ビースティ・ボーイズ『Hello Nasty』解説:3人のMCと1人のDJが名曲をどのように作り上げたのか

Published on

ビースティ・ボーイズ(Beastie Boys)は、常に自分たちの音楽を前進させると同時に、過去の作品から大きく借りているように見えた。 1998年7月14日にリリースされた『Hello Nasty』は、それまでにリリースされた4つのアルバムの良いところを集めて、革新的で素晴らしく、遊び心のある音楽の信じられないような組み合わせにした作品である。

<関連記事>
ビースティ・ボーイズの20曲:ヒップホップの新しい可能性
ヒップホップは対立の歴史

『Hello Nasty』ができるまで

ビースティ・ボーイズは、ハードコア・バンドとしてスタートし、ニューヨークのナイト・ライフに合わせて、ヒップホップに手を出していった。Def Jamと契約し、デビュー・アルバム『Licensed To Ill』をリリースする頃には、彼らはパーティーボーイとしての性格を完全に受け入れ、女の子、パーティー、ビールについて歌っていた。

このデビュー・アルバムの後、彼らを単なる一発屋として見下すものもいた。しかし、セカンド・アルバム『Paul’s Boutique』を発表した後、世間は驚いた。ダスト・ブラザーズの協力を得て、ビートルズ、ラモーンズ、カーティス・メイフィールド、スライ&ザ・ファミリー・ストーン、カメオなど、あらゆるジャンルのサンプルを再構築して各曲を作りあげたのだ。1989年当時、ディスコやファンクは時代遅れとされていたが、ビースティは90年代に始まる70年代へのノスタルジックな熱狂のはるか先を行っていたのだ。

その次の作品『Check Your Head』と『Ill Communication』のスタイルは驚くほど似ている。ビースティは、数年ぶりに楽器を手にし、ハードコア・パンクの曲やファンクのインストゥルメンタルをアルバムに加えた。彼らは、キーボード奏者のマニー・マークと一緒にファンクの曲をジャムりながら、自分たちでサンプリングすることもあった。

アルバムにはまだいくつかのヒップホップ・トラックが含まれていたが、ハードコア・パンクの曲の間にヒップホップの曲が3曲挟まれていたり、1970年代のアクション映画のスコアになりそうなファンクのインストルメンタルが続いたりしてた。最初のうちは、人々はジャンルを飛び越えることに戸惑いを感じていたが、『Ill Communication』がリリースされる頃には、ビースティに期待できるものの基準を設定していた。

4年ぶりのアルバム

そして『Ill Communication」の4年後に『Hello Nasty』がリリースされた。このアルバムは『Licensed to Ill』と『Paul’s Boutique』以来、最長のアルバム空白期間が空いた後に発売された作品となった。しかし、その空白期間を彼らは無為に過ごしたわけではない。3人は1994年にロラパルーザのツアーに参加し、1996年には自分たちが企画したチベット・フリーダム・コンサートを実施。この間、彼らはヒット曲「Sabotage」をほとんどすべてのアワード授賞式で披露していた。

『Hello Nasty』は、4年の間に何度もレコーディングされた。録音はロサンゼルスで始まったが、アダム・”MCA”・ヤウクがニューヨークに戻ると、マイケル・”マイクD”・ダイアモンドとアダム・”アド・ロック”・ホロウィッツもすぐに続き、レコーディングはそこで続けられた。アルバム・タイトルの由来は、宣伝部の受付嬢、ナスティ・リトル・マンが電話に出て、「Hello Nasty」と言ったことによる。

『Hello Nasty』は、ビースティ・ボーイズがパンクの曲をやめて、ヒップホップのルーツに回帰した作品だ。『Paul’s Boutique』以来、彼らが一緒に韻を踏むのは初めてで、歌詞は『Licensed to Ill』を彷彿とさせるような遊び心のあるトーンに。また、彼ら全員が一斉に最後の韻を叫ぶという、オールドスクールでヒップホップ的なテイストを持っている。

『Hello Nasty』では、DJのスタイルやビートのサンプリングも驚くほど異なっており、DJのミックス・マスター・マイクを起用した初めてのアルバムとなった。前任者であるDJハリケーンは、Run-DMCなどのグループと一緒にヒップホップの初期に登場し、ミックス・マスター・マイクはターンテーブル・ムーブメントの先駆者であるInvisibl Skratch Piklzの創設メンバーだ。『Hello Nasty』のビートは、単に面白いサンプルを見つけてその上でカラオケ風にラップするというよりも、スクラッチ・テクニックを使ってサンプルをライブで操作し、全く新しいサウンドを生み出すという芸術性を生み出していた。

Run-DMCのようなライミングとターンテーブリストのDJスタイルがミックスされ、時代を超えたサウンドが生まれました。アド・ロックは「Unite」でこう叫ぶ「次のミレニアムでも、俺はオールドスクールだ」。しかしその言葉を信じることはできない。なぜなら、この曲のワイルドなビートとサウンドエフェクトは、今でも他に類を見ず、全く古びていないだからだ。

驚くべきことに、彼らのダウンビートな曲の中には、最も政治的でカッティングな曲もある。これらの曲は、彼らのMCがただ叫ぶだけでなく、初めて歌うという点でも注目に値するものだ。単純に聞こえるが「Song For The Man」は、アドロックが地下鉄で女性を客観視している男性を見た経験から、女性蔑視の問題に取り組んでおり、「Instant Death」は、アドロックの母親の死と、彼の親友であるデイブ・スキルケンの薬物過剰摂取を扱っている。

『Hello Nasty』には、チボ・マットの羽鳥美穂、ブルック・ウィリアムス、リー・スクラッチ・ペリーなどの著名なゲストも参加している。今日、多くのラップレコードはスタジオ制作に大きく依存しており、ライブ・パフォーマンスではほとんど再現できないが、ビースティ・ボーイズはスタジオでもステージでも商品を提供することができた。『Hello Nasty』が20年前と同じように新鮮で革新的なサウンドであり続けているのはそのためだ。

Written By Joe Dana



ビースティ・ボーイズ『Hello Nasty』
1998年7月14日発売
iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music



Share this story

Don't Miss

{"vars":{"account":"UA-90870517-1"},"triggers":{"trackPageview":{"on":"visible","request":"pageview"}}}
モバイルバージョンを終了