ナイン・インチ・ネイルズ『Pretty Hate Machine』解説:インダストリアルの新しき未知の領域
インダストリアル・ミュージックの長い歪んだ歴史の始まりは70年代にまで遡り、プログレッシヴ実験主義のタンジェリン・ドリーム、エレクトロ先駆者のクラフトワーク、そして対立的なノイズ・テロリストのスロッビング・グリッスルなど多様なミュージシャンが登場した。
技術的正確さを基に制限なしのジャムを鳴り響かせ、リスナーを服従するまで猛撃するという目的に従いながら、一見すると合わない様々な影響をひとつにまとめた結果として生まれたのがインダストリアル・ミュージック・シーンで、それは人を喜ばすものではなかった。むしろその攻撃的なヘヴィなサウンドで、感情的な繋がりよりも破壊を求めることを大いに楽しんでいた。
そのインダストリアル・ミュージック・シーンが必要としていたのは、妥協への拒絶を凄まじく保ちながら(サビさえもある)メロディックな感受性をサウンドに注ぎ込み、多くの観客を誘惑できるリーダーだった。その象徴的な存在は思いもよらない形で現れた。
1989年、オハイオ州クリーヴランドにあるライト・トラック・スタジオで雑用係をしていたトレント・レズナーは床にワックスをかけていたが、次の週にはアシスタント・エンジニアの役割を任させることになる。自由時間があるとレズナーは、後にインダストリアル・ミュージックを全く新しい未知の領域へと導きながらファンに熱狂的な献身を呼び起こしつつ偶像視される地位を確立することになるデモ作品をレコーディングしていた。
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多くのレコード会社から注目を浴びたレズナーだったが、それに反し、ゴシック・エレクトロニカを世に送ることよりもCMソングなどで知られるインディーズのTVTレコーズと契約を結んだ。ダブのリーダー的存在でOn-U・サウンド・レコーズの共同創立者のエイドリアン・シャーウッドとオルタナティヴ/エレクトロ・ポップの博学者フラッド(どちらもイギリスを拠点とするプロデューサーで、プライマル・スクリーム、デペッシュ・モード、ゲイリー・ニューマン、そしてニュー・オーダーなどの新しいサウンドを生み出す手助けをした)など、人からアドバイスを受け、レズナーのデモは『Pretty Hate Machine』として形作られ、1989年10月20日にナイン・インチ・ネイルズのデビュー・アルバムがリリースされた。
連発するドラム・マシーン、シンセサイザー、そしてサンプリングでリスナーを歓迎するオープニング・トラックの「Head Like A Hole」は、レズナーの恐れ知らずのノイズ・ロッカーとしての資質を証明しているが、そのヴォーカルも同様に衝撃的だった。はっきりとしたメロディックで図々しくもキャッチーなコーラス(大胆な“きみに支配されるぐらいなら死んだほうがいい”と歌うリフレインで充満)は、ほぼ間違いなく初めてインダストリアル・ミュージックがチャートに登場する可能性を示していた。
『Pretty Hate Machine』はUSとUKでそれぞれ75位と67位にランクインしたが、USではプラチナ・ディスクを3枚獲得し、史上最も売れたインディーズ・アルバムの1枚となり、1990年3月にシングルとして「Head Like A Hole」がリリースされるとUKトップ50を突破した。
セカンド・シングル「Sin」はさらに成功を収め、UKでは35位にランクインされ、激しいエレクトロの一斉攻撃と複雑なリリックが特徴の音楽がダンス・ロック界に入り込む余地があることを証明した。「Something I Can Never Have」では冷然としたサウンドスケープへとテンポを緩め、「Sanctified」では病み付きになるループ・ベースラインでダンス・グルーブを作り出し、「Ringfinger」では大胆にもプリンスの「Alphabet St.」をサンプリングしている。
発言の声明として『Pretty Hate Machine』はそれ以上はっきりと何かを伝えることはできないだろう。新しく現れた指導者は、部外者的存在だったジャンルを主流へと詫びることも妥協することもなく押し進めて、揺るぎない殿堂が登場したのだ。
そしてジャンルを定義するサウンドの次作『The Downward Spiral』が発売になるまでファンたちは5年待つことになる。その間、レズナーを真似た多くのインダストリアル・メタル・バンドが現れたが、彼らは決してレズナーの音楽の純粋さと正直さに到達することはなかった。
Written By Jason Draper
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