サム・スミス「I’m Not The Only One」解説:サムの名曲に歌われた普遍の真理

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Sam Smith - Photo: Alasdair Mclellan

世のリスナーは痛ましいほど赤裸々な感情が歌われたアルバム『In The Lonely Hour』を熱狂的に支持したが、その収録曲である「I’m Not The Only One」は、サム・スミスの卓越した作曲能力が表れた1曲だった。

その作風は、エルトン・ジョンやビリー・ジョエルなど輝かしい経歴を持つ巨匠たちの系譜を脈々と受け継いでいる。サムは優れた物語を紡ぎながら、そこに自身の想いを注ぎ込むことができるのだ。

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「I’m Not The Only One」は、アメリカではデビュー・アルバムからの2枚目のシングル、UKでは3枚目のシングルとして、2014年8月31日にリリースされた。その収録アルバムである『In The Lonely Hour』は、“困難な恋”というテーマを執拗なまでに取り上げた作品だったが、同曲はある女性の破綻寸前の結婚生活を冷静な視点で描いた1曲であった。

発表から10年近く経った現在、同曲はTikTok上で若い世代の支持を集め、恋人に捨てられた人びとのアンセムとして非公式に認知されるようになった。その効果もあって、2022年には同曲はSpotifyにおける世界チャートに再びランクインしていた。

強烈な印象を残すドラマ

アルバム収録曲の中にはもっとシングル向きの楽曲もあったはずだが、サムはラジオ受け間違いなしの楽曲を選ぼうとはしなかった。そして、最終的にシングルに選ばれた「I’m Not The Only One」は、ファンからの圧倒的な支持を集めた。しかしながら、もともと同曲の作曲は決して一筋縄にはいかなかったのだという。

基本的なコード進行は早くに定まっていたが、曲全体を仕上げる段階で一度は曲自体がボツになっている。「I’m Not The Only One」は、それを再度作り直すという苦労の末に少しずつ出来上がっていった楽曲なのだ。

サムの母国の英国では「Money On My Mind」と「Stay With Me」に続くシングルとしてリリースされた「I’m Not The Only One」は、同国で3位、アメリカでは5位を記録。特にアメリカでは当時、批評面とセールス面の両方で高い評価を受けたことから、サムの知名度が爆発的に高まっていた。

そうして、“シングルにふさわしくない”、あるいは“『In The Lonely Hour』の成功を後押しできない”といった同曲への疑念もすぐに消え去っていった。同アルバムはこれまでに世界全体で1,200万枚以上を売り上げるとともに、2年連続で世界売上のトップ5入りを果たすという快挙を成し遂げている。

また、「I’m Not The Only One」のミュージック・ビデオは、サムの楽曲の中でも特に多く (現時点で10億回を超えている) 再生されている。同ビデオには、ディアナ・アグロン (『glee/グリー』など) とクリス・メッシーナ (『ミンディ・プロジェクト』など) が出演。二人が繰り広げる夫婦のドラマは、観る者に強烈な印象を残す仕上がりになった。

例えば、不倫という裏切りや、その行いに伴う心の痛みを描いたシーンは、観ていて心苦しくなるほど生々しく描かれる。そのドラマの背景になっているのは、ドラマ『デスパレートな妻たち』を思わせるカリフォルニア風の魅力的な風景だ。だが現実には、マンチェスター、メルボルン、マドリードなど世界のあちこちで、同じような状況が日常的に巻き起こっているのだ。

 

私たち自身のことを歌った物語

リリースから時を経て、同曲はサム・スミスの過去作品における定番曲の一つとして定着している。その理由は簡単だ。同曲はピアノ・バラードの形を取ってはいるが、その演奏は、本格的でキャッチーなソウル調のグルーヴ (筆者の耳にはモータウン・サウンドを意識したものにも聴こえる) に支えられているのだ。

この曲が米ビルボード・チャートで複数のジャンルのランキングを駆け上がったことも、そのグルーヴの完成度の高さを示している。「I’m Not The Only One」は、様々なタイプのラジオ局に違和感なく馴染む1曲なのである。

また、素晴らしいメロディの魅力もさることながら、この曲の歌詞にはジェンダーやセクシュアリティに関わらず聴く人の心に響く共感力が備わっている。「I’m Not The Only One」でスミスは、”ごく普通の人間”というイメージを確立した。その人の紡ぐ物語には、リスナーである私たち自身のことが歌われているのだ。だからこそ、デビュー作の中でも特にこの曲を何度も聴き返す人が多い、というのはまったく不思議な話ではない。

サムのその後の楽曲には、第三者の視点から歌われているものと実体験を歌ったものがどちらも存在する。だが少なくとも、「I’m Not The Only One」がアルバム『In The Lonely Hour』の中で一番のハイライトであることは現在も変わらないだろう。

当時は、グラミー賞受賞の興奮や、大ブレイクのきっかけになったアルバム、同性愛者が確かな観察眼と言葉選びのセンスで歌い上げる感情の目新しさなど、多くのことが話題になった。しかし、ドラマティックで、率直で、あまりに繊細なこの1曲は、そのすべてが忘れ去られたとしても愛され続けるだろう。この楽曲には、普遍の真理が簡潔に歌われている。その真理は、私たちがこの世から消え去っても変わることがないのだ。

Written By Mark Elliott



サム・スミス『In The Lonely Hour』
2014年5月26日発売
CD / iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music


最新アルバム

サム・スミス『Gloria』
2023年1月27日発売
CD / iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music





 

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