ザ・ヴァーヴ『A Storm In Heaven』:未来へと導く卓越した1stアルバム
「ハロー、僕だよ。くりかえし、泣き叫んでいる。きみは、そこにいるの?」と言うリチャード・アシュクロフトの声が、吹雪のように勢いあるギターや幽霊のように漂うエコーの間を必死に抜けて届こうとする。まるでヴァーヴ(*発売後の1994年にTheがついたザ・ヴァーヴに改名)のデビュー・アルバムのジャケットに描かれた異世界の洞窟の奥深くにリチャード・アシュクロフトがいるかのように。オープニング・トラック「Star Sail」は、印象的な主旨書である。
ヴァージンのインディペンデント・レーベル、ハットと新しく契約を結んだヴァーヴはすでに何枚ものEPを通じて名声を得ており、90年代初期のブリティッシュ・サイケの砦のような存在となった。ニック・マッケイブの叫ぶギターの音程と音質は、天空へと飛んで行くようなメロディと同じように重要で、リチャード・アシュクロフトの声を包み込み(彼の歌詞は殆どがその場で書かれる)、ベーシストのサイモン・ジョーンズとドラマーのピーター・サリスベリーがグルーヴで後押しする。
「ザ・ヴァーヴは、僕が一緒に仕事をしたいと懇願した数少ないバンドの一つ」とプロデューサーのジョン・レッキーは20年後に思い出しながら、「自分が目にしていることが信じられなかった」と語った。ピンク・フロイドの『The Dark Side Of The Moon(邦題:狂気)』でエンジニアを務め、シド・バレット、ロビン・ヒッチコック、XTCの変名プロジェクトのデュークス・オブ・ストラトスフィアなどと仕事をし、ストーン・ローゼズのデビュー作をプロデュースした彼からの褒め言葉は説得力がある。『A Storm In Heaven』で彼はブリティッシュ・サイケデリアを最高レベルへと押し上げた。
アメリカで流行っていたニヒルなグランジと、ブリット・ポップで出現し始めた皮肉たっぷりのポスト・モダニズムに対抗するように、ヴァーヴはそんな流行は全く気にしていなかった(有名な話であるが、リチャード・アシュクロフトは靴にも興味がなかった)。後に、「スタジオ文化は、80年代のレコーディング技術の美学に縛られていた」と話すニック・マッケイブは、「自分が望んでいたのはテープのエコーとリバーヴだった」と認めている。
「彼はギターをギターのようには扱わなかった」とサイモン・ジョーンズは言う。「ギター・ヒーローになることも望んでなかった。ジミー・ペイジのファンでもなかったし…彼にとって大切だったのは音質だけだった」。
ちょっと変わった(当時はそう思われていた)ミュージシャンであったコクトー・ツインズとカンから影響を受けたニック・マッケイブと、リチャード・アシュクロフトの驚異的な意欲は、契約を結んでからアルバム制作まで期間が短かったにも関わらず、バンドを新たな領域へと押し上げた。「ヴァージンと契約を結んでバンドは最初の頃の要素を捨てた」とニック・マッケイブは言う。「初期のデモはザ・ローリング・ストーンズのようなパワー・ポップだった。『A Storm In Heaven』はそれとは全く関係のない作品に仕上がった」。
アルバムのタイトルはそれ以上に適切なものはないだろう。バンドのダイナミックなふり幅、リチャード・アシュクロフトの人生を肯定し空想にふけるような歌詞こそが、1993年に作られた究極にハイなサウンドを作り出した。そしてギター・エフェクトと寛大な興奮も発揮され、美しいフルートが織り込まれた「Virtual World」やフリー・ジャズっぽいスクロンク(*1980年代はじめ、NYで生まれた騒々しいロック)が新たな音の側面を与える「The Sun The Sea」などが含まれている。ドクター・ジョンのLP『Gris-Gris』がピーター・サリスベリーにとって影響を与えていた(グルーヴがある人がいるとしたら、それはドクター・ジョンのドラマーであるジョン・ブードローだろう)。結果として生まれたのは、ニック・マッケイブが「Beautiful Mind」をそう呼んだように、“イマジネーションの風景”であった。
「殆どが即興だった」とサイモン・ジョーンズは思い出す。初期の頃のシングルをアルバムに収録することを拒んだが、アルバムを作るには充分な曲がなかった。「レコード会社に黙って、適当なことを言っていた僕たちはかなり大胆だったと思う」と言い加える。
しかし当時のメンバーたちはものすごいペースで物事を進展させていた。どんなに演奏しても足りなくて、ジョン・レッキーがどんなにレコーディングをしても足りなかった。リチャード・アシュクロフトは「Blue」のヴォーカルを、レコード会社がマスターテープを受け取るはずの当日朝6時にレコーディングした。そんな混乱した中でも未来へと導く卓越したトラックに仕上がったことがなおさら素晴らしい。セッションの終わりの方で書かれた曲は、ライヴでの自由なパフォーマンスをスタジオ作品へと変換する能力があるヴァーヴにとって転換点となった。1995年の2年後にセカンド・アルバムが作られた頃には彼らはバンド名に‘ザ(The)’を追加し、より計画された曲作りを取り入れた。しかし『A Storm In Heaven』は、今でもヴァーヴにとってのビッグバン(物事の始まり)であり続ける。
Written by Sam Armstrong
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