ノラ・ジョーンズ『Little Broken Hearts』解説:多くの苦痛を芸術に昇華させたアルバム
ニューヨーク生まれのシンガーソングライター、ノラ・ジョーンズ(Norah Jones)が5枚目のアルバム『Little Broken Hearts(リトル・ブロークン・ハーツ)』を作るきっかけとなったのは、プロデューサーのデンジャー・マウスとの出会いだった。
2011年、デンジャー・マウス (本名ブライアン・バートン) はダニエル・ルッピとのコラボレーション作品『Rome』を発表。バートンは、2007年にR&Bデュオのナール・バークレーで名を挙げたあと、ゴリラズ、ベック、ザ・ブラック・キーズを手がけ、2009年にはノラとも手を組んだ。ノラは『Rome』では3曲に参加。そしてバートンと共にスタジオに入った彼女は、『Little Broken Hearts』の制作に取りかかった。
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「自分の安全地帯の外に出た状態だった」
ノラとデンジャー・マウスのコラボレーションは、意外な顔合わせだった。長年のファンたちは、彼女のジャズ色やカントリー色の強いバラードに慣れ親しんできた。しかし『Little Broken Hearts』に収録された12曲は、かなり異なる音楽性で仕上げられていたのだ。
それまでの4枚のアルバムでは、ノラはスタジオ入りする前にすべての曲を完成させていた。しかし『Little Broken Hearts』は、自然発生的な流れが特徴となっている。ノラはどういう曲になるのかまったく予期せぬままスタジオ入りしたのだ。彼女は『ローリング・ストーン』誌のインタビューでこう明かしている。
「何の用意もなくスタジオ入りして、ゼロの状態から曲作りをするのは初めての経験でした。それまではレコーディングでベースを弾いたことなんか一度もありませんでしたし、自分の安全地帯の外に出た状態でした」
とはいえバートンと一緒にスタジオ入りしたノラは、すぐに自分の本領を発揮した (バートンはこのアルバムの収録曲すべてを共作している) 。当時のノラは、恋人と破局したあとで傷ついた心を癒している最中だった。『Little Broken Hearts』での彼女は、その苦しみをとても興味深い万華鏡のようなコンセプトアルバムに昇華させた。
「ひどい状態をくぐり抜けたあとは前よりもいい曲が作れるようになる……そんな話はあちらこちらで度々耳にしていました。本当に最低な話だけど、確かにそれは本当のことでしたね」
悲しみや喪失感をうまくやり過ごす
このアルバムが発売される前、ブルーノート・レーベルは第1弾シングルとして「Happy Pills」を発表した。これは、失恋の亡霊を振り払おうとするポップ・ロック作品であり、それまでにノラが出してきたどの曲とも大きく違っていた。このシングルで、ノラは『ビルボード』のホット・ロック・ソングズ・チャートに初めて顔を見せ、最高44位を記録した。
「Good Morning」は、宇宙的な雰囲気が漂うキーボード・サウンドで仕上げられたフォーク・ソング。一方「Say Goodbye」は、ポップ色がかなり強い曲になっていた。これは「別離」をテーマとした曲だったが、雰囲気は沈鬱というよりも明朗だった。またアルバムのタイトル曲はサイケデリックなエフェクトが彩りを添え、微妙な陶酔感を醸し出している。
音数の少ないアレンジの「She’s 22」では、ノラはゆっくりとアコースティックギターを弾きながら、哲学的に黙想している。そこで考えているのは、別れた恋人の今の生活で自分の代わりを務めている別の女性のことだ。「Take It Back」も、やはり悲しみや喪失感をテーマとした曲。しかしここではそれが詩的に表現されており、「After The Fall」とドラマティックな対照をなしている。「After The Fall」はこのアルバムの中でも一際目立っている曲で、バートンの奏でるギター、シンセサイザー、ピアノ、ストリングスの上でこの世のものとは思われないノラのヴォーカルが舞っている。
「このアルバムで大事だったのは、言う必要があったことを口にすることだった」
不貞をテーマとした「4 Broken Hearts」はアーシーな雰囲気が強い曲。ボトルネック・ギターがアクセントをつける中、ドラム・ビートの上でノラは悲しげなヴォーカルを響かせている。これと鋭い対照を描くのが、別離の苦しみを歌った「Travelin’ On」 だ。ここでは陰鬱なチェロが哀感を増幅させている。「Out On The Road」は聴く者を魅惑するような曲で、新たな視界が開けてくることをテーマとしている。こちらは騒々しいギターがカントリー・ポップのような感触を作り出している。
一方「Miriam」は全体的に暗めのトーンが支配している。ここで取り上げられるのは、恋愛関係にピリオドを打った女性の物語。裏切りをテーマとしたこの曲で、ノラは復讐心を歌詞の中で描いている。
Now I’m not the jealous type / Never been the killing kind
私はジェラシーを抱くタイプではないし / 男を悩殺するタイプではなかった
ただし最後のヴァースは、かなりショッキングな一節を含んでいる
I’m gonna smile when I take your life
あなたの命を奪い取るとき、私は微笑むでしょう
「あのアルバムの中には苦痛がたくさん含まれている」
『Little Broken Hearts』では従来のアルバムとは異なったアプローチが取られたが、だからといってノラの忠実なファンが離れることはなかった。2012年4月25日に発表されたこのアルバムは評論家から絶賛され、全米ポップ・チャートで最高2位を記録。ヨーロッパのいくつかの国ではアルバム・チャートの首位を獲得し、全英チャートでは最高4位に達した。
この『Little Broken Hearts』は、駄目になった恋愛の検死報告のようなアルバムだった。これは、失恋をテーマとした最近のアルバムの中でも最高の部類に入る1枚と言えるだろう。とはいえノラにとっては、このアルバムの制作は魂が洗われるような経験であり、失恋につきまとう悲しみや喪失感をうまくやり過ごすのに役立った。最終的には、これはポジティブな経験となったのだ。
2012年、ノラはこのアルバムのプロモーション活動中にこう告白している。
「今はもう悲しくないけれど、あのアルバムの中には苦痛がたくさん含まれているんです。自分の感じたことを口に出して、それをテープに記録できて、すごくいい気分でした。そうすることで私は本当に幸せになれた。このアルバムで大事だったのは、言う必要があったことを口にすることでした」
Written By Charles Waring
ノラ・ジョーンズ『Little Broken Hearts』
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