マルーン5の6作目『Red Pill Blues』制作背景と収録曲の素晴らしさ
ブレイクのきっかけとなったデビュー・アルバム『Songs About Jane』から15年。その後もヒット作を放ち続けて来たマルーン5の6枚目のアルバム『Red Pill Blues』をめぐる盛り上がりは否定しようがない。同作は、2017年11月3日にリリースされた。それまでの長い期間には、前作『V』のツアーが終わりを迎える頃から、2枚の独立したシングルがリリースされていた。
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ケンドリック・ラマーをフィーチャーした「Don’t Wanna Know」は、2016年秋に大ヒットして全米6位、全英5位を記録していた。同曲はバンドの代名詞とも言えるポップ/ロック/ソウルの融合に新たな息吹を吹き込んだ楽曲だ。ラマーが参加したことにより、ヒップ・ホップのリスナーにも受け入れられやすい仕上がりになっている。「Don’t Wanna Know」のミュージック・ビデオは、これまでの彼らのビデオに多かった際どいテーマを廃している。バンドの実情を自ら揶揄しつつ、昆虫の着ぐるみを着たメンバーがポケモンGOのように追われる設定だ。俳優のヴィンス・ヴォーンがカメオ出演している。『Red Pill Blues』の楽曲に対する彼らの自信は、このヒット・シングルをアルバムから外すという決断につながった。マルーン5のヒット・シングルがアルバムにきちんと収録されなかった例は多くない(後に発売されたデラックス・エディションには収録されている)。
その期間にリリースされたもうひとつのシングル「Cold」もアルバムから外れている。ラッパーのフューチャーをゲストに迎えた同曲はバンドのかつての楽曲を思わせるスムースな仕上がりで、全米16位を記録したほか、その他の国でもトップ40位圏内に入っている。ビデオではフロントマンのアダム・レヴィーンによる過去最高のパフォーマンスが見られる。2016年12月にカリフォルニアで撮影された同ビデオは、思わぬ展開が待つ一夜をテーマにしている。この曲のアイデアについて話があると呼ばれたレヴィーンは、あるハウス・パーティに寄り道をすることになる。そこでレヴィーンは飲み物に薬を盛られ、そこからはトリッピーでエフェクトを多用した映像が続く。結果として、このビデオは多くのチャンネルでゴールデン・タイムを外して放映された。
そうしたシングルがラジオや配信を通じて人気を集める中、マルーン5のメンバーはコンウェイ・レコーディング・スタジオに入るようになった。レコーディングを進めていた2017年3月には、メンバーのSNSでアルバムの最初の予告動画をアップしている。しかし相変わらずバンドはライヴ活動に熱心で、レコーディングはライヴ日程の合間に行われていた。結果としてレヴィーンは2017年8月のティーン・チョイス・アワードでようやく、新作が完成間近で11月にリリース予定と発表している。ディケイド・アワードを受賞してキャリアのひとつの節目となった同授賞式でのアナウンスが、アルバムのヒットをより確実なものにしたと言えるだろう。「僕たちはどこにも行かないよ」授賞式でサーフボードを手渡されながらレヴィーンはおどけてみせた。「ずっと表舞台にいる、それってすばらしいことだよ」。
その後彼らは、ほとんど予告もなしにR&Bシンガーのシザとのコラボレーション「What Lovers Do」をリリース。こちらも大ヒットになり、アメリカではトップ10、イギリスでは12位を記録した。ジョセフ・カーン監督による遊び心たっぷりのミュージック・ビデオは皮肉な展開で終わるが、従来のテレビに加え、日に日に重要性を増すインターネットを通じてシングルの売り上げに貢献した。この曲はマルーン5には珍しく、他のアーティストのヒット曲を基にしている。2016年にその曲「Sexual」をヒットさせたNeikedも、このシングルの作曲者としてクレジットされている。多くの意味で「What Lovers Do」は最近のマルーン5らしくない、純粋なポップ・ソングである。だがそこに表れているのは、2010年代にもヒットを連発し力を蓄えてきたバンドの成熟からくる自信なのだ。
そうした自負心は、『Red Pill Blues』での幅広いコラボレーションにも繋がっている。彼ららしいサウンドを損なうことなく流行のポップ・カルチャーを吸収できる、ほとんど唯一無二の存在だと自認しているようにも見える。リスナーの求めるものを感じ取れず苦しむ多くのグループと違い、マルーン5は流行に合わせてアプローチを変えている。「What Lovers Do」はデビュー・アルバム『Songs About Jane』のどの曲ともまったく違う。しかし、その頃から2017年までグループが用いている表現方法にムラはなく一貫している。
