『SHOGUN 将軍』音楽製作の裏側:編曲を手掛ける雅楽作曲家 石田多朗さんインタビュー

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関ケ原の戦い前夜の1600年を舞台に、戦乱の日本を壮大なスケールで描き、世界で社会現象を巻き起こしている『SHOGUN 将軍』。ディズニープラスでの配信開始以来、初回再生回数が歴代No.1を記録するなど、大きな話題となっています。

その中でも、印象的なのがエピックと邦楽器を組み合わせた重層的で独特な音楽。アカデミー賞のオリジナル作曲賞受賞経験もあるアッティカス・ロス、レオポルド・ロス、ニック・チューバと共に、本作の音楽を手がけたのは、日本でも稀有な雅楽作曲家・音楽プロデューサーとして活動する石田多朗さん。雅楽や邦楽器について教えていただきながら、『SHOGUN 将軍』の音楽制作の裏側をうかがいました。

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― 石田さんが編曲を手掛けられた『SHOGUN 将軍』は、世界で社会現象となっています。今のお気持ちをお聞かせ下さい。

思えば、ニックから連絡をもらったのが始まりでした。アッティカス、レオ、ニックは、日本の伝統音楽に対する尊敬が深く、雅楽のことも勉強した上で取り組んでくれました。メールでのやり取りをベースに、時折リモートでお話をしながら、親密な制作プロセスを楽しみつつ進めることができました。

また、今回、参加してくれた日本の奏者の皆さんは、技術面で素晴らしいのはもちろん、人間性を含めて、私にとってとても大事な方たちなんです。彼らと一緒に、フルパワーで仕事できたことをとてもうれしく思います。

でも、こんな大ごとになるとは想像していませんでした。予告編の映像が発表されると、数千万再生と表示されていて、率直に言って「大変なことになってしまった!」と驚きました。

― 石田さんは、日本でも貴重な雅楽の作曲家でいらっしゃいます。そもそも雅楽とは、どんな音楽なのでしょうか?

雅楽は、平安時代からほとんど形を変えずに日本で演奏されてきた稀有な音楽です。十数人で演奏することが多く、世界で一番古いオーケストラとも言われています。また、もともとは、政治、経済、天文学、占星術などとの関わりの中で成立してきたものです。

西洋の楽器が合理性を追求しながら進化してきたのと対照的に、雅楽は8世紀から変わらずに続いてきている音楽なんです。例えば、笙は17本の管からなる楽器ですが、そのうちの2本には穴がなく、音が出ません。鳳凰が止まっている姿を表すために、演奏しにくくとも、その形を崩すことなく今に伝わっている。合理性とは相反しても、それゆえに表現できるものがあるように思います。千年以上経ても変わらないというのは、日本的ですよね。

その意味で、雅楽は、「感覚のワープ装置」とも言えると思います。陰陽師が行くべき方角を示し、人々が宇宙的な感覚を持っていた頃の音楽を、今も聴くことできるというのはすごいことですよね。今でも、宮内庁に楽部があり、雅楽奏者が公務員として演奏しています。

― 雅楽に取り組まれるようになったきっかけは何だったのですか?

東京芸術大学で電子音響などを勉強した後、作曲家として活動する中で、ある日、美術学部の先生から「法隆寺展」の館内音楽の制作を依頼されたんです。その際、雅楽をベースにというリクエストがあって。伶楽舎という雅楽の奏者の方たちと一緒に作ったのですが、それを坂本龍一さんに気に入っていただけたこともあり、ご縁が続いて、今に至ります。

― 雅楽は、どのように学ぶのですか?

