エミー賞史上最多ノミネートを記録した『SHOGUN 将軍』と、重厚な歴史物語を支えるその音楽

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「第76回エミー賞®」ドラマシリーズ部門において最多25部門でノミネートを記録、そのうち主要部門に先駆けて発表された技術・美術系14部門で受賞している『SHOGUN 将軍』。社会現象を巻き起こした今作を彩る重層的な独特の音楽は、アッティカス・ロス、レオポルド・ロス、ニック・チュバによるもの。『vol.1』『vol.2』の二部構成で配信中のサウンドトラックについて、山﨑智之さんに解説いただきました。

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ディズニープラスで独占配信中の『SHOGUN 将軍』はジェームズ・クラヴェルの長編小説の2度目のドラマ化である。

1924年、イギリス生まれのクラヴェルは太平洋戦争でシンガポールの日本軍捕虜収容所に囚われたが、戦後はハリウッドで映画業界に転身。『ハエ男の恐怖』(1958)『大脱走』(1963)などの脚本を手がける。彼が1975年に発表した小説が『SHOGUN 将軍』だった。

この時期はそれまでまだ西洋では謎の多い“神秘の国”だった日本を掘り下げてエンタテインメントとして昇華させた小説の刊行が相次ぎ、トレヴァニアン『シブミ』(1979)、エリック・ヴァン・ラストベーダー『ザ・ニンジャ』(1980)などが世界的なベストセラーを記録。そのうち『SHOGUN 将軍』は1980年にTVドラマ化され、英国ロンドンで開催された“大日本展”などのおかげもあり、欧米で一種の日本ブームが巻き起こっている。

TVドラマ版『SHOGUN 将軍』は1600年の日本に漂着する主人公ブラックソーン=按針にリチャード・チェンバレン、徳川家康をモデルにした大名・吉井虎永に三船敏郎、そして島田陽子、フランキー堺、目黒祐樹、金子信雄ら豪華キャストが出演。各国で大ヒット、イギリスではTORANAGAなるヘヴィ・メタル・バンドが結成されて「17th Century Japanese Warlord」という曲を発表したほどの支持を得ることになった。

そしてTVドラマ版の音楽を担当したのがモーリス・ジャールだった。『史上最大の作戦』『アラビアのロレンス』(共に1962)で壮大なスケールのスコアを提供した彼は東洋のエキゾチックな味わいを交えながらストーリーとキャラクターを盛り上げる効果を出している。ちなみにそんなドラマチックな音楽観は息子の人気シンセサイザー・アーティスト、ジャン=ミッシェル・ジャールにも受け継がれている。

2024年版は『トップ・ガン マーヴェリック』(2022)の原案を手がけたジャスティン・マークスがエグゼキュティヴ・プロデューサーに登板。按針がコスモ・ジャーヴィス、吉井虎永が真田広之を演じ、浅野忠信、アンナ・サワイらオールスター・キャストを迎えた迎えた新時代の『SHOGUN 将軍』を実現させている。1980年版以上に原作小説の世界観を踏襲しながら現代の感性とテクノロジーを駆使してリ・イマジン。合戦や震災シーン、血まみれ描写なども交えたヴィジュアル・スペクタクルとしている。

そんな本作のサウンドトラックを担当したのはアッティカス・ロス、レオポルド・ロス、ニック・チューバの3人だ。

アッティカスは2002年からトレント・レズナーとの交流を開始。ナイン・インチ・ネイルズの作品にプログラミング/共同プロデュースで関わるようになり、現在ではグループの正式なメンバーでもある。2人は数多くの映画作品で音楽を手がけ、『ソーシャル・ネットワーク』(2010)『ドラゴン・タトゥーの女』(2011)『ゴーン・ガール』(2014)『チャレンジャーズ』(2024)などに名を連ねている。

レオポルド・ロスはロックのバックグラウンドを持ち、バッド・レリジョン、KoЯn、ファイヴ・フィンガー・デス・パンチなどの作品で共作/プロデュース。また兄アッティカスと組んで数多くの映画音楽を担当、『Death Note/デスノート』(2017)『アースクエイクバード』(2019)『別世界からのメッセージ』(2020)を共作している。

