【祝80歳】キース・リチャーズのキャリアを振り返る

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Photo: Paul Natkin/WireImage

2015年9月、キース・リチャーズ(Keith Richards)は3作目のソロ・アルバム『Crosseyed Heart』を発表。メジャー・レーベルからリリースされた先行シングル「Trouble」を含む同作で、“史上もっとも好きなギタリスト”に挙げる人も少なくないリチャーズは再び脚光を浴び、80歳となる2023年にはザ・ローリング・ストーンズ18年振りのスタジオ・アルバム『Hackney Diamonds』を発売して、今でも話題を振りまいている。

プレイの派手さこそないが、キース・リチャーズはその実績からして“ロックンロール・リフの巨匠”と呼ぶに相応しい人物だ。「Satisfaction」「Brown Sugar」「Start Me Up」といったザ・ローリング・ストーンズの名曲群は、そんな彼の弾くギターのイントロで幕を開ける。そして、その驚異的なイントロが耳に入ると、身体が反射的に動いてしまう。彼のギター・サウンドはそれと分かった瞬間、ベートーヴェンの交響曲にも似た興奮を呼び起こすのだ。

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第一線を走り続けるギタリスト

同業者からの尊敬を集め、ロック界全体に影響力を及ぼすリチャーズ。彼は優れた功績を残しながら、現在でも音楽業界の第一線を走っている。ギタリストを本業にしつつも現代R&Bの礎を築き、個性的な歌声でシンガーとしても活動。時には俳優業もこなすリチャーズが、ストーンズの面々とともにUKの音楽シーンを形作ってきたことは説明するまでもないだろう。

この記事では、ストーンズの一員としての“本職”を離れた彼のソロ・キャリアに光を当てていきたい。

気心の知れた仲間たちを自ら集め、自ら命名したエクスペンシヴ・ワイノーズ (The X-Pensive Winos) とともに彼が作り上げた作品は、どれも私たちに喜びを届けてくれる。だがリチャーズという男は、常に死力を尽くし、休みなく仕事に身を捧げてきた。そうしてボロボロになりながらも自分らしさを失わない彼は、逆境に屈しない真の勝者なのである。その半生は、高い評価を受けた長大な自伝『ライフ』 (2009年出版) の中で鮮やかに語られている。

また、そのあとで彼が発表した『ガス・アンド・ミー』は愛らしい児童書であり、芸術的な本作りの好例と評されている。同著で鵜が枯れているのは、家族愛と伝承の物語だ。そこには音楽のもたらす魔法が子どもたちにも理解しやすい形で表現されているが、もちろん、大人たちも心を奪われる作品だ。彼の娘であるセオドア・リチャーズが作画を担当したこの優しい物語は、手に取った人の期待を決して裏切らないはずである。

そんなキース・リチャーズは、世間に見せている“手に負えない一匹狼”としての一面と、家族を愛し、心優しく寛容な私生活の顔をどちらも備えている。本人のことをよく知っている人にとっては、それこそが彼という人物なのである。

ライヴのステージやスタジオで本領を発揮しているときのキース・リチャーズは、天性のバンドリーダーと呼ぶに相応しい。きっと彼は、時代や音楽ジャンルにかかわらず成功を手にしていたことだろう。また、彼は自身の残してきた伝説には無頓着でありながら、歴史研究に熱心な蔵書家でもある。

2009年にスパイクTVのイベントで“ロック・イモータル・アワード”を受賞した際には、プレゼンターとして彼の友人であるジョニー・デップが登場。そのデップが親しみを込めてリチャーズの身振りを真似ていたことはよく知られている。映画『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズでジョニー・デップが演じたジャック・スパロウ船長の人物像は、リチャーズのそれを参考にし、彼に捧げられているのだ。洒落のきいた発言でお馴染みのリチャーズは、この賞についてこうコメントしている。

「俺は“生ける伝説”って呼ばれるのが好きだった。それで満足していたんだ……。でも、“不死身 (イモータル) ”って言われるのはそれ以上に良い気分だよ」

古代のギリシャ人たちは不死の存在である神々を神殿に祀ったが、リチャーズもそれと同様に崇められることになるのだろう。つまりどちらも、素晴らしい創造物を作り出した唯一無二の存在なのである。

 

