RECORD STORE DAY 2017
年に2回のレコード・ストア・デイ(以下RSD)も、すっかり定着した感がある。世界的な大イヴェントになり、RSD限定のアナログ盤は毎回 300タイトル以上も出るようになった。人気のアイテムは米英のショップで争奪戦が起こり、日本には1枚も入ってこなかったりするから厄介だが、ショップ主導で始まったRSDがアナログ・レコードの人気再燃を証明しているのもたしか。昨今は、CDさえ買う習慣がなかった“配信世代”がこぞってレコード・プレイヤーを購入し、アナログ盤市場に参戦しているのも話題だ。
CD先進国だった日本では、80年代後半に小売店の棚のほとんどがCD対応になってしまったのも災いして、“アナログ盤の復権”には遅れをとっているが、米英では配信とアナログ盤だけの(CDは最初から出ない)新譜が増えてきたこともあって、「ものを持つならアナログ盤」というのが音楽ファンのあいだで常識になりつつある。
そりゃそうだろう。よほど極端なことをしないかぎり“生”の要素がなくならない音楽を、デジタル・データにしてCDに詰め込むには無理があったからだ。
けれども、音楽のデジタル・データ化は圧倒的に便利だった。ミュージシャンの多くは自分の録音がCDという狭い枠(高低や左右の幅がカッチリ決まっているから自然な倍音成分がCDには入りにくいのだ)の中に収められることを良しとはしなかったが、12cmのディスクに80分も収録できるCDのおかげで創作の制限から解放されたのは喜んだ。90年代後半にハード・ディスク・レコーダーが登場し、“テープに録る”から“コンピュータにデータを取り込む”という形にレコーディング作業自体が変わると、遠く離れた土地に住むミュージシャンがデータを送り合って共演するようにもなり、レコーディングは“新時代”を迎えたのである。
ハード・ディスク・レコーダーはエジソンの蠟缶から始まった近代レコーディング 100年の最終形と言えた。だから最初は手放しで“創作の可能性が無限になった”と喜ばれたのだけれど、アッと言う間にそれが世界に広まったら、今度はCDという“出口”が疑問視され始めたのだ。
デジタル信号は四角い箱を積み重ねたようなものだから、どんなに箱を小さくしても角は消えない。ひとつひとつの楽器を聴感上まったく問題なく録ることはできるのだが、それをいくつも並べると角と角がぶつかり合って、アナログ・レコーディングのような“にじみ”が出ないのだ。今世紀に入ってからは、ハード・ディスク・レコーディングの最後にアナログ・シミュレーターを通して“にじみをつくる”技術が発展、やがてデジタル・フォーマットでは最強のハイレゾが登場した。それまでのデジタル録音が44.1kHz/16bitだったのに対して、96kHz/24bitという容量がハイレゾある。
デジタルが最後にたどり着いたのが“限りなくアナログに近い”という触れ込みのハイレゾというところに、音楽の秘密があるような気もするが、自分でやってみないことには肯定も否定もできない。
というわけで、私は10年ぶりの新アルバムからの第1弾シングル〈街角で「コヨーテ」を聴いた/女は生きる〉をハイレゾ録音、ハイレゾ配信してみた。そうしたら、なかなか良いのだ。演奏の中にある“にじみ”を記録することができるし、“倍音成分の減退”は最小限。仕上がりはたしかに“限りなくアナログに近い”と言える。配信に関しても、ハイレゾ環境が整えられたオーディオならば、レコーディング・スタジオで私がOKを出した音がそのまま聴けると言ってもいいほど、原音は損なわれないのだ。
ところがそれは、高音質が謳われているCD(SHM-CDやBlueSpec)などでも再現できない。現行のCDの規格はすべて44.1kHz/16bit。96kHz/24bitというのは、DVDやBlu-rayの規格だからである。
では、ハイレゾで音源をそのまま“盤”にするのはどうしたらいいかと言えば、96kHz/24bitという容量に対応できるのはアナログ・レコードだけなのだ。
現在のアナログ・レコードは、かつてとは違って、製造の過程(カッティングの段階)で、一度はデジタルにコンバートされるのだが、エンジニアによれば、同じ96kHz/24bitでも配信用データにするときのような“制御”が不能なのがアナログ・レコードの特徴だという。言うことを聞いてくれないわけだ。テクノロジー発展のすえに起こったこの逆転劇、ドラマティックではないか!
