マイケル・マクドナルドがサポートしたスティーリー・ダンの「Peg」
2017年9月のスティーリー・ダンのウォルター・ベッカーの死は、知性と控えめな態度で作られた音楽が好きだった者たちに悲しい喪失感を与えた。しかしアメリカのトップ20ヒット曲となった6曲のうちの1曲「Peg (邦題: 麗しのペグ)」を思い出しながら絶賛しようではないか。そうすることでグループの豊富な名作は響き渡り続けるのだから。
ウォルター・ベッカーと彼のクリエイティヴ・パートナー、ドナルド・フェイゲンは、バンドのアート形式を優先するあまり”シングル”を作る時間がほとんどなかったのかもしれない。しかし1977年11月19日、スティーリー・ダンの6枚目のアルバム『Aja [邦題: 彩(エイジャ)]』からの最初のシングル・リリースとして「Peg」を発売すると、この曲は全米シングル・チャートにデビューした。従来通りウォルター・ベッカーとドナルド・フェイゲンによって書かれたこの曲は、LP同様、長年のコラボレーターであるゲイリー・カッツによってプロデュースされた。「Peg」は最高のチームによって作られた一曲だった。
こういったミュージシャンたちが一緒になり、ポール・グリフィンがエレクトリック・ピアノ、チャック・レイニーがベースを弾き、スティーヴ・カーンがギターを加え、ジェイ・グレイドンが複雑なギター・ソロを見事に決めていた。スティーリー・ダンやその他のミュージシャンたちは、彼らが確立したロックの装いは十分に保ちつつ、かつてないほどのジャズ・サウンドに近づいているバンドの動きを象徴した曲の中で、それぞれ重要な役割を果たしていた。
そして多くのミュージシャンの中で紛れもなく極上の要素となったのは、多くの共同制作を行っていたマイケル・マクドナルドの声だろう。初期のスティーリー・ダンのレコーディングと同じように、「Peg」は彼の声によってかつてないほど特徴的なハーモニーを醸し出されていた。マイケル・マクドナルドは今では、ドゥービー・ブラザーズのリード・シンガーとして名が確立され、「Takin’ It To The Streets(邦題: ドゥービー・ストリート)」や「It Keeps You Runnin」といったアメリカのヒット・チャート・シングルが高く評価されている。
「Peg」の全米シングル・チャート入りは穏やかに87位からスタート。ELO(エレクトリック・ライト・オーケストラ)の「Turn To Stone」やポール・マッカートニー&ウィングスの「Girls School」を含む10曲のニュー・エントリーのリストの半分ほど行ったところだった。しかしトップ40ラジオやFM局が、この曲の魅力に気付き始め、シングルは3ヶ月間上昇しつづけ、チャート・インしてから15、16週目には11位にまで上り詰めた。その数ヶ月後、アルバム『Aja』からは同じくトップ20ヒットとなる「Deacon Blues」がシングルとして発売されることになる。
Written by Paul Sexton
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スティーリー・ダン『Aja』