クイーン『世界に捧ぐ / News Of The World』制作秘話:2曲の大ヒット曲を収録した初期回帰作
エリザベス女王在位25周年記念式典と前後して開催された、1977年6月のロンドン、アールズ・コート公演で、熱狂的な観客の声援に迎えられたクイーン。その興奮も冷めやらぬ中、彼らは6枚目のスタジオ・アルバムの制作準備に入った。
アシスタント・プロデューサーのマイク・ストーンと共に、再びサーム・ウェスト・スタジオとウェセックス・スタジオに入ったのは7月のこと。そこで彼らはひとつの決断を下した。つまり、後に『News of the World(世界に捧ぐ)』となる次のアルバムでは、最初の3作のような “より伝統的な”サウンドに立ち返ることにしたのである。
それでも尚そのアルバムは、豊かなマルチ・トラック・アレンジと、ブライアン・メイが持てる力の限りを奮い起こして奏でる、甘美な音色から剃刀の刃のように鋭利なサウンドまでの多彩なギターの響きによって、美しく飾り上げられることとなる。
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クイーンのアプローチは今や、フレディ・マーキュリーをパイプ役に、クラシック・ロック界における唯一無二のものとなっていた。デヴィッド・ボウイに比肩する魅惑、ジミ・ヘンドリックスを彷彿とさせるパイロ炎と途方も無い野望、そしてレッド・ツェッペリンに伍する音的な力技に加え、ザ・ビートルズやビーチ・ボーイズに匹敵する独創性に富んだ迸るハーモニー。その仕上げとなっているのが、マイクを握っていようとピアノの前に座っていようと変わることのない、フレディ・マーキュリーの驚異的なカリスマ性である。それは、普段の彼の控えめで無口な側面とは相容れない一方、他の誰とも異なる独特の味わいをクイーンに授けていた。
スタジアムの音をテープに変換
重要なのは、この頃になるとアリーナやスタジアムでのライヴ・サウンドをテープに落とし込むことにバンドは熟達しており、メンバーそれぞれの貢献度がより高くなっていたということだ。創造性の面では、ベーシストのジョン・ディーコンとドラマーのロジャー・テイラーの両者が、今作の“立役者”となったのである。
新アルバムの幕開け役という栄誉を担ったのはブライアン・メイだが、それは何と見事なオープニングであったことか。足で踏み鳴らすリズムと、迫力に満ちた手拍子によるアレンジを施した「We Will Rock You」は、強い脈動が打ち鳴らされる実質的なアカペラ(本作収録の音源にはベースもドラムも入っていないが、この他に、フル・バンドの演奏による速めの別ヴァージョンもレコーディングされた)で、究極のアンセミック・ロック・トラックだ。そこではフレディ・マーキュリーによる掛け声とリード・ヴォーカル、そして3度繰り返されるブライアン・メイのギターのテープ・ループとが、合唱によるバッキング・ヴォーカルと完璧に噛み合っている。
この曲の構想が生まれたきっかけは、恐らくその数ヵ月前の全英ツアー中、彼らが英中西部スタッフォードのビングリー・ホールで演奏した際に、観客から起きた反応だろう。その夜のオーディエンスは、サッカーの賛歌「You’ll Never Walk Alone」を歌うことで、バンドにアンコールを促した。
率直な感情と、自然発生的に起きたその出来事に感銘を受けたブライアン・メイが、そこから着想を得て誕生したのがこの曲であり、またそのことは「We Are The Champions(伝説のチャンピオン)」にも影響を与えている。言うまでもないことだが、両曲共、後にサッカー場の愛唱歌となり、また数え切れないほどのスポーツ・イベントにおいて、スタジアムの現場とテレビ放送の両方で使用されている。
アドレナリンの過剰摂取
オーバーダヴとディレイを駆使した、アドレナリン過剰な2分間「We Will Rock You」は、1977年10月28日に『News Of The World』がリリースされると、アルバムに初めて針を落としたリスナーを愕然とさせると同時に歓喜へと導いた。このアルバムがオープニング・トラックから即座に聴き手の心を捉えただけでなく、この曲自体もまた、クイーンのライヴに不可欠なナンバーとなった。
そこから自然な流れで次に続くのが、「We Are The Champions」だ。フレディ・マーキュリー作のこのパワー・バラードは、当時革命的なムーヴメントを起こしていたパンク・ロック界から放たれたどんな曲にも負けないほど画期的で、シーンに挑戦状を叩きつけた。アルバムの発表に先立つこと3週間前、「We Will Rock You」をB面として、第一弾シングルのA面に選ばれたのがこの曲である。
