メガデス『Cryptic Writings』解説:ラジオ向きのメタル・サウンドへ転換したアルバムを読み解く
『Cryptic Writings』がリリースされた1997年6月17日、メガデスは商業的成功の波に乗っていた。ベテランのスラッシュ・メタル・バンドである彼らは1992年作『Countdown To Extinction(破滅へのカウントダウン)』で、それまでのスピード・メタル路線から、よりキャッチーなサウンドへと転換。
同作は全米アルバムチャートで、ビリー・レイ・サイラスの作品に次ぐ初登場2位を獲得。1993年のグラミー賞ではベスト・メタル・パフォーマンス賞にノミネートされたほか、リリースから2年足らずでトリプル・プラチナに認定される成功を収めた。
<関連記事>
・【独占インタビュー】メガデスのデイヴ・ムステインが9/2発売の新作について語る
・メガデス(Megadeth)のベスト20曲
メガデスは続く1994年作『Youthanasia』でも前作のアプローチを継続。前作ほどの成功こそ得られなかったものの、アメリカのチャートでは初登場4位を記録し、アメリカ国内だけで100万枚以上を売り上げた。
そうして新たに開拓したメインストリーム・メタル路線の好調に気を良くしたスラッシュ・メタル界の4人組は、通算7作目となる『Cryptic Writings』でもこの音楽性を踏襲することにした。同時に新たなプロデューサーの起用を決めた彼らは、フェイス・ヒルやラスカル・フラッツなどカントリー界のアーティストとの仕事で知られるダン・ハフに協力を要請した。
ラジオ向けのメタル・サウンド
ダン・ハフをプロデューサーで起用するのは意外な人選だったが、メガデスは音楽性を劇的に変化させようとしていたわけではなく、『Countdown To Extinction』から彼らのファンになったリスナーも『Cryptic Writings』の内容に仰天するようなことはなかった。
アルバムの冒頭では、ドラムのフレーズがイントロを主導し、抑制の効いたベースのリフとともにオーケストラが加わると徐々に緊迫感が高まっていく。そこに鋭いギターの音色が加わると、いよいよオープニングを飾る「Trust」が本格的に幕を開ける。フラメンコを思わせる演奏も飛び出す中盤のアコースティック・パートを含め、まさにラジオ向けのメタル・ナンバーといえる1曲である。
メガデスの面々は続く「Almost Honest」でも、かつてのスピード至上主義に傾くことなく、強力なリフに重きを置いた新路線を突き進んでいく。それでも、ギタリストのマーティ・フリードマンが随所で速弾きのギター・ワークを聴かせてくれるのは心強く思える。当時のメタル界には、そうしたテクニカルなギター・ソロを時代遅れとみなすグループも少なくなかったのだ。
「Use The Man」はゆっくりと正気を失っていく“誰か”に捧げるサウンドトラックといえる1曲。同曲はアコースティック・ギターのシンプルな演奏で(この曲もオーケストラを伴って)幕を開けるが、次第に音の厚みが増していく。するとある時点で音量とスピードが高まり、不協和音のフレーズをきっかけにハイスピードの演奏へと流れ込むのだ。
次曲「Mastermind」は歯切れのいいリフと、ムステインの代名詞といえる“自分だけに聞こえる頭の中の声”を表現したヴォーカルが特徴的なナンバー。他方、「The Disintegrators」では、メガデスのルーツであるスラッシュ・サウンドに回帰している。
ドラムとベースがヴァースを牽引していく「I’ll Get Even」はシンプル志向のアプローチの好例であり、「Sin」や「A Secret Place」には王道のクラシック・ロックへの愛が表れている。
続く「Have Cool, Will Travel」ではハーモニカを取り入れる実験性をのぞかせるが、おどろおどろしいムステインのヴォーカルはここでも健在である。また、「She Wolf」を聴けば、メガデスが演奏のテンポを遅くしたのは、テクニカルなリフを弾けなくなったからではなく、自らその道を選んだからであることがよくわかる。
「Vortex」は、1990年代のメガデスらしい“メロディ重視のスラッシュ・メタル”が展開される1曲。アルバムを締めくくる「FFF」は、(決して大きな声では言えないが)デイヴ・ムステインのメタリカ時代を思わせるサウンドである。
時流を捉えたアルバム
1990年発表の『Rust In Peace』以降、メガデスが音楽性を変化させたことは誰の目にも明らかだが、『Cryptic Writings』は時流を的確に捉えたアルバムだった。1990年代中盤までにスラッシュ・メタルは衰退し、メタリカやアンスラックスといったライバルたちはメロディとグルーヴを重視したアプローチに転換していた。ハイスピードかつ精密な演奏で知られたスレイヤーでさえ、1996年にはパンクのカヴァー・アルバム『Undisputed Attitude』をリリースし、同作を引っ提げてのツアーも敢行するなど実験性を押し出していた。
『Cryptic Writings』はリリースの翌年にプラチナ・ディスクの認定を受け、リード・トラックである「Trust」はグラミー賞のベスト・メタル・パフォーマンス賞にもノミネートされた。
そんな同作は、フロントマンのデイヴ・ムステイン、リード・ギタリストのマーティ・フリードマン、ベーシストのデヴィッド・エレフソン、ドラマーのニック・メンザというメガデスの黄金のラインナップによる最後のアルバムになった。そして、メインストリームに一層接近した作風ではあったが、メガデスが初期のような演奏のスピードと勢いを取り戻せることを証明したアルバムにもなった。
Written By Caren Gibson
メガデス『Cryptic Writings』
1997年6月17日発売
iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music
最新アルバム
2022年9月2日発売
CD / iTunes Store / Apple Music / Amazon Music
- メガデス アーティストページ
- メガデス、新作アルバム『The Sick, The Dying And The Dead』9月に発売
- メガデスのベスト20曲:ヘヴィ・メタル界で最も革新的かつ重要なバンドの歴史
- メガデス『Peace Sells…But Who’s Buying?』毒のようなリリックと巧妙な音楽
- メガデス『So Far, So Good…So What!』:最も興味深く、最も辛辣な歌詞のアルバム
- メガデス『Countdown To Extinction』1992年、政治と戦争を歌った進化した1枚