏しているようだ。”このワンマン・ショーにようこそ、さあ座ってくれ、席代はいつも無料なんだ(Welcome to this one-man show/Just take a seat they’re always free)”。こうした曲がスティングの数十年に渡るキャリアを約束したように今となっては思えるのだ。
スティング:「“So Lonely”はもともと、1975年にニューカッスルで、僕のバンドのラスト・イグジットに向けて書いたものなんです。それを簡単にポリスの曲として直して、1978年のアルバム『Outlandos d’Amour』に収録しました。こんなに喜びにあふれた感じで孤独について歌うのはちょっと変わっているけど、もしかしたらそれが解消法かもしれませんね」
9. Shape Of My Heart
初収録アルバム:『Ten Summoner’s Tales』 (1993年)
「Shape Of My Heart」には、神秘的な雰囲気がある。その神秘的なアレンジはこの曲を人間界の関心事から切り離しているように聴こえる。
しかし『My Songs』に収録されている「Shape Of My Heart」は、シンプルなアレンジでもっと地に足のついたようなサウンドになった。そこには彼が経験してきた年月が感じられる。アーティストがデッキをシャッフルするように新たな作品を発表することは、カード・ディーラーのランダム・ターンと似ている。歌詞の”このダイヤが作品の対価だと分かっている/だけどそれは僕の心を満たさない(I know that diamonds mean money for this art/But that’s not the shape of my heart)”という一節は、スティングの進化し続ける一連の作品に重ね合わせると、特別な意味を帯びる。
スティング:「“Shape Of My Heart”は1992年にレイク・ハウスで書いたものです。ドミニク(・ミラー、ギタリスト)が美しいマイナーのフレーズを考えてきてくれて、僕たちはその日の朝にそれを曲の形に仕上げました。その音源を聴きながら長い散歩に出かけて、演奏からどんな物語が思いつくか試してみたんです。数時間後、僕は歌詞を書いて散歩から戻ってきて、一本の木の下で思いついたんだとドミニクに話したんです」
10. Message In A Bottle (孤独のメッセージ)
初収録アルバム:『Reggatta de Blanc (白いレガッタ)』 (1979年、ポリス)
ポリスの一員としても、ソロとしても、スティングは複雑なアレンジと、珍しいコード進行で知られている。しかし彼はいつでも、リフの力を上手く利用してきた。そしてそれが最もよく表れているのが、「Message In A Bottle 」だ。この曲は、特別なコード進行の曲であるにもかかわらず、ポリスがレコーディングした中でも最もダイナミックな曲の1つだ。
『My Songs』のヴァージョンを聴けば、遠慮なく繰り返されるこのフレーズがリフ以外の何でもないことが分かる。スティングはよく、彼のメッセージをイメージに置き換えたり、メタファーを使って言い表したりしてきた。この曲ではそうした表現方法を使って、人と通じ合うことの願望がスティングの創作衝動の中心にあったことが示されている。
スティング:「“Message In A Bottle”のギター・リフは、1979年の初頭あたりに書きました。その時の僕は、黒いフェンダー・ストラトキャスターを持って、がたがた鳴るバンの後ろに乗って、アウトバーンのデュッセルドルフとニュルンベルクの間にいました。アルペジオで、C#9から始まり、A9を繰り返して、それからB9を弾いたとき、すぐにギター・リフができそうだと思ったんです。そしてF#9で最初に戻れるように。楽曲に合った歌詞のテーマを見つけるのにしばらくかかりました。でもベイズウォーターの地下室に戻って、何度か失敗した後、『ロビンソン・クルーソー』の登場人物たちが砂漠の島に座礁したとき、希望をこめてボトルを海に投げ込んだという物語が、上がっては下がる音楽の波から浮かび上がってきました。無数の失敗に終わったボトルが、反響や感謝を伴って僕の人生のメタファーになっている。だけど全ての偉大なロックン・ロールの物語のように、それもリフから始まったんです」
11. Fragile
初収録アルバム:『… Nothing Like The Sun』 (1987年)
もしあなたが世界に手紙を出すとするならば、それが広く読まれるようにした方がよいだろう。曲のタイトルとよく合ったメロディの「Fragile」は、ヒューマニストによる平和への声なき叫びであり、年月を経てもその力は全く失われない。
オリジナル・ヴァージョンが録音されてからの30年。技術の発展が引き戻されようとするこの世界で、今どのようにこの曲に迫ったらよいだろう。メロディの美しさに騙されてはいけない。『My Songs』のヴァージョンには不吉な鼓動がある。スティングのヴォーカルは、生きて行くための繊細なバランスが失われつつある社会への絶望を思わせる。”暴力は何ももたらさない(Nothing comes from violence and nothing ever could)”、その通りだ。
スティング:「“Fragile”の歌詞は、1985年にバルバドスで『The Dream Of The Blue Turtles』をレコーディングしている時に書いたものです。でも1987年にニューヨークの近くのソーホーに住むまで、適当な機材が手元に無かった。そのときは“Bring On the Night”や後の“Never Coming Home”で上手く使えたような、下降していく6thコードを気まぐれにいじっていました。こういったモチーフの再利用によって、それらの曲が同じ音楽的な組織で構成されていると再認識したんです」
12. Walking On The Moon
初収録アルバム:『Reggatta de Blanc (白いレガッタ)』 (1979年、ポリス)
信じられないことだが、「Walking On The Moon」のオリジナル・ヴァージョンは、人類が月に到達してから10年後にリリースされた。世界に衝撃を与えたあの出来事から50周年になろうとしているが、星を眺めるような魅力を持ったポリスによるレゲエ調のオリジナル版は、今や全く違った様相を帯びている。
