スティーリー・ダン『Gaucho』解説:彼らはいかにして悲劇を勝利に変えたのか
1980年11月21日に発売されたスティーリー・ダン(Steely Dan)の37分に及ぶアルバム『Gaucho(ガウチョ)』は、レコーディングに2年を費やし、当時最も制作費がかかったレコードとだった。
『Gaucho』は、1977年の『Aja / 彩 (エイジャ)』に続く7枚目のスタジオ・アルバムであるが、制作中に大きな悲劇に見舞われた。アルバムのセッション中、ギタリストのウォルター・ベッカーは、ある日の深夜、ニューヨークのアパートに帰る途中で車に轢かれてしまい、復帰までに6カ月を要したのだ。また、ウォルター・ベッカーのガールフレンドだったカレン・ロバータ・スタンレーは、アルバム制作中にウォルターの自宅で薬物の過剰摂取により亡くなってしまった。
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レコーディングのプロセス
レコーディング・プロセスにも問題がおこった。ウォルター・ベッカーとスティーリー・ダンのオリジナル・メンバーであるドナルド・フェイゲンは「The Second Arrangement」という曲に満足していたが、完成したトラックをアシスタント・エンジニアが不注意で消してしまい、何週間もかけた作業が水の泡になってしまったのだ。ベッカーとフェイゲンは、その後のヴァージョンが劣っていると判断し、この曲を放棄した。後にベッカーが「“Gaucho”の制作は全く楽しくなかった」と語ったのも当然のことだ。
とはいえ、苦労は報われ、「Babylon Sisters」「Hey Nineteen」「Glamour Profession」「Gaucho」「Time Out Of Mind」「My Rival」「Third World Man」の7曲が収録されたこのアルバムは、ファンの間で絶大な人気を誇った。
完成度の高さを追求
『Gaucho』は、マルチトラック・レコードの優れた録音技術を証明するものであり、ミキシングの段階でも細部へのこだわりが感じられた。ベッカー、フェイゲン、エンジニアのロジャー・ニコルズ、プロデューサーのゲイリー・カッツの4人は、「Babylon Sisters」の50秒間のフェードアウトを納得のいくようにミックスするために、55回以上も試行錯誤を繰り返したという。
アルバム制作中、ドラムの演奏を完璧にしたいというフェイゲンの要望に応えて、ニコルズはウェンデルと名づけたパーカッション・シーケンサーを特注で製作。製作費15万ポンド(約2,297万円)がかかった新しいハイテク・ドラムマシンは、『Gaucho』のサウンドに欠かせないものとなった。
スティーリー・ダンの二人は、このアルバムに40人以上のゲスト・ミュージシャンを起用した。その中には、ダイアー・ストレイツのギタリスト、マーク・ノップラーも含まれており、彼はカナダでシングルとしてNo.1ヒットを記録した「Time Out Of Mind」に参加している。
他にも、3曲でテナーサックスを演奏したジャズ界のスター、マイケル・ブレッカーをはじめ、サックス奏者のデイヴィッド・サンボーン、ピアニストのジョー・サンプル、ギタリストのラリー・カールトンなど、一流のミュージシャンが参加している。フェイゲンはリード・ヴォーカルのほか、バッキングボーカル、シンセサイザー、エレクトリックピアノ、オルガンを担当し、ベッカーはベースとギターを担当した。
1980年のベストアルバム
このアルバムでは、70年代後半のアメリカでの生活についての残念な歌詞も見られる。「Hey Nineteen」では、年老いたヒップスターが、ナンパしようとしたティーンエイジャーとのコミュニケーションに悩む様子を描く。そのティーンエイジャーは、ステレオから流れているアレサ・フランクリンのことをわからずに彼を苛立たせる。この曲は「Babylon Sisters」に登場する、ロサンゼルスの倦怠期を迎えた社交家にも似ている。
ジャズ・ピアニストのキース・ジャレットは、アルバムのタイトル曲「Gaucho」が、1974年に彼が作曲した「Long As You Know You’re Living Yours」を模倣していると主張し、著作権侵害で訴えると脅してきた。フェイゲンは、ジャレットの作品に影響を受けたと伝えたうえで合意に達し、ブルーノート・レコードのスター、アート・ブレイキーのもとでキャリアをスタートさせたピアニストが、この曲の共同作曲者としてクレジットされることになった。
そういった様々な困難にもかかわらず、『Gaucho』は商業的に大成功を収め、全米アルバムチャートで9位、全英チャートで27位を記録した。ニューヨーク・タイムズ紙は、このアルバムを1980年のベスト・アルバムと評している。
Written By Martin Chilton
スティーリー・ダン『Gaucho』
1980年11月21日発売
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最新ライヴ・アルバム
スティーリー・ダン『Northeast Corridor: Steely Dan Live!』
2021年9月24日発売
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