作品レビュー:キース・ジャレットが2006年に録音した『La Fenice』
2006年にベニスにてレコーディングされた『La Fenice』でキース・ジャレットは凄まじいイマジネーションを解き放ち、一瞬にして名作を創り上げた。
音楽の多様性という観点から見てキース・ジャレットがずば抜けて多才なミュージシャンであることは明らかであるが、彼の名を世に知らしめたのはソロ・ピアノでのリサイタルだった。1975年1月にソロ・ステージをレコーディングしたECMからのアルバム『The Köln Concert 』は、ペンシルベニア出身のピアニストの見事な試金石となる作品であり続け、キース・ジャレット自身、そしてECMにとっても最も売れたアルバムとなっている。そして最新のアルバム『La Fenice』もまたソロ・ピアノ形式でレコーディングされている。
その2枚を繋ぐ40年以上もの間に、彼は幾つもの素晴らしいソロ・ピアノ・アルバムを発表しており、それぞれがユニークな作品であると同時に、どれも高い創造性をかき立てる内容になっている。例として『Sun Bear Concerts』(1976年)、『La Scala』(1995年)、『The Carnegie Hall Concert』(2005年)、そして近年の『A Multitude Of Angels』(2016年)が挙げられる。
それらの作品と並び、2枚組の『La Fenice』(イタリア語で“不死鳥”を意味する)には、ベニスの最も神聖なるクラシカル会場の一つであるフェニーチェ劇場にて2006年7月のある爽やかな気候の晩に1,100人の観客の前で61歳のキース・ジャレットが行った97分間のパフォーマンスが収められている。
キース・ジャレットが全てのソロ・コンサートでそうしているように、この時も真っ白な音楽のキャンバスからすべてが始まった。ピアノの椅子に腰掛けると心を落ち着かせ、ジャレットは瞳を閉じて、心から指先を通じて凄まじいイマジネーションを思うがままに解き放った。『La Fenice』は激しい無調の曲から始まり、その荒々しいスコールのように降り注ぐ音符は、コンサートの殆どを占める多様性に富んだ8部構成の組曲「La Fenice」の最初の1部である。
自発的に生まれた「La Fenice」はリスナーを魅力的な音楽の冒険へと導き、大胆な探検から静かな内省、そしてフリー・ジャズからブルースやフォークまで、全域にわたって駆け巡る。また、予期しない紆余曲折もある。組曲の「Part VI」と「Part VII」の間で、ジャレットは比較的短い詩的間奏曲を「The Sun Whose Rays」の形式で披露した。「The Sun Whose Rays」は、広く愛されるギルバート&サリバンによる19世紀のコミック・オペラ『The Mikado』からの切ないカヴァーである。
ライヴ盤『La Fenice』は、アンコール曲で最高潮に達する。まずは1998年のスタジオLP『The Melody At Night, With You』用にレコーディングされた伝統的ケルト音楽の1曲「My Wild Irish Rose」。シンプルながら優雅なトラックは、ジャレットの磨き上げられたリリシズムを強調している。そして不滅のジャズ・スタンダート「Stella By Starlight」の粋なカヴァーへと続く。このトラックはスタンダート作品のキース・ジャレット・トリオと演奏した曲でもある。
そして、もの静かながら満足感のある「Blossom」の美しいソロ・パフォーマンスで今作は終焉を迎える。彼は、1974年にECMから発表した影響力のあるアルバム『Belonging』で、ヨーロピアン・カルテットと共にこの繊細な牧歌を初めてレコーディングしている。
何よりも、この『La Fenice』では、キース・ジャレットが、自身の即興奏者としてのスキルと能力を十二分に発揮している。ピアニストとしての彼の高度な技術は、彼が一瞬にして傑作を生み出すことができることを意味しているが、ジャレットのパフォーマンスには並外れた技術以上のものが存在する。彼の持つ最大のスキルは、音符を通じて、感情や自身の気持ちを表現し、リスナーたちの心の奥に深くに訴えかけられることだろう。彼の指先からこぼれる音楽は絵を描き、すべての人間が共感できるストーリーとして伝えられる。それこそがキース・ジャレットの才能の本質なのだ。そして『La Fenice』ではその技能が全てのリスナーに向けて眩しい輝きを放つのだ。
Written By Charles Waring
キース・ジャレット『La Fenice』