パブリック・エネミーの最高傑作『It Takes A Nation Of Millions To Hold Us Back』徹底解説

Published on

ヒップホップ界では、グループの1stアルバムが最大のヒット作にして最高傑作となることも少なくない。だが、パブリック・エネミー(Public Enemy)は例外だった。

1988年6月28日にリリースされた『It Takes A Nation Of Millions To Hold Us Back』は、彼らにとって2作目のアルバムである。タイトルこそデビュー作の収録曲の歌詞から取られたものだが、この2ndアルバムは、その純粋な完成度の高さで前作を凌駕していた。

そのことはそれ自体で大きな意味を持っていた。というのは、前作『Yo! Bum Rush The Show』も十分な傑作だったからである。しかし、その1stアルバムしか残していなかったとしたら、パブリック・エネミーはヒップホップ界でカルト的な人気を得るにとどまっていただろう。

彼らは『It Takes A Nation Of Millions To Hold Us Back』を作り上げたからこそ、伝説的なグループ、カルチャーの象徴的存在、最新鋭のブラック・ミュージックの代表格へと成長を遂げることができた。その様子はまるで、彼らが1stアルバム以上の潜在能力を突如として自分たちの中に見出したかのようだった。そして彼らは、誰にも見抜かれていなかったその潜在能力をすぐに開花させてしまったのである。

<関連記事>
パブリック・エネミー「Fight the Power」の背景
チャックDが自身の名盤『It Takes A Nation~』を語る

 

“ヒップホップ界の黙示録”

作品にこもった怒り、楽曲で語られるメッセージ、強烈なエネルギー。それがこの作品の大きな魅力だ。特に、聴き始めたばかりで作品のメッセージがまだ頭に叩き込まれていないころに感じるエネルギーには凄まじいものがある。それはまるでパブリック・エネミーの面々が、通常の限界を超えた生命力をアルバムに込めたかのようだ。もしスタジオに備え付けられた音量メーターでエネルギー量まで測れたなら、きっと赤い領域を振り切って、針が飛んでしまっていたことだろう。

彼らはこれほどのものをどうやって作り上げたのだろうか。それがある種の奇跡であることは間違いないが、それでも同アルバムは人間の想像の産物であり、そこにはボム・スクワッドのハンク・ショックリーとエリック・サドラーの見事なスタジオ技術が凝縮されている。そんな同作では、ビート、押韻、そしてノイズによって“ヒップホップ界の黙示録”と呼ぶべき音世界が作り出されている。制作中の仮題が『Countdown To Armageddon』であったことも頷ける内容だ(訳注:”Armageddon”は、黙示録に記された世界最終戦争を意味する)。

また、同作ではテンポを速くして猛スピードのヒップホップを展開したり、音量を上げたりといったことが意識的に行われている。そして、このアルバムは大きな物議を醸し、パブリック・エネミーは音楽業界随一の“問題児”となった。熱心なファンでさえ彼らに非難を浴びせるほどだったのだ。しかし、彼らが“ルール”に従おうとしなかったのは、ルールなど現実には存在せず、ルールだと思われていたのが単なる古い慣習だったからにすぎない。パブリック・エネミーの面々はそのことを見抜き、メッセージを伝えるために必要なことをしただけだった。だが、当初はそのことが世間に伝わっていなかったのだ。

“ブラック”すぎる? そして強烈すぎるアルバム

『It Takes A Nation Of Millions To Hold Us Back』は、ライヴのステージにグループを呼び込む声で幕を開ける。使用されているのはロンドンのハマースミス・オデオンで録音された英国のラジオDJ、デイヴ・ピアースの声である。それに続いてサイレン、歓声、ホイッスルの音が臨場感を演出すると、プロフェッサー・グリフがロンドンの観衆に向けて終末の到来を告げる。そこからアルバムは本編へと入っていく。

「Bring The Noise」でまず聴こえてくるのは、「Too Black, too strong /ブラックすぎて、強烈すぎる」というマルコムXの肉声だ。そのあと、チャックDが「Bass! How low can you go? / ベース!どれだけ低い音を出せる?」と第一声を発する。彼はこの1作を通して釣り針のように心に突き刺さるフレーズを次々に放っているが、これもその一つだ。