その生涯

リチャーズは1943年、ロンドンの南東にあるケント州ダートフォードに生まれ、 (少なくともある程度は) 音楽への愛と敬意のある環境で育った。ビリー・ホリデイ、デューク・エリントン、ルイ・アームストロング (「ルイは最重要人物の一人だ。黎明期のジャズから戦争、スウィング・ジャズにR&Bまでをすべて経験しているんだから」と彼は話している) といったブルース/ジャズ界の巨匠たちの78回転レコードを擦り切れるまで聴いて育った彼は、やがてロックンロールやR&Bに深く傾倒していく。そのきっかけを彼に与えたのは、エルヴィス・プレスリーの右腕であったスコティ・ムーアだったという。

そして学校を辞めてシドカップ・アート・カレッジに入ったころには、彼は新たなヒーローとなったチャック・ベリーの音楽に熱中。また、通信販売や地元のレコード店でマディ・ウォーターズのアルバムを見つければ、すかさず手に入れていたのだった。

ストーンズの結成秘話や、ミック・ジャガー、ディック・テイラー、ブライアン・ジョーンズ、イアン・スチュワートとの出会いに関してこの記事に記すつもりはない。心を揺さぶる同グループの濃密な歴史に関連してここで触れておくとすれば、リチャーズが折に触れてアコースティック・ギターを手にしてきたということくらいだろう。彼はいつまでも飾らないプレイ・スタイルでいるために、この楽器を使用してきたのである。

また、彼はブレずにシカゴ・ブルースへの愛を貫き、演奏にオープン・チューニングを取り入れた。このチューニングは上述のような名リフの誕生に繋がっただけでなく、「Street Fighting Man」や「Honky Tonk Women」などの名曲のサウンドを決定付けてきた。

そのうち前者では、リチャーズのアコースティック・ギターが多重録音されている。これは、ギターにディストーションのエフェクトを掛けた上でリミッターを使用せず、モノラルのカセット・テープに録音して得られたサウンドなのだという。そのことを本人はこのように振り返っている。

「すごくエレキ・ギターのような音色だけど、同時にアコースティック・ギターでしか出せないような不思議で美しい響きがある。これは、普通じゃないやり方で録音したからさ。みんなは当然、気が変になったんじゃないかって目で俺のことを見ていたよ。巨大なスタジオの真ん中でアコースティック・ギターを抱えて、小さなカセット・レコーダーの前にかがみ込んでいたんだから無理もない。ほかの連中は“あいつは一体何をやってるんだ?まあ、勝手にやらせておこう”って感じだったよ」

 

ソロ作品

さて、彼のソロ・キャリアへと話を進めるとしよう。リチャーズ初のソロ・シングルは、チャック・ベリーの「Run Rudolph Run」とジミー・クリフの「The Harder They Come」 (R&Bやロックンロールやカントリーと同様、彼は昔からレゲエの愛好家でもあった) のカヴァーを両A面に配したものだった。

そののち、アルバム『Dirty Work』発表後のストーンズの活動休止期間中に居ても立っても居られなくなったリチャーズは、エクスペンシヴ・ワイノーズのプロジェクトを始動。そのメンバーは、ワディ・ワクテル、ボビー・キーズ、アイヴァン・ネヴィル、チャーリー・ドレイトンなど、彼の良きミュージシャン仲間たちで構成されていた。

そして1988年に発表された『Talk Is Cheap』はファンにとって最高の贈り物となった。 (決しておおっぴらには口にしなかったものの) 多くの人は同時期のストーンズの諸作よりこのアルバムの方を密かに好んでいたのだ。

スティーヴ・ジョーダンと共作した11の新曲を収めた同作で彼は、サラ・ダッシュ (ラヴェルのメンバー) やパティ・スキャルファなど優れたシンガーたちを起用。スタンリー・”バックウィート”・デュラル、バーニー・ウォーレル、ブーツィー・コリンズ、メンフィス・ホーンズ (ホーン・アレンジはウィリー・ミッチェルによるもの) といった一流のミュージシャンたちも、同作に華を添えた。さらに、中期のストーンズでリチャーズとともにギターを弾いた名手、ミック・テイラーもこのアルバムに参加している。

そうして完成した傑作アルバムの魅力は、打楽器のシンコペーションやヴォーカル・ハーモニーが印象的な「Take It So Hard」によりいっそう高められている。

だが、同作の聴きどころはそれだけではない。「I Could Have Stood You Up」「You Don’t Move Me」、ハイライトの一つである「Locked Away」などを収録した『Talk Is Cheap』は、一切の捨て曲がない名曲揃いのアルバムなのだ。

ルーズで、無骨で、それでいてツボをきちんと押さえた作風の同作はいまでも、“抑制の効いた等身大のロック・アルバム”の最高峰であり続けている。そのグルーヴや演奏はタイトさとは程遠いが、聴くたびに味わいが増していくのはそのおかげでもあるのだろう。

