スティーヴィー・ワンダー『My Cherie Amour』解説:60年代を締めくくった名作アルバム
自作他作を問わず名曲が詰まったスティーヴィー・ワンダー(Stevie Wonder)のアルバム『My Cherie Amour』(マイ・シェリー・アモール)については、いまだに解決できない謎がある。いったいどうすれば1枚のアルバムに、これほどまでの楽しさや喜びを封じ込めることができるのだろうか?
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今振り返りながら言えば、要するに進歩ということなのだ。 盲目の天才マルチ・インストゥルメンタリストであるスティーヴィー・ワンダーは、少年のペルソナを脱皮した後に60年代半ばの一連のアップビートなヒット作品で、自身がソウル・ミュージックの世界のスーパー・スターであることを印象付けた。
スティーヴィーは1969年のアルバム『My Cherie Amour』のタイトル・トラックや1968年にリリースしていた『For Once In My Life』によって、それまでとは異なった、よりメインストリーム寄りのリスナーを獲得することができた。
そして自分の意志に則り自分で作曲するソウルの革命児としての地位を1、2 年のうちに確立するわけだが、『My Cherie Amour』や、同作に次いでリリースされた『Signed, Sealed & Delivered (涙をとどけて) 』は、独創的で非の打ち所のない70年代の一連のアルバムに繋がるメロディとハーモニーの基盤を提示した作品となった。
暑い夏の日のそよ風のようなタイトル曲
現在の視点で眺めればそういうことなのかもしれないが、1969年8月29日にリリースされた『My Cherie Amour』は、あくまでも当時のスティーヴィーの最新型というべきアルバムだった。瞬く間にスタンダード・ナンバーと化す楽曲を提供できるこの若者を、当時の大衆は賞賛した。加えていえば、スティーヴィーの歌うタイトル・トラック「My Cherie Amour」には、その後の無数の楽曲には求め得ない温もりと喜びが込められていた。
「My Cherie Amour」という曲は、暑い夏の日のそよ風のようにフレッシュで親しみやすく軽やかだ。さらに、アップテンポで見事な仕上がりの「Hello Young Lovers」、モータウン的なアレンジによるエタ・ジェイムズの「Al Last」、スティーヴィーのほろ苦いハーモニカ・ソロが印象的で驚くほど心に響くジョニー・マンデルの「The Shadow of Your Smile」など、”グレート・アメリカン・ソングブック”から選ばれたすばらしいカヴァー・ヴァ―ジョンも含まれている。
まだ20歳にもなっていない人間が、どうすればこうした作品達を説得力を持って聞かせることができたのか。このアルバムに収録されたロック作品「Light My Fire(ハートに火をつけて)」のカヴァーにしても、イージー・リスニングの範疇でも人気を得た作品だ。豪華なオーケストラ・サウンドに包まれながら、スティーヴィーが真の切迫感を持って訴えかけている。
アルバムの内容:60年代後半モータウンの名曲群
このような既成の楽曲に加えて収録された、60年代後半モータウンのクラッシーな作品群がまたすばらしい。ディーク・リチャードによる「You And Me(君と僕)」は、ジェームス・ジェマーソンの華麗なベースラインが印象的で、思わず頭でリズムをとってしまう。
リチャード・モリスのアップビートな「Pearls(真珠)」は、スティーヴィーの切々としたヴォーカルとジ・アンダンテスの見事なサポートがドライブ感を生んでいる。「Somebody Knows, Somebody Cares(誰かが知っている)」は、スティーヴィー、シルヴィア・モイ、ハンク・コスビーの鉄板チーム印の入った作品で、長持ちする愛情についてのストーリーを語っている。
そして、スティーヴィーが若さを抑えて後悔の念を歌ったヒット・シングル「Yester Me, Yester You, Yesterday」と「Angie Girl」は、アルバムのハイライトに挙げられる重要作だ。後者は浮遊感と予想外のコード展開が特徴で、1970年代の黄金期でも通用しただろう作品だ。この曲は、1968年に発売されたシングル「For Once In My Life」のB面にさり気なく収録されていたが、レコードを裏返したファンは、イントロのストリングスがすぐに消えてしまうこの楽しげな楽曲に予想を裏切られ、驚き喜んだことだろう。
バラード「Give Your Love」もまた、個人的な愛から普遍的な愛へと変化して1970年代のスティーヴィーによって再現されたと想像するのは難しくないだろう。
『My Cherie Amour』のラストを飾るのはメロウなミドルテンポの「I’ve Got You(あなたは僕のもの)」で、これはアルバムの収録曲の中で、最もモータウンらしさが感じられる作品だ。冒頭のリフは、スティーヴィーの作品よりも、より押しの強い、1960年代なかばごろのアイズレー・ブラザーズのヒット曲に使用されていたなら、さらに威力を発揮したことだろう。
その後の展開を知る現代の我々は、このアルバムを、当時は存在しなかった文脈で容易に解釈することができる。我々には1969年当時の聴き手と同じ耳でこれを聴くことはできないが、このアルバムが生み出した笑顔や、このアルバムが後押ししたロマンスを想像することはできる。いずれにしても、スティーヴィーが生み出したオリジナル・ナンバーと彼が選んだカヴァー曲から成るこのアルバムは、スティーヴィー以外のミュージシャンには作り得なかった名盤と言っていいだろう。
『My Cherie Amour』は、スティーヴィー・ワンダーのベスト・アルバムではないのかもしれないが、この時点での彼の最高傑作だったことは確かだ。そして、やはりこんな風に思わずにいられない。いったいどうして、彼はこれほど純粋な喜びを、自身の音楽に吹き込むことができたのだろうかと。
Written By Ian McCann
スティーヴィー・ワンダー『My Cherie Amour』
1969年8月29日発売
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