メガデス『Risk』解説:賭けに出たバンドが驚くべき変貌を遂げたアルバム
結成から16年の歳月と、7作のアルバムのリリースを経て発表された『Risk』はその名が示す通り、ギャンブル性の高いアルバムだった。
メガデスは1990年代を通して、バンドのルーツであるスラッシュ・メタルから徐々に遠ざかっていき、1992年のブレイク作『Countdown To Extinction (破滅へのカウントダウン) 』以降、デイヴ・ムステイン率いるグループはラジオでのオン・エアに適したロックに接近するという路線を突き進んだ。『Risk』はそんな道程における次のステップだったのである。
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長年のメガデス・ファンにとって特段驚くべきことではなかったが、1999年8月31日にリリースされた通算8作目『Risk』はスラッシュ・メタルのアルバムではなかった。それどころか、メタル・アルバムとも言い難い作風だった。
だが当時のファンの間で賛否が分かれたのは、同作に“含まれていない”要素ではなく、むしろ“新たに加わった”要素だった。とはいえ、こうして後になって振り返れば、より公平に『Risk』というアルバムを評価できるだろう。
さらなる可能性に賭けたギャンブル
メタリカのラーズ・ウルリッヒの提案で、メガデスは自分たちの曲作りのさらなる可能性に賭けることにした。ムステインの古巣であるメタリカは曲のメロディを重視するアプローチで成功を手にしていたし、その絶大なセールスを目の当たりにしたムステインが「ヤツらに出来るなら…」と考えるのはごく自然なことだった。
また、ギタリストのマーティ・フリードマンが“ポップ寄り”の曲作りへの挑戦を長らく望んでいたことも、この決断を後押しした。何より、メガデスの結成以来、ヘヴィ・ミュージック界の様相は見違えるほどに変化していた。そのため、シーンで活躍し続けるためには、継続より変化を選ぶべき状況だったのである。
メガデスの面々は『Risk』においても、1997年作『Cryptic Writings』を手がけたダン・ハフをプロデューサーに起用。それに加え、アルバムの一部の楽曲では、ムステインと並んでバド・プラーガー (当時メガデスのマネージャーを務めていた業界のベテラン) も作曲者に名を連ねた。
しかし、プラーガーがアイデアを出したのは作詞についてのみで、楽曲自体はムステインの単独か、彼とフリードマンの2人により作られている。こうした背景を踏まえると、『Risk』は確かにメガデスのアルバムと呼べるが、興味深い新要素が導入された作品でもあった。
アルバムの内容
オープニング・トラックの「Insomnia」は、それまでのメガデス作品に比べ電子化された音作りが印象的な1曲。そのノイジーなギター・サウンドはマリリン・マンソンの音楽を思わせるが、マンソンやナイン・インチ・ネイルズ、ロブ・ゾンビらの台頭により、当時こうしたインダストリアル・サウンドは人気絶頂を迎えていた。
他方、ダーかつ不吉な曲調の「Prince Of Darkness」や「Time: The End」にはメガデスらしい攻撃性が感じられるものの、アリーナ級の会場に適したキャッチーで高揚感のあるコーラス・パートを持つ「Crush ‘Em」は、メロディックなメタル・アンセムと呼ぶに相応しい。
「Breadline」や「I’ll Be There」もラジオ向けのロックに近いが、唸るようなムステインの特徴あるヴォーカルのおかげで、メガデスらしさはしっかりと残っている。
このアルバムにおける本当の“リスク”といえるのは、華やかなアレンジのために導入された様々な要素である。それはテルミンを使った「Breadline」、効果音やサンプル音源の「The Doctor Is Calling」、多重録音されたアコースティック・ギターを使用する「Ecstasy」、オーケストラの「Time: The Beginning」、スティール・ギターを奏でる「Wanderlust」など多岐に亘る。特に、カントリー・ミュージックの領域に足を踏み入れた「Wanderlust」は同作最大のサプライズだったといえるだろう。
「あれをソロ・アルバムにするべきだった」
最大の疑問は、このアルバムが“飛躍しすぎ”だったかどうか、ということである。ムステインも、『Risk』をメガデスのアルバムとしてではなく、自身のソロ名義でリリースする方が適切だったと語っている。2017年、彼はuDiscover Musicの取材に応え、以下のように語ってくれた。
「もし、“ザ・デイヴ・ムステイン・プロジェクト”として出していたら、このレコードは愛されていただろう。しかしメガデス名義にしたことで、リスナーはメガデスらしさを期待してしまった。俺が間違っていた。俺はあれをソロ・アルバムと呼ぶべきだったのさ。でも、他のバンド・メンバーも関わっていたし、ヤツらに対してそんな失礼なことはできなかった」
確かに、メガデスは特徴的な音楽性を持ったグループだったし、そのスタイルを転換するのは簡単なことではなかった。だが結局のところ、『Risk』は1990年代を通してムステインがやってきたことの集大成といえるアルバムだった。
彼は10年間に亘って同作のようなメインストリーム・メタルに取り組んでおり、そこにはキャッチーなフレーズや耳に残るメロディがふんだんに盛り込まれていながら、確かなメガデスらしさも残されていた。『Risk』にはヒット・アルバムに必要な要素が詰まっていたにもかかわらず、メガデスという名前の重みとそれに伴う期待が障壁になってしまったのだろう。
Written By Caren Gibson
メガデス『Risk』
1999年8月31日発売
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最新アルバム
2022年9月2日発売
CD / iTunes Store / Apple Music / Amazon Music
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