なので私も〈街角で「コヨーテ」を聴いた/女は生きる〉をアナログの7インチ・シングルのみでリリースすることにした(5月17日、ディスクユニオン限定発売)。アナログ盤を出すのは30年ぶりだ。それが当たり前だった昔はミュージシャン本人がカッティングに立ち合うことは稀だったので私にもその経験はなく、先日カッティング作業を初めて見てきたのだけれど、旋盤工のようなカッティング・マシーンはまさに“アナログ”で、同じハイレゾ音源を使っても7インチ盤はまったく違う音になった。あらかじめ音を決めても、エンジニアは「切ってみないとわからない」と言う。何回かの“試し切り”を経て完成した盤は、70年代のスワンブ・ロックみたいな音を鳴らしてくれているので、私もバンドのメンバーも大満足だ。
欧米のミュージシャンの多くが、CDを諦め始め、ハイレゾ配信とアナログ盤の両極にリリースを切り替えている理由がよくわかった。自分が録音した音をそのまま聴いてもらいたいと思ったら配信だけれど、それはリスナーひとりひとりのオーディオ環境に“出口”を委ねることになってしまう。そう考えると、適度に粗っぽいアナログ盤の方がなんとなく安心できるのである。
新聞や雑誌でも“アナログ・レコードの復権”を語った記事が増えているが、制作/製造の現場に“バック・トゥ・アナログ”の意識はなく、アナログ盤はむしろ“最新”なのだ。いよいよ“レコードのニュー・エイジが始まった”と捉えるべきだろう。
UNIVERSAL MUSIC STORE内にオープンしたアナログ・レコード専門店「全宇宙レコード」は、そういった最新のトレンドを受けた画期的なウェブ・ショップだ。新品のアナログ・レコードだけをカタログ化しているという意味では、おそらく世界最大級。7月には移籍35周年を記念してBOØWYのオリジナル・アルバム3タイトルが復刻されたり、デビュー30周年に合わせたスピッツのオリジナル・アルバム復刻(15タイトル+ミニ・アルバム)があったりと、国内のアーティストにも積極的なのがレコード会社直営のショップらしいところだ。もちろん海外盤も、ユニバーサルに属するアーティストの現行アナログ盤ならだいたい揃っている。
私が「欲しい!」と思ったのは、ジョージ・ハリスンのオリジナル・アルバムが全部入った豪華なボックス・セット『The George Harrison Vinyl Collection』や、英国の“国民バンド”ステイタス・クォーの7インチ・シングル・ボックス『The Vinyl Singles Collection 1972-1979』、若いバンドとのコラボが素晴らしかったイギー・ポップの最新ライヴ『Post Pop Depression:Live At Royal Albert Hall』といった辺り。箱ものや組ものは高いのと重いのが難点だが、送ってもらえるのは嬉しいし、キャンペーン期間にはグッズも貰えたりと、サーヴィスは悪くない。
全宇宙レコードのおかげでリリースされているのを知った、いまは亡き英国のシンガー・ソングライター、ジョン・マーティンの最新リマスター盤(「The Tumbler」「Bless The Weather」「One World」)も、それらのアルバムが出た60年代末~70年代には日本ではまったく評価されなかった人だけに、オススメしておきたい。エリック・クラプトンのカヴァーで知られる〈メイ・ユー・ネヴァー〉の作者だと説明すれば、フォーク・ロックとAORの中間にいた人だということがわかってもらえるだろうが、そういった旧作も含め、思わずポチッとしたくなるアイテムが揃っているのが全宇宙レコードなのである。
本秀康くんによるキャラクターもかわいいこのショップは、アナログ・レコードの“未来”をつくっていくことになりそうだ。
Written by 和久井光司(総合音楽家)
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