チャックはフレイヴァー・フレイヴの完璧なサポートを得て、ヒップホップ界、ならびにアメリカに生きる黒人としてのグループの立ち位置について複雑な持論を展開していく。実に彼らしい語り口だが、この曲でのそれを超えるものはない。数々のサンプリングやターミネーターXの猛烈なスクラッチが華を添える「Bring The Noise」は、1曲のうちに秩序と無秩序が入り混じったナンバーなのである。

第二のキラー・チューンはそのすぐあとに待ち構えている。それが「Don’t Believe The Hype」だ。テンポこそ遅めだがこちらもパワフルなビートの1曲で、ここでもチャックDがグループを取り巻く状況を分析している。彼は、同胞たちだけでなくすべての人を啓蒙するためにパブリック・エネミーが存在していると説く。

また、自社の利益を優先して黒人たちの発信するメッセージを真面目に取り上げないメディアや音楽業界の考え方に従うつもりがないこと ―― その姿勢は、漂白剤のブランド名が登場する巧妙な一節によく表れている ―― を明確に示している。

“啓蒙?” 彼らは単なる音楽グループのはずではないのか。確かにそうともいえるが、一方で彼らにはメッセージを伝える使命もあった。ホーン隊の演奏がリードするJB’sの「The Grunt」の一部分が絶え間なく繰り返される「Night Of The Living Baseheads」はその好例である。

同曲では、コカインにすべてを奪われる貧民街の住人たちのおぞましい実情が語られる。その冒頭では、そんな惨状を生んだ原因の一つの説明として、ネーション・オブ・イスラムのハリド・アブドゥル・ムハンマドの肉声も使用されている。また、チャックDはリリックの中で、ほかのラッパー ―― LL・クール・J、ステッツァソニックのダディOなど ―― やその作品にも言及している。

批評家たちはパブリック・エネミーについて、ヒップホップ界の中心からは一線を画したグループとして扱っていた。彼らの存在を真面目に捉えることで、彼らを批判の矢面に立たせていたのである。しかしチャックのリリックからも明らかなように、彼らは紛れもないヒップホップ・グループの一つとしてキャリアをスタートさせていたし、そうであり続けてきた。彼らはその上で、ヒップホップ界にほとんど類を見ないほどの人気を獲得したのである。

 

 “絶え間ない抗争”

「Rebel Without A Pause」でも「The Grunt」がサンプリングされているが、ここでの使われ方は少々異なる。同曲ではジェームス・ブラウンの「Funky Drummer」のサンプリングを使用しているほか、フレイヴァー・フレイヴもドラムを演奏。それにより、ライヴ感の強いグルーヴに仕上がった。これだけでも耳への刺激が強いトラックだが、DJのターミネーターXはさらに”トランスフォーマー・スクラッチ”を応用したプレイを披露している。

また、ここでのチャックのリリックは二つのレベルで機能している。つまり、権力に抗い続けるという彼らの考え方を説きながら、高いラップ技術を見せつけることで他を寄せ付けぬ実力を誇示してもいるのだ。自らの優位性をほかのラッパーに示すのは、ヒップホップ界の常套手段なのである。

他方、「Black Steel In The Hour Of Chaos」はヒップホップ界でも屈指にファンキーなナンバー。徴兵逃れをしたチャックが刑務所からの脱獄を計画するという内容の1曲である。ここでの彼のラップは、分が悪い自身の状況をしっかり認識し、目的を達成するために怒りを押さえ込んでいるかのように聴こえる。長尺で、ダークで、刺激的で、重厚な同曲は、いまも聴く者に強烈な印象を与える。

また、ヒップホップ界には、自らの音楽の存在意義やその受け取られ方を内省的に見つめる楽曲も少なくない。「Caught, Can We Get A Witness?」は、その手法をさらに発展させた1曲だ。そこではサンプリングや著作権の問題、そして黒人たちによる画期的な作品を模倣するポップ・ミュージックなどについて語られる。

他方、強力なグルーヴが印象的な「Cold Lampin’ With Flavor」はフレイヴァー・フレイヴが大活躍する楽曲だ。同曲は「パブリック・エネミーの楽曲はもう二度とプレイしない」と断言するニューヨークのラジオDJ、ミスター・マジックの声で幕を開ける。フレイヴは1曲を通して、自身のライフスタイルについて ―― 首から下げた時計の謎についても ―― 説明していく。その語り口は型にはまらないスタイルで、内容にも一見して一貫性はみられない。

