コメディ・ソングの次元を変えたモンティ・パイソンの名曲が語り継がれる理由
コメディ・ソングは扱いが難しい。初めは面白さに目がいくが、ジョークばかりでは聴き手もうんざりしてしまう。その間に悪い意味でメロディも頭から離れなくなる。そのうち聴き手は耳を切り落としたくもなるだろう。最悪なのは、歌い手がしばしば自分たちのユーモアに浸って、ジョークが全く面白くないことにも気づかないことだ。これではナンセンスな歌詞をしょうもないメロディに乗せただけである。
また、コメディはすぐに古くなってしまう。ジョージ・フォーンビーやグーンズは間違いなく、そんな中で普遍的な魅力を持った稀有な例だ。だが正直な話、「Eeh! Ah! Oh! Ooh!」を今でも聴いているという人がいるのだろうか。
だがモンティ・パイソンはすべてを変えた。それは1969年12月14日に初めて放送された『空飛ぶモンティ・パイソン』の第9話に登場する「The Lumberjack Song(木こりの歌)」をきっかけとするところが大きい。この曲、確かに歌詞はしょうもない。
「僕は木を切る、ハイヒールを履いて/サスペンダーにブラもつけて/女の子みたいになりたい/僕の大好きなパパみたいに」
しかし、この曲にはそれまでのコメディ・ソングにほとんど見られなかった要素が含まれている。それは哀感だ。同曲の歌詞の別の側面を見ればわかってもらえるだろう。彼らは「やりたくもない何かをすること」、あるいは「なりたくもない何かであること」に縛られた人物に声を与える。「The Lumberjack Song」の魅力は時を経ても損なわれていない。それはモンティ・パイソンのコーラスが乗ったメロディが本当に頭から離れなくなるだけでなく、人間の本質への理解を歌っているからである。これは当時のコメディには珍しかった。叶わない願いや望まない人生への我々の不安感を取り込んだのである。
モンティ・パイソンの結成が1969年の終わりだという事実は何ら不思議ではない。60年代のうちに、ポップ・ソングはひとつのアートに押し上げられていった。コメディ・ソングにも同じことが起きるべきだろう。『空飛ぶモンティ・パイソン』の4つのシーズンを通して、モンティ・パイソンは作品に磨きをかけていった。テレビ番組だけでなく、レコードについても同様だった。複雑かつ周到に制作されたすばらしいレコードの数々は、同時代のロック・グループが発表していたコンセプト・アルバムと同程度の芸術性を備えている。
結成から10年、モンティ・パイソンは音楽的なピークを迎えることになる。映画『ライフ・オブ・ブライアン』のエンディングを飾る「Always Look On The Bright Side Of Life」は、革新的なコメディを生み出してきた彼らの10年の歴史すべてを凝縮したような1曲だ。同曲は、どんなに不利な状況でも危機的状況を笑い飛ばして諦めないで、と哀願するように歌われている。だが同曲は逆境に対して根気強く立ち向かうイギリス人の性質を茶化してもいる。映画を通してモンティ・パイソンが伝えようとする説教と同じ、人生の教訓を歌う楽曲である。ウィットに富み、人間の本質を洞察した同曲が1989年の編集盤『Monty Python Sings』に先立って発表されたシングルに「The Lumberjack Song」と合わせて収録されたことはおそらく必然だろう。
モンティ・パイソンが以降のコメディに与えた影響に疑いはなく、よく語られているところでもある。現代のコント番組や風刺的な映画、アナーキーなコメディアンたちはすべて、モンティ・パイソンの驚くほど現代的な作品群の潮流にある。だが彼らが音楽界に果たした役割も忘れてはならない。モンティ・パイソンが作った洗練されたコメディ音楽の原型は、昨今のティム・ミンチンやビル・バーに受け継がれている。また、90年代には『ザ・シンプソンズ』に影響を与え、2011年には『サウス・パーク』のクリエイターであるトレイ・パーカーとマット・ストーンがミュージカル『ブック・オブ・モルモン』の中で形にしてみせた。
モンディ・パイソンのメッセージは正しい。人生はばかばかしく、死を迎えれば終わってしまうものだ。だがモンティ・パイソンは人間の本質を描いてみせたことで、人々を笑わせ続けてきた。だからこそ彼らの楽曲は、長い歳月を経た今も、その価値を些かも失っていないのである。
Written By Sam Armstrong
モンティ・パイソン『Monty Python Sings Again』