マルーン5が同世代のバンドと一線を画しているもうひとつの理由は、強いコンセプトを持ったビデオを作り続けていることだ。エモーショナルなテーマを多く扱いながらも、彼らのビデオには想像力に富んだセンスがいつも発揮されている。2018年1月には『Red Pill Blues』の正式な収録曲からは2枚目となったシングル「Wait」をリリース。プロモ・シングル「Whiskey」の発表に続く同シングルも、この点を如実に表している。かつてのマルーン5の楽曲を思わせるメロディアスでミドル・テンポの同曲にも、刺激的かつ魅力的なビデオが作られた。
「Girls Like You」は2018年の夏に、アルバム・ヴァージョンに手を加えてシングルとしてリリースされた。アルバム終盤に配置された控えめで愛らしい楽曲だが、シングル版はラッパーのカーディ・Bが参加したことでより華やかな仕上がりになっている。シンプルだが手の込んだ同曲のビデオには、多くの著名人がカメオ出演している。だが実際のところ、この曲にはそこまでの助けを借りる必要もなかった。世界中でチャートのトップ10入りを果たし、一気にバンドの人気曲のひとつになった。
マルーン5の驚くべき歴史の中で、最近起こった出来事に触れておきたい。2012年からバンドをサポートしていたサム・ファーラーが正式に加入したことで、彼らは音楽グループとして完全な形になったと言えるだろう。これによって彼らはひとりひとりが要領よくレコーディング作業を進めていけるようになる。そうして、タフで効率的に世界中を回り続けるツアー集団として固くひとつになっていくのだ。この体制下では、彼らは作品のテーマを定めることはしないだろう。どっしりと構えて、なりゆきに任せるようなアプローチをとるはずだ。幅広く形に囚われないゲストを迎え、プロデューサーも多岐に亘るだろう。バンドはそれぞれ楽曲の変化を自然に見守り、仕上がりも別の誰かに委ねるような作品作りをしていく。もちろん、レヴィーンが作曲の中心でありバンドの顔であることは変わらない。
『Red Pill Blues』は、同作のダンス/R&B要素の中核を担うファンキーな楽曲「Best 4 U」で幕を開ける。同作は大胆といえるほど夏にぴったりなアルバムだ。実際、2017年11月にリリースされた同作がこれまでで一番売れたのはその半年後だった。最終曲にふさわしいタイトルの「Closure」を聴けば、太陽が気だるそうに地平線を動く地中海の霞みがかったビーチに瞬間移動した気分になれる。ランチマネー・ルイスをフィーチャーした「Who Am I」は同じリフで進むダンス・ナンバー。電子音が刺激的な名バラード「Lips On You」は、間違いなく『Red Pill Blues』の中でも強烈な印象を残す1曲だ。
このアルバムを聴くと、楽曲が次々に進んでいく印象を受ける。再生時間が短めで、何度も繰り返し聴いてしまうのだ。アルバムの時間を長くできなかった70、80年代をここでも思い出させられる。
『Red Pill Blues』はマルーン5にとって、クラブでの定番アルバムになるはずだ。同作のすべてが今風で新鮮だ。呑気とまでは言わないが(そう言うにしてはよく出来すぎている)、マルーン5のこれまでの作品で一番肩の力が抜けてリラックスしたアルバムだろう。スナップチャットのフィルターを基にした粋なアートワークも、遊び心と実験性を象徴している。レヴィーンが授賞式でこれが最後のアルバムだと言った(彼は焦って撤回した)冗談も、グループが心地よいリズムで過ごしているから出た言葉だろう。次はどこに、最後はどこに進んでいくのだろう。
ライヴのステージこそ、マルーン5がいつも声高に評価される所以である。だが彼らが時代に合ったバンドなのは、自信に満ち、期待を裏切らないポップな作品群や風変わりで革新的なビデオがあるからである。タフで専心的な活動や、流行を取り入れながらオリジナリティを失わないサウンド、ヒットを生み出し続ける良質なソングライティング。そうした要素が、彼らが成功し続けている鍵なのだろう。
レヴィーン率いるマルーン5の最も有名な曲は、ザ・ローリング・ストーンズを題材にしている。最初に聴いたときよりも、その関連性は強くなっている気がする。マルーン5も彼らのように息の長いグループになれるだろうか。今後を見守りたい。
Written By Mark Elliott
マルーン5 『Red Pill Blues』
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マルーン5「Nobody’s Love」
2020年7月24日発売
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マルーン5「Memories」
2019年9月20日配信
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