ジョン・バティステ、グラミー最多受賞後の最新アルバム『World Music Radio』について語る
2023年8月18日に新作『World Music Radio』を発売するジョン・バティステ(Jon Batiste)。今回の新作は2020年に発売したアルバム『We Are』はグラミー賞最優秀アルバムを含む最多全5部門を受賞して以来の最新アルバムとなる。
最新アルバムの発売が迫り、先行シングル「Be Who You Are (Real Magic)」が公開になったタイミングでライター/翻訳家の池城美菜子さんがジョン・バティステにインタビューを実施。新作の魅力を彼の発言を交えて寄稿いただきました。
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第64回グラミー賞で、11部門と最多ノミネーションを受け、主要部門の最優秀アルバム賞を含めた5部門を制覇。『We Are』での最優秀アルバム賞の受賞は、黒人のアーティストとしては、2008年のハービー・ハンコック『River: The Joni Letters』以来14年ぶり、カヴァーではないオリジナル・アルバムとしては2004年のアウトキャストの『Speaker Box/Love Below』からじつに18年ぶりだった。
この年から主要部門のノミネート枠が8から10に増え、同カテゴリーも強豪が揃いだったため『We Are』はダークホース扱いでもあった。ジョン・バティステは当時、ここ日本ではあまり知られていない存在だったといえる。ちなみに、ラストネームは英語の発音だと、「バティース」が正しい。
その2022年の2月に知名度がいっきに上がってから1年半。ジョン・バティステが、8月18日に新作『World Music Radio』をリリースする。それに先がけ、コカ・コーラ社の体験型音楽プラットフォーム、「Coke STUDIO」のリード・アンセム「Be Who You Are (Real Magic)」も任された。この曲がやけに耳になじむなと、感じた人はレゲエ好きか長年の洋楽ファンだろう。1982年のブリティッシュ・レゲエの超有名曲、ミュージカル・ユースの「Pass The Dutchie」使いなのだ。アトランタのラッパー、J.I.D.、コロンビアのカミーロ、韓国のNewJeansも参加しており、英語とスペイン語、韓国語が飛び交うマルチ・リンガルな仕上がりだ。
6月、このプロジェクトについてのインタビューがセッティングされた。中途半端な時期だな、と思ったら、前日になって新しいアルバムの全容が知らされた。急きょ、「Be Who You Are (Real Magic)」が制作された背景と、2023年最大のリリースのひとつ、『World Music Radio』のコンセプトについて、話を聞いた。
「Be Who You Are (Real Magic)」が制作された背景
まず、「Be Who You Are (Real Magic)」について。アメリカの2大清涼飲料水メーカー、ペプシコとコカ・コーラ社は人気ミュージシャンを広くスポークス・パーソンに起用してきた歴史がある。ペプシコは、マイケル・ジャクソン、ビヨンセ、レイ・チャールズ、ブリトニー・スピアーズ、スパイス・ガールズなど、超大物にエンドースメントする傾向が強い。
一方、コカ・コーラ社はもう少しさりげなくキャンペーンを打つ印象がある。最近では、2021年はタイラー・ザ・クリエイターが作ったオリジナル・ソングが話題になり、2023年にはスペインのロザリアをイメージした新しいフレーバーが発売された。
「Coke STUDIO」でスポンサーしているアーティストの顔ぶれを見ても、比較的、新しい才能に力を貸そうとする方針が見て取れる。ジョン・バティステは、そのメイン・アーティストであり、「Be Who You Are (Real Magic)」も彼を中心に曲が作られた。ミュージカル・ユースの「Pass The Dutchie」のサンプリングを思いついたのも、ジョン本人だそう。「Be Who You Are (Real Magic)」のほかの参加アーティストについて発案したのはだれか、尋ねた。
「たしかに、(Coke STUDIOのプロジェクトには)有能なチームがついていたよ。でも、アルバムを作るにあたってはクリエイティヴな判断は、自分でしっくり来たもの、正しいと感じたかどうかを重視したんだ」
「Pass The Dutchie」は40年以上も前のヒット曲ではあるが、じつは2022年にNETFLIX『ストレンジャー・シングス 未知の世界』のシーズン4でも使われ、再び注目された。流れたのは、マリファナ好きの気のいいピザ屋店員、アーガイルの登場シーン。1982年にイギリスで1位を獲得したビッグ・チューンだから、同じ時代のカリフォルニアでかかるのは自然だろう。そもそも、この曲自体が、冒頭にU-ロイの「Rule The Nation」を使い、マイティ・ダイアモンズの「Pass The Kutchie」とUブラウンの「Gimme The Music」を下敷きにするなど、ハードコアなジャマイカ音楽をうまくポップに仕立てたもの。
そのため、「Be Who You Are (Real Magic)」のライターのクレジットはやたらと長い。スカタライツのジャッキー・ミットゥや、ヘプトーンズのリロイ・シブルスなど、スカやロックステディ好きにはおなじみの名前がバティステやカミーロの本名と並ぶのは少々愉快だ。
また、「Kutchie」はマリファナの隠語で、10代のミュージカル・ユースが歌うには問題があったので、オーブン鍋を意味する「Dutchie」に言い換えられた。アーガイルの人物像を紹介するにはぴったりであり、『ストレンジャー・シングス』の選曲がいかにきめ細かいかが、よくわかる。
新作『World Music Radio』のコンセプトとは
