スティーヴ・マリオットの遺産は今でも輝き続ける
スティーヴ・マリオットがこの世を去り、彼の音楽的遺産を取り囲む評価や活動を見ることができないのは非常に残念である。キャロル・ハリソンによる脚本で、現代の設定でスモール・フェイセスの歴史を振り返ったミュージカル『All Or Nothing』は全国各地を巡回しながら絶賛され、2016年にはロンドン公演を開催した。首都やいくつかの地方ツアーでも満杯に埋め尽くされた会場で公演を行ってきたこのミュージカルだが、2018年の上旬には再びロンドンへと戻り、アーツ・シアターで再公演される予定だ。公演日やその他の詳細についてはこちら。
スモール・フェイセスの後にスティーヴ・マリオットが結成したバンド、ハンブル・パイはあちこちのロック・ファンによって崇められ続けており、ポール・ウェラーやギャラガー兄弟といった面々と歌ってきたスティーヴ・マリオットの娘、モリー・マリネットもまた彼女のデビュー・アルバム『Truth Is A Wolf』が特に大絶賛されたように、彼女自身のソロ活動で評判を確立している。ミュージカルには彼女もクリエイティヴ・コンサルタントとして関わっている。
かつて ”真のモッズの生みの父” と呼ばれていたモリーの父親スティーヴ・マリオットは、1947年1月30日、エセックスのマナー・パークにて生まれた。44歳のとき、1991年4月に起こった火事によって悲惨で早過ぎる死を遂げてしまったスティーヴ・マリオットだが、長年にわたる情熱的な音楽的才能に、彼が注ぎ込んできたものは相当なものだった。
最初のバンドを結成したとき、スティーヴ・マリオットは若干12歳だった。『オリバー!』のアートフル・ドジャー役としてロンドンのウェストエンドのステージに初めて立ったのが13歳の時。16歳の時には彼の最初のソロ・レコードをデッカと契約するまで漕ぎつけ、スモール・フェイセスが結成された時は17歳だった。多くはスモール・フェイセスの仲間、ロニー・レーンと共に書き上げた彼の見事なソングライティングと、スティーヴ・マリオットの明確にソウルフルなロックの舵取りによって、スモール・フェイセスは、活気あふれる60年代として我々が思い出すものとして欠かせないグループとなった。彼は大胆不適で厚かましくもあり、コントロール不可能な革新家だった。そしてスモール・フェイセスはほとんどのバンドが一生かけてやるよりも多くのことを4年間でやってみせた。
それからスティーヴ・マリオットは、ほとんど不可能に近い快挙を成し遂げた。更にもうひとつのバンドとなるハンブル・パイを結成し、今度はもっとハードなロック・サウンドであっという間に大成功を遂げ、1970年代のアメリカのアリーナを満席にした。ハンブル・パイは、スティーヴ・マリオットのあふれんばかりの才能にとって、完璧な目的達成のための手段でもあった。そして栄光の日々を終えたスティーヴ・マリオットは、彼の2つのグループの幾度ものリユニオンや多数のサイド・プロジェクトを受け入れ、自身を表現することができるどのステージも喜んでこなしたのだ。彼が誇るカタログにふさわしい現在の新たな勢いとそれを称賛する声、そして娘のモリーの活動を、スティーヴ・マリオットが天国から眺め、その全てを楽しんでいることを願う。
Written by Paul Sexton
- スモール・フェイセスの宝の山が詰まった作品『From The Beginning』
- デビュー・シングルでトップ20入り「Whatcha Gonna Do About It」
- 「初めてのちゃんとしたレコード」とスティーヴ・マリオットが語った
- ハンブル・パイのフィルモアで録音されたライヴ盤
- 素晴らしきモッズ:お洒落から生まれた若者文化