当時の地球への不安の高まりは、宇宙開発競争に繋がっていった。私たちが水やミネラルや暮らせる空間を求めていても、人類の存続は他の惑星でも生命を持続出来るかに掛かっていると信じる科学者たちがいた。その可能性は火星と月にあると考えられており、今やそれを調査する技術も存在している。これらのことは「大きな一歩」のようだが、『My Songs』のスティングの再レコーディングは、訓戒を与えている。「もし我々が直面している環境問題を解決出来なければ、我々は地球を離れることを望むのだろうか?」。
スティング:「“Walking On The Moon”は、1979年にミュンヘンのこれといった特徴もないホテルの一室で、真夜中に書いたものです。主張の強いベース・リフが頭に思い浮かんで短い眠りから醒めると、もう眠れませんでした。それが、“Walking On The Moon”になりました。ニール・アームストロングの月面探索に強く影響を受けたけど、もともとの歌詞はもっと面白みがないものだったと思います。“部屋の中を歩き回る”みたいなね」
13. Englishman In New York
初収録アルバム:『… Nothing Like The Sun』 (1987年)
「Englishman In New York」には、威厳があり、堂々とした感じがある。スティングはこの曲のジャズの要素とワールド・ミュージックからの影響を織り合わせ、キャッチーなメロディになるよう根気よく技巧を凝らしている。だがそうしたことは、ひねりのあるユーモアの影に隠れてしまっている。そしてスティングの俗っぽさは茶目っ気のある歌詞の皮肉に誤魔化されている。
しかし、時が経って「Englishman In New York」は新しい意味合いを持つようになった。スティングは今やロック音楽界のベテラン指導者の一人になった。「外国人」であった部外者も、むしろ内部の者のようになって、しっかり歩んできた人生からの教訓を伝えている。
スティング:「“Englishman In New York”は1987年、ニューヨークのソーホーのウェスト・ブロードウェイにある僕のアパートで書きました。普段は食べ物を調達するとき以外はめったに外へ出ないけれど、曲を書くために家から抜け出したんです。僕は寝ている間、ヨーヨー・マがレコーディングしたバッハのチェロ組曲を静かに流したままにしていた。頭に何かアイデアが浮かぶように、爽やかに目を覚ますことを心がけたんです。必ずしもバッハじゃないといけないわけじゃないけど、彼の音楽の心地よい構成がアイデアの生まれる余地を作ってくれたんです」
14. If I Ever Lose My Faith In You
初収録アルバム:『Ten Summoner’s Tales』 (1993年)
『My Songs』全体の根底には、スティングがキャリアの重要点を回顧することがある。だが「If I Ever Lose My Faith In You」のオリジナル・ヴァージョンは、例え彼が一度も触れたことがないにしても、今日にも関係がある楽曲だ。
政治家たちの嘘でどうしてよいか分からなくなりやすいフェイク・ニュースの時代、同曲のほとんどすべての歌詞が示唆を与えている。スティングは「Brand New Day」と同じように、同曲にエレクトロニックなアレンジを施した。それによりリスナーは90年代後半の技術的進歩と、そのような科学的な飛躍が現在の我々にもたらしたものとの繋がりを見出せる。
スティング:「“If I Ever Lose My Faith In You”は1992年にレイク・ハウスで書いたものです。繊細な生態系が不当な破壊の危機にさらされているという問題は僕ですら考えていたものでした。なのに政治家たちの取り組み姿勢は貧弱で、僕はそのことへの皮肉を強めていったんです。科学技術の危険性について警鐘を鳴らすつもりはない。でも軍国主義と結びつくような科学の“奇跡”への疑いをこの曲で表しました。皮肉かつ偶然なことに、この曲が収録されているアルバム『Ten Summoner’s Tales』は、1994年8月11日にインターネット上での販売で成功を収めた最初の作品になりました」
15. Roxanne
初収録アルバム:『Outlandos d’Amour』 (1978年、ポリス)
「Roxanne」をタンゴ調に作り変えたというよく知られた逸話は、今や天才的なひらめきのように思える。それにより同曲は社交ダンスの世界のような全く新しい文脈を帯び、作曲のヒントになった日没後の空気感は強調された。オリジナル・ヴァージョンにすがるではなく、この再発明品をさらに作り替えるには、一体どんなやり方があるだろう?
『My Songs』を締めくくるのは、パリのオランピアで2017年に録音された「Roxanne」のライヴ音源だ。同曲が作品のクライマックスを盛り上げる。”一度だけ言う、二度は言わない。よくないのさ(Told you once, I won’t tell you again – it’s a bad way)”と歌うスティングはもう、パリの売春街で働く女性の救出劇をロマンチックに空想する若者ではない。それは経験を積んだ旅人の訓話として耳に響く。
スティング:「パリのオランピアでのライヴ・レコーディングっていうのは、この曲にぴったりのシチュエーションでした。この曲が生まれたのは1977年のこと。僕たちはパリ北駅の裏のホテルの、みすぼらしくて汚い映画館にいたんです。僕はそこでシラノ・ド・ベルジュラックのロマンチックな恋愛と、路上で働く女の子たちを掛け合わせました。Fのベースに乗ってGマイナーからDマイナーに続くカデンツは、僕の人生を永遠に変えた物語が始まるのを聴くような感じがするんです」
Written By Jason Draper
スティング『マイ・ソングス – スペシャル・エディション』
2019年10月4日発売
日本盤ボーナス・トラック1曲収録(全20曲) + 2019マイ・ソングス・ツアー
スティングによる全曲解説掲載(日本語訳付)
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