同年に録音されながら、1991年になってリリースされたのがライヴ・アルバム『Live At The Hollywood Palladium, December 15, 1988』だ。この作品は『Talk Is Cheap』発表後のツアーの記録ではあるが、リチャーズは『Exile On Main St.』収録の華々しい1曲「Happy」や、自身のお気に入りだというストーンズの隠れた名曲「Connection」 (初収録は1967年作『Between The Buttons』) なども取り上げてファンを喜ばせた。

また、古くからのファンはノーマン・ミードの「Time Is On My Side」が収録されたことに歓喜したことだろう。同曲は、1964年にストーンズがカヴァーして大ヒットを記録した1曲である。このライヴ・アルバムでは、バンドによる全力の演奏と、実にリチャーズらしいリード・ギター/リズム・ギターのプレイを堪能することができる。『Talk Is Cheap』とセットで聴くには申し分ない1作である。

ストーンズのディスコグラフィーにおいては『Steel Wheels』と『Voodoo Lounge』のリリースの合間に当たる1992年、リチャーズは『Main Offender (メイン・オフェンダー〜主犯〜)』の制作に注力していた。リチャーズとジョーダンの二人は木管楽器の巧みな演奏をアンサンブルに取り入れ、またもハードなファンク・ロックの傑作を作り出したのである。

ソロ・デビュー作に比べていささかタイトなサウンドに仕上がった同作のハイライトには、「Eileen」や、迫力たっぷりの「Wicked As It Seems (ワル)」、そして「999」などが挙げられよう。中でも「999」は、ZZトップに代表されるテキサス・ブルースのスタイルが見事に奏功したトラックである。

そこから長い年月を経た2010年、リチャーズは『Vintage Vinos』をリリース。同作は彼がエクスペンシヴ・ワイノーズの面々と制作したソロ楽曲のリマスター・ヴァージョンに、ハリケーン・カトリーナの被災者の救済基金を援助するために作られた1曲「Hurricane」を加えたものだった。とはいえ軽視すべきアルバムではなく、一聴の価値は十分にある。特に、リチャーズの自伝を読みながら流すのに適した1作である。

そして現時点での彼の最新作となっているのが、16の新録曲を収めた『Crosseyed Heart』である。70歳を過ぎたリチャーズが制作した同アルバムには、上質な赤ワインのように繊細な味わいの楽曲群が並ぶ。

例えば、デュエット曲「Illusion」にはゲストのノラ・ジョーンズが華を添え、「Something For Nothing」ではゴスペル風のバック・ヴォーカルが楽曲を活気付けている。

さらに同作には、レッドベリーの「Goodnight Irene」の見事なカヴァー・ヴァージョンや、 (事実であれ作り話であれ) リチャーズが残してきた伝説の数々を思い起こさせるシングル「Trouble」も収録されている。

 

俺はロックンロールをやり続けたい

リチャーズの熱心なファンにとって、2016年は充実した1年となった。ストーンズの面々は、恐ろしく完成度の高いブルースのカヴァー・アルバム『Blue & Lonesome』を発表して我々を感激させ、さらに6月には、パリ公演を中心とする2017年のツアー「No Filter Tour」を開催。また、”Exhibitionism-ザ・ローリング・ストーンズ展”が始まったのもこの年だった。”Exhibitionism”は、ストーンズの輝かしいキャリアの中で使用されてきた貴重なアイテムの実物を展示した企画展。これまでに世界各地で開催されており、熱狂的ファンや関心を持ってやってきた来場客を唸らせてきた。

そして80歳となる2023年には、18年振りの新作スタジオ・アルバム『Hackney Diamonds』を発売。全英を含め全世界19カ国で1位を獲得、2024年には北米ツアーも発表して、何歳になっても転がり続けるというバンド名を体現することができることを世界中のファンに見せてくれている。

モチベーションを保つ秘訣を問われた際、リチャーズはしばしばこう応えてきた。

「これだけ長くやってきたのに、なぜいまさらやめなきゃならないんだ? 同じようなモチベーションを持っている連中が周りに何人かいる限り、俺はロックンロールをやり続けたい……。何千人、何百万人の人たちと楽しい時間を過ごすのが、俺の人生の喜びだ。その数時間のあいだだけは、周りの世界やその中での悩み事を全部忘れられるんだ」

この言葉がすべてを物語っている。ミュージシャン、大音楽家、そして万能の超人であるキース・リチャーズに栄光あれ。

Written By Max Bell



ザ・ローリング・ストーンズ『Hackney Diamonds』
2023年12月15日発売
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最新アルバム

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