西洋音楽の場合、「C」は「ド」「ミ」「ソ」の音の組み合わせといったルールがあります。和声理論などを学ぶことで、作曲もできるようになるかもしれません。しかし、雅楽は異なります。ルール化されていないんですね。ですから、ロジックで理解するのではなく、一緒に演奏会や音作りを続ける中で体得していくものなんです。龍笛はこういう動き、篳篥はこういう動きと、段々と体感を通して知っていく。雅楽にも譜面はありますが、口伝なんですね。歌えるようにならないと演奏できないんです。

― 奥深い世界ですね。雅楽で用いられる楽器以外にも、様々な邦楽器を使用したとうかがいました。

最初は、雅楽でという指定だったのですが、途中から自由にやって欲しいと言われるようになりました。LAから送られてくる曲を聴いて、結果、尺八、三味線、胡弓などの奏者にも加わっていただきました。ほら貝やお坊さんにも。栃木県の本物のお坊さんたちです。宮内康乃さんという聲明でコンサート作品を作っている方にご紹介いただき、柏のお寺にマイクを立てて、般若心経などを収録させてもらいました。奏者とエンジニアを合わせると、総勢3-40人くらいの方に参加していただきました。

― アカデミー賞も受賞しているアッティカスたちとの共同作業はいかがでしたか?

彼らの音楽のファースト・インプレッションは、「聴いたことがない音楽」でした。一言でいうと、世界観が大きいんです。映画音楽の場合、往々にして、和声を展開させて音を盛り上げたりしがちですが、彼らはそうではないんです。

例えば、一見すると同じ音楽が続いているように聴こえそうなスケッチが送られてくることがあるんです。でも、アレンジしてみると、とてもやりやすくて。彼らの音楽に導かれるような感覚でした。また、信頼して、自由に作業をさせてくれました。最終的に出来上がった曲は、重層的なもの。こんな体験は初めてでした。天才とは彼らのような人のことを言うのだと実感しました。

「ソウルフル・ワールド」などでアカデミー賞を受賞していることは知っていましたが、クオリティを上げるため、ざっくばらんに意見交換をしました。そのお蔭で、今も仲良しで、メル友です(笑)。

―『SHOGUN 将軍』の音楽は、具体的にはどのように作られたのですか?

まず、アッティカス、レオ、ニックから、Pro Toolsで作られたスケッチが送られてきます。そこからはお任せで、楽器を選び、表現を楽譜に落としていきました。奏者のインプロビゼーションで表現してもらった部分もあります。

雅楽や邦楽の場合、古典雅楽や、古くから続く定番の楽曲があるんです。それらは、奏者も演奏しやすいし、楽器の音が一番良く鳴るんです。だからこそ、今まで残ってきたんですね。そのように奏者が朗々と演奏でき、楽器の音がきれいに出せる音楽を心がけました。

― 西洋と日本の音楽の競演であり、また実際にLAと東京の距離もあり、困難もあったのでは?

それがなかったんです。彼らの音楽を聴いて共鳴しましたし、それに応える感じでしたので、あちらからのダメ出しも一度もありませんでした。

彼らの音楽から感じたイメージを漢字で表すならば、「不」。不思議、不確定、不安定、不明といったテーマを感じたんですね。悪いイメージではなく、AIをはじめとする今の「物事をわかりやすく整理する」感じとは逆のイメージ。彼らが「境界が曖昧なもの」を表現しているように感じたんです。それは、音楽の枠を超えた存在である雅楽と共通する要素だったのかもしれません。高次の所でつながっていたように思います。

今回、私には、彼らから「遠いもの」を求められていました。太鼓でリズムを刻むのであれば、彼らにも想像がつくけれど、そうではない役割です。また、雅楽や聲明が宗教をはじめとする日本文化と深く関わっていることを説明したり、特定の場面でその楽器が出てくることに問題がないかの相談などにも乗ったりしました。例えば、編集作業の最中、篳篥の音を聴いて笑った方がいたそうなんです。アッティカスから「今のままだとおかしい?」と質問がきました。大丈夫だと伝え、そのまま使われたこともありました。

― 音楽と映像・物語が一緒になった姿をご覧になり、どう思われましたか?