ニック・チューバはロサンゼルス出身の音楽家/プロデューサーで、『ジョーカー』(2019)『モータル・コンバット』(2021)トレーラー(予告編)の音楽を含む映画音楽を担当しながらロス兄弟と2014年以来パートナーを組んで多くの作品に関わってきた。

『SHOGUN 将軍』の音楽について、レオポルドはこう表現している。
「古代でも現代でもなく、東洋でも西洋でもない、両世界の狭間に存在する音楽。時代考証よりもサイコロジーを重視した」

本作の音楽はエレクトロニクスやプログラミングを駆使しながら鼻笛、尺八、篳篥、和太鼓、胡弓など東洋の楽器や仏教声楽の聲明(しょうみょう)をフィーチュア。編曲/アレンジャーとして日本から石田多朗が加わり、よりオーセンティックな視点から雅楽や伝統音楽を捉えている。

西洋音楽のピッチが440Hzであるのに対し雅楽が430Hzで標準化されているため、シンセサイザーのピッチを下げるなどの工夫も凝らされており、いずれの楽器もサンプリングではなく“本物”を使っているが、随所でエフェクトもかけるなどして、厳密な雅楽でなく、“もうひとつの日本”の人々の生きざまをヴィヴィッドに描く『SHOGUN 将軍』の音楽を生み出している。

デジタル配信される本作のサウンドトラック・アルバムは『Vol.1』『Vol.2』の二部構成。それぞれ14曲34分、17曲46分の短い中に、あらゆるアイディアが詰め込まれている。メイン・テーマ「Main Title (Shogun)」はアンビエントなオープニングから戦場を思わせるダイナミックな展開へと転じていき、本作の世界観を描き切っている。レオポルドが「10時間の映画と捉えていた」と語る本作の音楽は、映像をさらに効果的に増幅させるのと同時に、スクリーン/画面に映し出されない心情も伝えるものだ。

例えば「Erasmus」は嵐に遭遇したエラスムス号に加えて、按針や船員たちが異国の近海で不安定な精神状態にあることを描写している。具体的なクレジットはされていないものの、「Osaka Castle」〜「The Council Will Answer To Me」「Make Yourself Seen」は千葉県の寺でフィールド・レコーディングされた聲明が神秘的で威厳のある日本のイメージを見事に捉えている。

アッティカスやレオポルドの他作品についても言えることだが、彼らはリヒャルト・ワーグナーやジョン・ウィリアムズのように登場人物や舞台をライトモティーフ化する手法は用いていない。そのため「虎永のテーマ」「鞠子のテーマ」あるいは誰もが本作と結びつけて思い出すようなヒット性のある楽曲はなく、多くが1分〜2分台の短いパッセージだったりする。だが、それぞれの曲は映像の魅力をスケールアップさせ、音楽としても楽しめるものだ。

独自のリリシズムをたたえた「Falling Leaves」、静けさが大地震の脅威を想起させる「Earthquake」などはコンパクト過ぎて、もっと長く聴いていたい!と考えてしまうのだが、完成まで2年を要したという音楽はじっくり聴き応えのある、何度でもリピート出来るものだ。

第76回エミー賞で『SHOGUN 将軍』は史上最多の25部門でノミネート。“最優秀音楽”と“最優秀メイン・タイトル・テーマ”両部門でも候補に挙がっており、2024年9月15日(現地時間)にロサンゼルスで開催される授賞式の結果に期待が高まる。

さらに本作の成功に伴い、何と第2シーズンも噂されている。そうなるとあの“天下分け目の戦い”が描かれることになるか?それともジェームズ・クラヴェルの他の“アジアン・サーガ”小説を元に、19世紀を舞台とするか?『SHOGUN 将軍』の世界はまだ時代を重ねていく。

Written By 山﨑 智之


アッティカス・ロス, レオポルド・ロス, ニック・チュバ
『SHOGUN 将軍 (オリジナル・サウンドトラック)』
2024年2月23日配信
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アッティカス・ロス, レオポルド・ロス, ニック・チュバ
『SHOGUN 将軍 (Vol. 2)(オリジナル・サウンドトラック)』
2024年8月16日配信
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