そんな「Cold Lampin’ With Flavor」は1988年のヒップホップを象徴するような楽曲だが、そのことはDJのターミネーターXを主役に据えた「Terminator X At The Edge Of Panic」―― 聴けば勝手に体が動いてしまう名演だ ―― にも言える。

また、ビートのみで構成される「Security Of The First World」や、同じくほとんどインストゥルメンタルに近い「Show ‘Em Whatcha Got」や「Mind Terrorist」などのトラックは、ほかの楽曲で提示されたメッセージを噛みしめるための休息時間として機能している。運動した翌日に筋肉を休ませるのと似たようなものである。

「Party For Your Right To Fight」はパブリック・エネミーの考え方を改めて要約しつつ、ブラック・パンサー党やイライジャ・ムハンマドについても語られる1曲。この曲はフレイヴとチャックの声がステレオの各チャンネルから同時に聴こえてくる作りになっている。だからDJミキサーを持っている人は、二人の声をいっぺんに聴くか片方ずつ聴くか選ぶこともできる。それこそがバランス・コントロールの存在意義なのだ。

「Louder Than A Bomb」は何があっても自身の考えを発信し続けるというチャックの意思が表れたナンバー。また、「She Watch Channel Zero?!」におけるハードなロック・サウンドは、ぼんやりとテレビに見とれるリスナーを現実に引き戻すことだろう。同曲で彼らは、まるでバーケイズの楽曲を扱うようにいとも容易くスレイヤーのサンプル音源を取り入れている。

そして「Prophets Of Rage」は、アルバムの終盤にひっそりと配されるには強力すぎる1曲だ。そのリリックはヒップホップらしい自己主張と、物議を醸すような攻撃的な言葉で溢れている。

 

史上最高のヒップホップ・アルバム?

『It Takes A Nation Of Millions To Hold Us Back』の発表によりパブリック・エネミーは、“ロック”の評論家のあいだで重要と考えられていたヒップホップ界の最前線に躍り出ることとなった。そのことは彼らにとっての利益となった一方で、重荷にもなった。

もともと同アルバムは、ヒップホップのリスナーを目覚めさせ、抑圧される人びとの心に響くよう作られたものだった。だが実際のところ、同作がブラック・アルバム・チャートの首位に輝き、プラチナ・ディスクにも認定されたのは、教養のある大学生や白人のファンたちがアルバムを買ったおかげでもあったのだ。その上、彼らが取って代わろうとしていた“社会的メッセージの薄いヒップホップ”も廃れることはなかった。

パブリック・エネミーが白人社会からの注目を集めたことは、その攻撃的なリリックが非難の的になることを意味してもいた。結果として彼らのリリックは細かく分析され、そのことは翌年にかけての活動や次なるアルバム『Fear Of A Black Planet』の制作に多大な影響を与えることになった。

だが、このアルバム『It Takes A Nation Of Millions To Hold Us Back』の当時の評価はもはや何の意味も持たない。重要なのは、同作に力強いメッセージがこもっていたという事実だ。同アルバムは、アフリカ系アメリカ人の地位向上に向けた社会運動 ―― つまり、新たな世代のブラック・パワー運動 ―― の再燃を宣言したのである。また、同作は音楽の面でも後進のサウンドを一変させた。実際、パブリック・エネミーの名プロデュース・チームであるボム・スクワッドを手本としたラップ・グループは無数に存在する。信じられないほどの数の音を同作に盛り込んだ彼らの功績はそれほどに大きかったのである。

多くのファンや批評家が、『It Takes A Nation Of Millions To Hold Us Back』を”史上最高のヒップホップ・アルバム”に挙げる。こうした話題は常に主観に左右されるが、ひとたびこの音世界に没入すれば、その評価を真っ向から否定することは誰にもできないはずだ。

Written By Ian McCann



パブリック・エネミー『It Takes A Nation Of Millions To Hold Us Back』
1988年6月28日発売
LPiTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music



Share this story

Don't Miss

{"vars":{"account":"UA-90870517-1"},"triggers":{"trackPageview":{"on":"visible","request":"pageview"}}}
モバイルバージョンを終了