話を『World Music Radio』に戻し、ジョン自身の言葉でコンセプトを説明しよう。
「ビリー・ボブは星々の間(インターステラー)にいる存在だ。彼は何千年も生き抜いて、だれにも理解できないやり方でさまざまな音を集め続けている。それで、もう何千年も集めてきたサウンドのことを、彼は“ヴァイブ/ 振動”と呼ぶんだ。全宇宙から集めたヴァイブだね。だから、彼はもっとも清らかなヴァイブレーションを、ワールド・ミュージック・レディオを通じて放送することができる」
ジョンが3人称で話す「ビリー・ボブ」は、「全宇宙に発信しているラジオ局、ワールド・ミュージック・レディオ」のホストであり、ジョンのアルターエゴである。また、念のために書くと、この場合の「ワールド・ミュージック」は、レゲエやアフリカの音楽を一緒くたにまとめた、ひと昔前によく目にしたジャンル名とは意味合いが異なる。ジャンル名としてのワールド・ミュージックは、「北米やヨーロッパ以外の」という定義が言外にあり、共通点より相違点のほうが多い音楽をごっちゃにした功罪がある。
『World Music Radio』は、ニューヨークの名門音楽大学、ジュリアード音楽院の修士号(マスター)をもつ本格的なジャズ・ピアニストながら、ジャンルを横断する音楽性を押し出してきたバティステが、さらに宇宙までを視野に入れて作ったアルバムなのだ。
「あえて、さまざまな時代の、さまざまな場所の録音の音を組み合わせてみたら、その方法をとても気に入ってしまって。僕とボブは、現実世界の音楽を好んで使いつつ、その時間の軸を伸ばすんだよね。それがアルバムに収録されると、日本にいる人と、ジャマイカにいる人が同時に聴くことになるでしょ? そうやって時空を引き伸ばせる。未来からのサウンドも入っているよ。ワールド・ミュージック・レディオでは未来と過去のサウンドが同時に鳴るんだ。“Pass the Dutchie”をベースにした曲に、コロンビアのカミーロと韓国のNewJeansが参加して、あるモーメントを作り出す。ものすごくユニークだと思う」
アメリカと日本とで、バティステの知名度に差があるのは、本国では夜のトークショーでは視聴率ナンバーワンの『ザ・レイトショー・ウィズ・スティーブン・コルバート』のレギュラー・バンド(箱バン)のバンドリーダーを務めていたため。アメリカの地上波のテレビ局は、1日の終わりに時事ネタを盛り込んだトークショーを伝統的に放映する。とくに、CBS、ABC、NBCの三大ネットワークはどこも23:35から1時間とぴったり時間帯まで揃っている。つまり、バティステは平日の夜にトークショーを観る人たちにとっては、おなじみのミュージシャンなのだ。
ちなみに裏番組にあたるNBCの『ザ・トゥナイト・ショー・スターリング・ジミー・フェロン』の箱バンが、ザ・ルーツである。グラミー賞のあと、バティステはリーダーを務めていたバンド、ステイ・ヒューマンを置いて番組を去る決心をしている。
「僕はテレビ番組の仕事を降りたけれど、彼らはまだ出演しているんだ。彼らの生活を大きく変えたくなかったから、僕の希望で残ってもらった。グラミー賞を受賞して以来、僕は少し休んで、妻や家族と一緒に世界中を旅行したんだよ」
アメリカでは、グラミー賞を獲った時期に、長年のガールフレンドであるジャーナリストのスレイカ・ジャオードさんと結婚したのもニュースになった。スレイカさんは、白血病の闘病中だ。「結婚は予定通りにしただけで、再発の診断でも変わらなかった」とアメリカのテレビの取材で答えていた。『World Music Radio』にラヴ・ソングが多いのはそういった背景がある。
もうひとつ、顕著なのが祈りの要素。ネイティヴ・アメリカンの伝統的な雨乞いの儀式、レインダンスをそのまま曲にしていたり、聖書の引用をしていたり。一足先に公開された、「Be Who You Are (Real Magic)」と「Calling Your Name」では片鱗しか窺えないが、とてもスピリチュアルな作品である。「Calling Your Name」をシングルに選んだ理由について。
「みんなの反応がもっともピュアだったのが、あの曲だったからだよ。童謡みたいにシンプルでダイレクトに伝わるでしょ? メロディカの音色で始まるから、懐かしい気分になるよね。あの楽器がこういうふうにポップな曲のフックに使われることは珍しいから、その点では革新的だと思うな」
たしかに。ジョン・バティステは、鍵盤ハーモニカであるメロディカをふくめ、じつは12種類の楽器を操れるとも教えてくれ、仰け反った。
『World Music Radio』で客演しているアーティストは、前述のJ.I.D.、カミーロ、NewJeansのほかに、ナイジェリアのファイヤーボーイDML、右腕的な存在で数曲に参加しているジョン・ベリオン、ネイティヴ・ソウル、スペインのリタ・ペイエス、フランスのシャソル、同郷のリル・ウェイン、「短期間ですごくたくさんの曲を作った」と話すラナ・デル・レイ。ミュージシャンでは、ケニー・Gと2023年の3月に逝去したばかりのウェイン・ショーターらが参加している。最後に、このアルバムで何を一番受け取ってもらいたいか、と尋ねた。
「みんなにポピュラー・ミュージックについて植え付けられた思い込みを取り払ってほしい。このアルバムを通じて、音楽を幅広く捉えてもらって生活を豊かにしてもらいたいよ」
「ポップ」を最大公約数的な、わかりやすい音楽を指す、と思っていたら、たしかにその思い込みを裏切られるアルバムだ。楽しみにしていてほしい。
Interviewed & Written by 池城美菜子(noteはこちら)
ジョン・バティステ『ワールド・ミュージック・レディオ』
2023年8月18日発売
CD / iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon(CD)
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