雅楽が様々な場面に散りばめられていて、台詞では描かれない要素を醸し出すなど、作品の重層感に寄与できたのではないかなと感じ、うれしく思いました。

世界の先端を走っているアッティカス、レオ、ニックが、雅楽や邦楽器のレコーディングを聴く度に、「マジカルだ!」「すごい!」と返してくれました。日本では、雅楽の後継者がいなくて困っている状態にも関わらずです。そして、今、こうして世界中が雅楽に触れてくれている。自分自身もうれしいですし、私の大好きな奏者たちの演奏が様々な場所で聴かれていることを一番うれしく感じます。

― 東京芸術大学時代に書かれた論文では、武満徹の映画音楽について「映像と音の対位法」という表現を使っておられました。

そんなこともありましたね。戦いの場面はこういう表現、悲しい場面はこういう表現といったやり方の場合、別の場面や別の音楽とも交換できるかもしれません。しかし、武満は、「その」映画の「そこにしかない」音楽を追求しました。映像から切り離して鳴らしたのでは意味がない音楽。切り離せない、取り替えられない音楽です。

そういう意味では、今回も、独特で取り替えられない音楽になっていると良いなと思います。

― 最近の石田さんの音楽的取り組みについて教えて下さい。

今、挑戦しているのは、雅楽と西洋の楽器の共演です。実は、雅楽とクラシックでは、楽器のピッチが違うんです。雅楽は430Hzなのに対して、クラシックの楽器は440Hz。ですので、一緒に演奏することができないんです。そこで、クラシックの方に430Hzで演奏する練習をしていただき、雅楽とクラシックが一緒に演奏するアルバムを作ろうとしています。

もし二人で演奏するだけであれば、二人の間でピッチを合わせればよいので簡単です。しかし、交通機関が発達し、隣村まで行けるようになると、今度はその人たちともピッチを合わせて一緒に演奏したくなります。更に、飛行機ができると、今度は国をまたいで一緒に演奏しよう、ピッチを合わせようとなりますよね。また、為政者が権力を示すために、国中のピッチを揃えようとすることもあったかもしれません。ピッチというのは興味深いもので、こうして歴史の中でどんどんと上がってきたと言われています。

ですから、今、430Hzの演奏を聴くと、落ち着くように思うんです。演奏の速度も興味深いと思います。雅楽も、大陸ではダンス・ミュージックだったようですが、日本に入ってからゆっくりになりました。お能もゆっくりですし、日本の風土においては速度が落ちるのかもしれませんね。世界を見渡しても、こんなにゆっくりな音楽はあまりありません。

今、那須に住みながら、週に一回くらいレコーディングに東京へ行く生活をしています。ここでは「グローバル」という言葉の意味が違って感じられるんです。東京やNYももちろんグローバルなんですが、どちらかというと「人間のネットワークのグローバルさ」のイメージ。対して、ここでは、例えば、今は木が枯れていますけれど、あと1週間もたてば芽が出てくるでしょうし、夜には星が見えて、冬になると雪に包まれます。「生物全体のグローバルさ」のようなものを体感できるように思うんです。そういうことも音楽に影響を与えているのかもしれませんね。

― 最後に、サウンドトラックの聴きどころがあれば、教えて下さい。

是非、全体的に聴いていただけたら幸せですが、例えば、3曲目の「Osaka Castle」にはお坊さんの声が登場しますし、4曲目の「The Council Will Answer to Me」では田中悠美子さんの三味線と唄を聴いていただけます。

また、今回、レコーディングした音は、アッティカスたちのチームのみならず、音響チームにも使われているんです。ですので、空気中や細かいところにも私たちの音が入っていますので、是非ヘッドフォンなどで映像を見ながらチェックしてみていただけると嬉しいです。

Written By 井筒 節


アッティカス・ロス, レオポルド・ロス, ニック・チュバ
『SHOGUN 将軍 (オリジナル・サウンドトラック)』
2024年2月23日配信
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