カリスマ的フロントマン、INXSのマイケル・ハッチェンスを偲んで

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INXSのマイケル・ハッチェンスのように、ステージやスタジオに君臨するフロントマンというのは、ロックの世界に数えるほどしか存在しない。彼は1997年11月22日に亡くなった。彼の死によって空いた穴は、そうそうふさがるものではない。

ハッチェンスの没後20年にあたる2017年、デンマークのモデル/写真家のヘレナ・クリステンセンが次のようなコメントを公式追悼サイトに寄せた。

「ねえマイケル、今日、あなたのことを考えていた。あなたが亡くなって20年が過ぎたから。実のところ、あなたのことはしょっちゅう考えている。あなたの歌声を耳にするたびに。場所とか、言葉とか、香りとか、何かのきっかけであなたのことを思い出すたびに……あなたのことを思い出すと、たいてい微笑んでしまうし、大笑いしてしまうこともある。あなたは、本当に独特なユーモアの持ち主だった。ただただ子供っぽく、一緒に愉快なことをした思い出がたくさんある。そういう場面が一番の思い出になっている」

「あなたは、とてつもない才能を世の人に見せてくれた。いろんなことに共感する優しい気持ちでたくさんの人たちを感動させてきた。けれども、プライベートな面であなたを知ることができたのは、数少ない人間だけが経験できる特別な名誉だった。あなたが、素敵で好奇心が強くて思いやりがあって鋭くて面白い人だっていうことを知ることができたのだから。あなたは、あの素晴らしい声という見事なプレゼントを私たちに残してくれた。あの声は何度も何度も聞き返すことができるし、そのたびに感謝の気持ちで一杯になる。毎年夏になると、暗いスミレ色の空の下で私たちは集まってINXSを聞き返す。セミが鳴く中、あなたの思い出が語られ、みんなが笑顔になり抱き合う。あなたは、今もまださまざまなかたちで私たちと一緒にいるの……」

ハッチェンスの悲劇的な死の状況に関して、ここであまり長々と説明する必要はないだろう。しかし、彼のたぐいまれなるカリスマ性とアーティストとして残した作品の数々は、いくら讃えても讃えきれない 。彼はINXSだけでなく、ソロやマックスQといったサイド・プロジェクトでも活動していた。2017年10月下旬には、シドニーでINXSの功績を讃える大きなイベントも行われた。

ハッチェンスの継母スージーは、サイトでこう追悼のコメントしている。

「マイケル、あなたがいなくなってから20年経ったなんて、とても信じられない。あなたと、やはりカリスマ的だったあなたの父ケランド、あなたの弟レットと一緒に素晴らしい時間を過ごせたおかげで、私はとても誇らしく感じています。ヘレナや他の友達のコメントを読んだあとでは、もうあまり付け足せることはありません。本当に素晴らしかった人物の思い出を、これほど見事に語ってもらえたのだから」

「あなたの短い旅のあいだ、私たちの多くは人生が豊かになった。けれどもあなたが遺してくれた一番の宝物は、あなたの音楽の中にあります。あなたの娘、ヘヴンリー・ヒラーニ・タイガー・リリーの中にあります。あなたはきっと、タイガー・リリーのことをとてもとても誇りに思うでしょう。彼女はあなたの血をひいて、私達に喜びを与えてくれています。お祖父さんのケランドから、あなた自身を経て、「マイケルの盆栽」であるタイガー・リリー(これは、あの子のお母さんがつけた呼び名)へと受け継がれたものがある。いつまでも永遠にあなたを愛しています」

U2のラリー・マレン・ジュニアは同じサイトで以下のようにコメントしている。

「リード・シンガーは、他のバンドのリード・シンガーとしか付き合わないことがある。その手のエゴが強い人もいるけれども、マイケルはまったくそういう感じではなかった。本当にいい奴だったし、知り合った人間すべてにとって魅力的な人間だった。そして彼は素晴らしいポップ・スターだった」

 Written By Paul Sexton


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