ジョン・バティステはどのようにグラミー最多受賞後の新作『World Music Radio』を生み出したか
新作『World Music Radio』が本日8月18日に発売となったジョン・バティステ(Jon Batiste)。今回の新作は2020年に発売したアルバム『We Are』がグラミー賞最優秀アルバムを含む最多全5部門を受賞して以来の最新アルバムだ。
彼はどのようにグラミー最多受賞の重圧を回避し、生命力溢れる新作『World Music Radio』を生み出すことができたのか。内本順一さんに寄稿いただきました。
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ジョン・バティステのニュー・アルバムがリリースされた。なにせ昨年のグラミー賞で最多の11部門にノミネートされて5部門も受賞した男の新作であり、主要部門のなかでも目玉とされる「最優秀アルバム賞」を獲得した『We Are』の次のアルバムなのだから、世界の期待度は相当のものだ。
グラミー受賞作のあとともなれば、アーティストによっては重圧から集中力を欠いて本領を発揮することができなかったり、自身の個性を見失ってしまったり、より重厚な作品にせねばという気負いが裏目に出てしまったりすることだってある。過去にそういう例はいくつも見てきた。だがバティステの新作『World Music Radio』を聴けば、彼がその程度のタマじゃないことがよくわかる。新作は想像以上に明るくポップな曲ばかりで、風通しがいい上に力強い。多彩で、サウンドのアイデアが豊富で、創造力が爆発している。
妻と一緒に世界中を旅行
何故バティステは重圧を回避でき、これほど生命力の漲るアルバムを作れたのか。既に出ている記事によれば、グラミー最多受賞のあと彼は長く続けていたテレビの仕事(『ザ・レイトショー・ウィズ・スティーブン・コルバート』という高視聴率番組のレギュラー・バンドのリーダー)を自身の意向で降り、休暇をとって妻と一緒に世界中を旅行したのだそうだ。
初めにザックリ全曲を通して聴き、まるで音楽で世界旅行をしているかのようなアルバムだなと自分は感じたのだが、それもそのはず、実際にいろんな国を旅して、いろんな音楽に触れて、そこでのインスピレーションを反映させながら作ったものだったわけだ。閉じこもってただ自身の内側を見つめすぎるのではなく、いろんな国の風と空気と音楽をカラダに流し込んで創造性に結びつける。だからこんなにも風通しがいい。
アルバムタイトルの『World Music Radio』とは
それからもうひとつ。タイトルにした『World Music Radio』とは、“世界中の音楽をかけるラジオ局“のことであり、そのホストがビリー・ボブという男。ビリー・ボブとはこのコンセプトのためにバティステのもうひとつの人格として生み出された存在、つまりはオルター・エゴで、そのビリー・ボブがラジオ番組を進行しながら曲とゲストを紹介してかけていく……というていのアルバムなのだが、このような設定を施したことで軽やかさが生まれたというのも大きい。
異人種の共存について、階級社会について、歴史について、エゴと自尊心について、宗教と伝統について、神の力について。今作でも彼は彼なりの重要な見解を示したりメッセージを込めたりしているが、それをビリー・ボブというホストの役割の一貫であるかのように見せたり、あるいはゲスト・アーティストたち(なかには亡き者も)に語らせる形をとっているわけで、だから深刻になりすぎないし、真面目くさった感じもしない。
もしもこれをバティステの内面ひとり語りとして形にしていたら、この明るくて楽しい聴き心地は生まれなかっただろう。こういうやり方を考えつくところが彼のインテリジェンスであり、スマートさであり、“わかっている”人だよなぁと感じる。
多彩なコラボアーティストとのコラボ
(アルバムは)ネイティヴ・ソウルをフィーチャーした「Raindance」で始まり、J.I.DとNewJeansとカミーロをフィーチャーしたレゲエの「Be Who You Are」へ。
力強い「Worship」に続き、バラードの「My Heart」でスペインはカタルーニャ出身のリタ・パイエスが美しい歌とトロンボーンを聴かせ、かと思えばアフロ・ポップ的な「Drink Water」でジョン・ベリオンとナイジェリアのファイヤーボーイ DMLをフィーチャー。
前半はダンサブルな曲多めだが、ケニー・Gのサックス独奏によるインスト「Clair de Lune」でムードチェンジして、9曲目「Butterfly」はバティステのしっとりしたピアノ弾き語りバラード。
以降もリル・ウェイン、マイケル・バティステ、フランスの鬼才シャソル、リトル・ミックスのリー・アン・ピノック、さらにラナ・デル・レイまでがゲスト参加。
ジャズピアノ曲「MOVEMENT 18’ (Heroes)」にはウェイン・ショーター、デューク・エリントン、クインシー・ジョーンズ、アルヴィン・バティステの声がサンプリングされてもいる。
そのようにこのアルバムでバティステは様々な国籍・年代のゲストを招いて時空もジャンルも軽々とまたいでいくわけだが、取っ散らかった印象を与えないのは、やはりビリー・ボブというオルター・エゴを立てて世界中の音楽をラジオで紹介するというコンセプトが効いているからだ。
ビリー・ボブを案内役とした“特別な体験”
「ワールド・ミュージック・レディオの熱心なリスナーならご存じのとおり、これは特別な体験です」
導入の「Hello, Billy Bob」で番組ホストのビリー・ボブがそう語るように、これを通して聴くことはリスナーにとってのひとつの“特別な体験”だ。
プリンスは1995年作品『The Gold Experience』でNPGオペレーターを案内役にして「様々な体験を聴き手にさせながらひとつの大きなメッセージを伝えていく」というやり方をしていたものだったが、ビリー・ボブを案内役として1曲1曲で異なる体験をさせながら、やがてそれらが接続され、大きなメッセージ、あるいは願いだったり祈りだったりがここに立ち現れる……というあり方は、その作品に通じるものを感じさせもした。
深いテーマを「深いでしょ?」と言わんばかりに難しそうな顔してやるのは実はそんなに難しくはない。バティステはわかりやすい言葉を選び、親しみやすいメロディをつけ、ポップだったりダンサブルだったりのアレンジで聴き手を楽しませながら深いテーマを伝えていて、そのうえ開かれた心で先人たちの築いたものだったり人と人だったりを繋いでいくのだという姿勢をここでも明確に見せているのが素晴らしいし凄い。いやそれにしても、この豊かなサウンドのアイデア、創造力の爆発度合いはどうだろう。それこそかつてのプリンス、あるいはある時期のスティーヴィー・ワンダーのようじゃないか。
Written by 内本順一(noteはこちら)
ジョン・バティステ『World Music Radio』
2023年8月18日発売
CD / iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music
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