メガデス『Dystopia』解説:メンバーチャンジを経て制作した、近年稀に見るほど強暴なアルバム
メガデス(Megadeth)のフロントマンであるデイヴ・ムステインは、およそ20年に亘って、ラジオでのオン・エアに適した大衆向けのヘヴィ・メタルを追求し続けていた。そして、その成果として残された一連のアルバムは、程度の違いこそあれ、一定の成功とファンからの支持を得ている。しかしながら2016年にリリースされた『Dystopia』は、ロサンゼルス出身の彼らがすべてをリセットしたかのような作風になっていた。
同作では長年に亘りグループのベーシストを務める盟友、デヴィッド・エレフソンがムステインの脇を固めたが、ギタリストのクリス・ブロデリックとドラマーのショーン・ドローヴァーは前作を最後に脱退。それぞれの後任として、アングラに所属するブラジル出身の名ギタリスト、キコ・ルーレイロと、ラム・オブ・ゴッドのクリス・アドラーが参加。このラインナップが完成させたのは、メガデスにとって近年稀に見るほど強暴なアルバムだった。
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黄金期のメガデスらしさ
現在のメガデスはメタル界のレジェンドとしての地位を確立しており、アルバムのリリースは、その都度、それ自体が一つの大きなイベントのような盛り上がりをみせている。『Th1rt3en』と『Super Collider』はファンの忠誠心を問う作風だったが、それらを経てもなお、彼らの熱心なファンはどこかで原点回帰を望んでいた。
そうしてグループを信じ続けたファンにとって、『Dystopia』は待ち続けた甲斐のある作品だった。通算15作目となる同作は、批評家から『Countdown To Extinction (破滅へのカウントダウン) 』や『Youthanasia』といった名作に匹敵するほどの高い評価を受けた。ムステインの代名詞といえる社会的・政治的な内容の歌詞とともに、あのスラッシュ・サウンドが帰ってきたのである。
デイヴ・ムステインは作品のすべてをコントロールしようとする人物として知られ、リード・ギタリストのソロ・プレイにさえ口を挟むことがあるという。だがメガデスの傑作は多くの場合、フロントマンである彼の主導の下、外部からの影響を出来る限り排除した環境で制作されてきた。
実のところ、『Dystopia』に使用されたリフやアイデアの一部は、ムステインが1990年代のある時期から温めてきたものだった。その時期とは、ムステインとエルフソンに加え、ギタリストのマーティ・フリードマンとドラマーのニック・メンザが顔を揃えていた頃だ。
そのため、このラインナップの再集結に向けた交渉が決裂したことで、それらのアイデアを形にするときがきたと判断したのだろう。それが、『Dystopia』が“黄金期のメガデスらしさ”を感じさせる所以でもあるのだ。
憎しみを滲ませた特徴的な唸り声
オープニング・ナンバーの「The Threat Is Real」はヨルダン人シンガーのファラー・スィラージによる中東風のヴォーカルで幕を開け、猛スピードのスラッシュ・サウンドへと流れ込む。
他方、軽快なリズムで進むアルバムの表題曲は、過去の名曲「Hangar 18」を想起させる。続く「Fatal Illusion」は重苦しいイントロで始まるが、その後には激しいスラッシュ・サウンドが待ち受けている。テンポが変わることで、前曲までのハイスピードな演奏がハッタリではなかったことを実感させられるのだ。
同じく高速の演奏が繰り広げられる「Death From Within」までを聴けば、リスナーは『Dystopia』がメガデス屈指の傑作であることを確信するだろう。その後にはおどろおどろしい曲調の「Bullet To The Brain」、歯切れのいいリフが特徴の「Post American World」が続く。
「Poisonous Shadows」はアコースティック・ギターが網の目のように絡み合うイントロの後、ミドル・テンポの不吉なサウンドへと展開していく。ここでも、スィラージによる妖しいヴォーカルが絶妙なアクセントになっている。
インストゥルメンタル・ナンバーの「Conquer or Die」は、フラメンコ風のギターで幕を開ける。メガデスとして未開拓の領域に踏み込むことを恐れないムステインの姿勢を象徴するパートである。それでも、同曲が「Lying In State」のような王道のスラッシュ・サウンドや、「The Emperor」のような大衆寄りのサウンドから大きく逸脱してしまうことはない。また、ムステインも歳月を経て、自身の歌声への理解を深めたのだろう。憎しみを滲ませた特徴的な唸り声を損ねることなく、歌いやすい音域を見つけたように感じられる。
「これが俺にとってのメガデスなんだ」
クリス・アドラーはメガデスの正式メンバーになろうとしなかったが、それでも彼は『Dystopia』の制作過程で重要な役割を果たしていた。10代のころにメガデスの大ファンだったという彼は、バンドの初期のドラマーだったガル・サミュエルソンから多大な影響を受けていた。ムステインは2016年6月のギター・ワールド誌のインタビューでこう話している。
「スタジオでクリスが俺に言ったことは、俺にとっての金言になった。そのとき俺たちの演奏していた新曲のどれかが、あいつが聴いて育った昔のメガデスの音楽と重なったらしい。それであいつは“これが俺にとってのメガデスだ”って言ったんだ」
『Dystopia』はその言葉通りの空気感に満ちたアルバムで、2016年1月22日のリリース以降、長年のファンからも熱烈な支持を集めている。往時のあのメガデスは今もまだ健在だったということだ。
Written By Caren Gibson
メガデス『Dystopia』
2016年1月22日
CD&LP / iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music
最新アルバム
2022年9月2日発売
CD / iTunes Store / Apple Music / Amazon Music
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