2011年には、ロンドン大学ゴールドスミス・カレッジの研究者チームにより、これは史上最もキャッチーなポップ・ソングに選出。また科学者達は、特定の楽曲を対象に何千人ものボランティアを被験者として調査し、結婚式の招待客からクラバーまでが、物怖じすることなく公衆の面前でお気に入りの曲を大声で歌いたくなる理由を解明した。頭の中でこの歌をハミングするだけで、人は“パブロフの犬”のような反応を見せることになるのである。
研究者達は、一緒に口ずさみたくなるヒット曲には、次のような4つの重要な要素があると結論づけた。つまり、長くて細やかなフレーズ(楽句)が含まれていること、曲の“フック”となる部分でピッチが多様に変化すること、男性ヴォーカリストであること、そして男声ヴォーカルが高音部で耳を引く表現を行っていることの4つである。
「We Are The Champions」は、1994年に米国で開催されたFIFAワールドカップの公式テーマソングとして使用され、サッカー・アンセムを起源とする同曲がサッカー・アンセムになるという形で、丸一周を果たした。
オーディエンスを巻き込んで
ここでもう一度、曲の考察に戻ろう。ライヴで観客に合唱してもらうことを念頭にこの曲が書かれたとすれば、それは完璧に成功している。フレディ・マーキュリーが奏でる複雑でジャジーなピアノ・パートに、響き渡る四部および五部のヴォーカル・ハーモニー、大音量のロック・スタイルで奏でられる途方も無いほど手の込んだリード・ライン、そしてオペラ調のファルセット等、細部へのこだわりは、いかにも感情の本能性を覆い隠しているようだ。最終的に、同シングルは全英2位、全米4位の最高位を記録。セールスは500万枚以上に達した。
次の「Sheer Heart Attack」は、同名アルバムが1974年に出た際、半分完成していたものの、リリースには間に合わなかったという事情があった。デモでは作詞・曲を手がけたロジャー・テイラーがリード・ヴォーカルを取っており、それにアレンジを加える形でバンドが手直しを行い、メイン・ヴォーカルにはフレディ・マーキュリーの方がより適していると判断されたことから、ロジャー・テイラーはバック・コーラスに回っている。
とはいえ、これはやはりロジャーの作品で、新たに書き直された歌詞は、守旧派を誹謗するニュー・ウェイヴ勢に対する間接的な反論となっている。素晴らしいリズム・ギターとベースは、ロジャー・テイラーの演奏によるもの。そしてブライアン・メイが、刺激的なリフをそこに加えている。
ありそうでなかったインスピレーション
「All Dead, All Dead」はブライアン・メイの曲で、「知っての通り、僕の小さな友達は皆死んでしまった」「僕は年老いているが、まだ子供だ」という不可解な歌詞が好奇心をそそる。この曲に漂う禍々しい雰囲気の一端は、実のところ、ブライアン・メイ一家が可愛がっていた愛猫の死に由来しているとのこと。ブライアン・メイがヴォーカルを担当している他、フレディ・マーキュリーが素敵なピアノを奏でている。
夏に行われたセッションにジョン・ディーコンが持ち込んだのが、「Spread Your Wings(永遠の翼)」だ。これは洗練されたロック・バラードで、ミュージシャン4人が気を引き締め、丁寧な演奏に注力。オーヴァーダブ加工したジョンのアコースティック・ギターが、フレディ・マーキュリーの歌い上げる物語にメロディを添えている。
歌詞の悲観的な性格を考えると、シングルとしては珍しい選択であったが、アウトロのインスト部分をラジオ向けに省略した同シングルは、全英チャートで34位を記録した1979年には、全米1位に輝いたシングル「Crazy Little Thing Called Love(愛という名の欲望)」のB面として再収録。これはバンドにとって、1970年代最後の7インチ・シングルとなった。
ロジャー・テイラー作の「Fight From The Inside(秘めたる炎)」について、ローリング・ストーン誌は「機関銃から発射されたスローガンのよう」であり、“軍事革命政権”の樹立を求める呼び掛けを、パンク社会学の考察と交雑させていると評していた。後にガンズ・アンド・ローゼズのスラッシュは、この曲でブライアン・メイが弾いているリフを史上最高だと絶賛。また「Sheer Heart Attack」同様、ロジャー・テイラーはジョン・ディーコンのベースを借りて弾いており、殆ど彼のソロ曲のような形となっている。
ライヴハウス時代への回帰
