スモーキー・ロビンソン「Tears Of A Clown」:ファンクラブ代表が発掘して1位になった名曲

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モータウン愛好者には周知のとおり「Tears Of A Clown(邦題:涙のクラウン)」はイギリスで生み出されたヒット曲である。

スモーキー・ロビンソン&ザ・ミラクルズのこの楽曲は、スモーキー・ロビンソンスティーヴィー・ワンダーとハンク・コズビーと共作したもので、1967年の夏のアルバム『Make It Happen』に収録されるもシングル・リリースされることなく、ほぼ気づかれないまま状態だった。

しかしその3年後、イギリスでシングルとしてリリースするという素晴らしい決断により、この楽曲は全英チャートで1位となり、遅れてアメリカでも発売された。1970年10月17日はこの曲がスモーキーの全米シングル・チャートに入り、ポップとR&Bチャートのトップを飾った日である。

ザ・ミラクルズはそれまで、アメリカでの大成功をイギリスでも再現することに苦労しており、1969年にリイシューした「The Tracks Of My Tears」までイギリスでのヒットはなかった。モータウン・ファンクラブのイギリス代表だったカレン・スプレッドバリーは、モータウンのイギリスでのマーケティング部長であり、のちのエルトン・ジョンのマネジャーとなるジョン・リードからスモーキー・ロビンソン&ザ・ミラクルズの1967年のアルバム『Make It Happen』の中からシングルを選んでほしいと依頼された。彼女は躊躇することなく、当時では珍しい選択だった「Tears Of A Clown」を選び、あとの歴史は周知のとおりだ。

のちにグラミーの殿堂入りを果たしたアメリカ版のシングル、品番タムラ54199の「Tears Of A Clown」がイギリスでチャートにはいった時はエルヴィス・プレスリーの「The Wonder Of You」とフリーダ・ペインの「Band Of Gold」の間だった。アメリカでは、ジャクソン5が「I’ll Be There」で王座に君臨していたその週にポップ・チャート68位で初登場と果たした。

それから8週間後、「Tears Of A Clown」はじわじわ順位を上げ全英トップで2週連続獲得。その後はジョージ・ハリスンの「My Sweet Lord / Isn’t It A Pity」にその座は取って代わった。
ようやく手にしたイギリスの成功のお礼としてスモーキー・ロビンソンはイギリスにいたカレン・スプレッドバリーに対して直接お礼の電話をしたそうだ。

Written by Paul Sexton



スモーキー・ロビンソン&ザ・ミラクルズ『Make It Happen』

    

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