オリジナルのアナログ盤B面の冒頭を飾る、フレディ・マーキュリー作の「Get Down, Make Love」は、緊張感に満ちた官能的かつサイケデリックな曲で、ライヴハウス時代のクイーンが復活したかのような強力なチューンだ。しかしそこから発展を遂げ、ドラム・ソロが繰り広げられる余地を持たせており、やがてライヴの人気曲となる。
だが、それがあらゆる要素を備えた伝統的なクイーンの曲だとすれば、次の「Sleeping On The Sidewalk(うつろな人生)」は、英国的スタイルから故意に逸脱していると言えよう。ブライアン・メイは、テキサスのブルース・マンのようにこの曲を扱っており、ウィットに富んだその歌詞では、無一文から大金持ちになって再び貧乏暮らしへと戻る、トランペット奏者を目指す男の立身出世物語が描かれている。音楽業界に対する意味ありげな洞察や、才能の持ち主を巧みに描き出す視点から、しばしば本曲は、ZZトップやエリック・クラプトンに例えられてきた。
カウベルやマラカス、スパニッシュ・ギターを取り入れた、ジョン・ディーコンの曲「Who Needs You(恋のゆくえ)」もまた、典型的なクイーン様式からの逸脱だ。一方、ブライアン・メイの「It’s Late」は、ブルージーな三幕構成の物語で、人生という旅路で人が経験する苦悩を描き出している。ブライアン・メイはここで、ハンマリング奏法やタッピング奏法といったギター・テクニックを採用。それについてブライアン・メイは、ZZトップのビリー・ギボンズを称えているが、彼は恐らくそのアイディアをT・ボーン・ウォーカーから得たと思われる。
本曲を短く編集したヴァージョンが、シングルとして英国以外の数ヵ国でリリース。またニルヴァーナのカート・コバーンもこの曲を非常に気に入っていたことから、高い評価を受けたドキュメンタリー映画『Kurt Cobain: About a Son』のサウンドトラック・アルバムでは、アーロ・ガスリーとチープ・トリックの曲に挟まれる形で収録されている。
フレディ・マーキュリー作の「My Melancholy Blues」は、アルバムを締め括るナンバーとしては完璧であり、数多くのロマンティックなクイーン・ファンに最も愛されている曲だ。酔わせるような魅力に溢れたジャジーなこのピアノ・ブルースは、紫煙の立ち込めるナイト・クラブのエンターテイナーを彷彿とさせ、ホーギー・カーマイケルとエラ・フィッツジェラルドの夢の共演といったところ。スタジオに物哀しい星屑を撒き散らしながら、フレディ・マーキュリーを最高に輝かせており、正に彼の本領発揮と言える。
アルバム『News Of The World』が店頭に並ぶ3週間前、クイーンはツアーに復帰。公演初日はほぼ極秘状態のシークレット・ライヴで、コヴェント・ガーデン地区の一角(ドゥルリー・レーンとパーカー・ストリートが交わる角)に位置する、当時改装して間もないニュー・ロンドン劇場で行われた。ミュージック・ホールやミュージカル全般との関連で名高いこの劇場は、「We Are The Champions」のビデオ・クリップを撮影したことでも知られる理想的な会場であった。ファン・クラブ会員から選ばれたその日の観客は、クイーンのキャリアにおいては殆ど最後とも言える、こじんまりとした会場でバンドを間近に観られる貴重なライヴを堪能した。
11月、バンドは北米へと出発。それから間もなくアルバムは、全米3位の好成績を記録した。その北米ツアーでは、最強のロック・アクト勢にとっても伝説的な試練の場として知られるデトロイトのコボ・ホールで、二夜にわたり記念すべき大成功を収めた他、マディソン・スクエア・ガーデンへの帰還や、ネバダ州からカリフォルニア州へと抜ける西部への旅を果たしている。
クリスマスを故郷で過ごすため、彼らは英国に戻ったが、そこでは恐らくロサンゼルス・タイムズ紙によるレビューの反響について、考えを巡らせていたことだろう。同紙の評で、クイーンは「史上最も壮麗に演出され、精巧に磨き上げられたショー」を生み出していると賞賛を受けていた。
ニュースは世に伝わった。世界がそれを待っていた。1977年という女王在位25周年記念の年は、とにかく最高に素晴らしい1年だったのではなかろうか。
Written By Max Bell
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クイーン『News Of The World』
1977年10月28日発売
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