ジョン・レノン「Jealous Guy」解説:完成までの道のりと制作秘話、77年日本のホテルでのハプニング
超越瞑想のマハリシ・マヘーシュ・ヨーギーの影響下で生まれた曲だったが、ジョン・レノンの「Jealous Guy(ジェラス・ガイ)」は愛することに伴う不安や独占欲を歌う楽曲として完成した。
ジョン・レノンの作品の中で最も有名で、人々に愛されている楽曲のひとつである「Jealous Guy」は1971年のアルバム『Imagine』に収録され初めて陽の目を見た。その後、このザ・ビートルズの元メンバーの死を受けて、ロキシー・ミュージックが同曲のカバーを発表。1981年2月にリリースされたそのカバーはヒット・チャートで1位を獲得。しかし、ジョンが自身のヴァージョンを完成させるまでのあいだに、この曲には幾度もの手直しや変更を加えられていた。
「俺はほとんど夢うつつの状態だった……」
「Jealous Guy」の大枠は、ザ・ビートルズがインドのリシケーシュでマハリシ・マヘーシュ・ヨーギーに超越瞑想を学んでいた1968年の春に生まれた。レノンとマッカートニーはどちらも、母なる自然の子供としての人間存在について説くマハリシの教えに影響を受けた楽曲を書いている。ポールの「Mother Nature’s Son」は『The Beatles (White Album)』の中でもとりわけ穏やかな1曲で、ジョンが書いた「Child Of Nature」の一節は「On the road to Rishikesh, I was dreaming more or less(リシケーシュへの道すがら、俺はほとんど夢うつつの状態だった)」というものだった。そのメロディは後に「Jealous Guy」として世に広く知られるようになる。
ザ・ビートルズは1968年5月、『White Album』への収録を念頭に「Child Of Nature」デモのレコーディングを行い、この曲もまたテープに記録されている。”イーシャー・デモ”と呼ばれるこのヴァージョンは、マンドリンが地中海風の雰囲気を醸す繊細な演奏だ。しかし何らかの理由でこの曲はアルバムに入らなかった。ジョンは1969年1月に行われた”Get Back”のレコーディング・セッションでもこの「Jealous Guy」の原型を取り上げている。
その頃までに、リシケーシュでの経験はジョンにとって苦い思い出になっていた。楽曲もそれによって変化し、”Get Back session”初日にジョンとジョージが演奏したときの歌詞は「On The Road To Marrakesh (マラケシュへの道すがら)」に変わっていた。その月の後半には再びレコーディングが行われているが、その際にはザ・ビートルズ全員がロンドンのアップル本社の屋上に集まって最後のライヴ演奏を敢行した。
「俺は嫉妬深く、独占欲にまみれている……」
1971年にこの曲が改めて取り上げられると、メロディだけが残った。オノ・ヨーコに「もっと精神面に目を向けて」と助言されたジョンは、歌詞を女性に対する自身の態度の変化を歌うものに書き換えた。1980年にアメリカの記者デヴィッド・シェフの取材に彼はこう話している。
「歌詞は読んだままの意味だよ。俺は嫉妬深く、独占欲にまみれていた。何もかもに対してね。自分にまるで自信がなかった。恋人を小さな型に閉じ込めて、自分が好きなときだけその型から出して遊ぶような男だったんだ。彼女は外界と関わることを許されない。俺以外とはね。なぜならそれが俺を不安にさせるからだ」
これはジョンがアルバム『Imagine』のレコーディング時に語っていたことと結びつく。アルバムが制作されたティッテンハーストの自宅でBBCのラジオ番組『Woman’s Hour』のインタビューを受けた際、彼は男女の関係についての考え方の変化について話している。
「誰かに恋をしたら、嫉妬しがちになる。そしてその人の100%のすべてを所有したくなるだろ。俺もそうだよ。ヨーコを愛しているし、彼女を完全に自分のものにしたい。でも彼女を抑えこみたくはないんだ。わかるだろう。自分だけのものにしたいと思うあまり、へたをすれば相手の命を奪いかねないんだ」
「唖然として演奏どころじゃなかった」
「Jealous Guy」は、ジョンがアスコットの近くにあるティッテンハースト・パークに造らせた8トラック・スタジオで1971年5月24日にレコーディングされた。レコーディングには有名なミュージシャンが大勢参加している。そのひとりが引く手数多のセッション・ミュージシャンだったニッキー・ホプキンスで、ホプキンスによる独特のゴスペル風のピアノで、利き手はその冒頭から「Jealous Guy」に引き込まれる。オノ・ヨーコも後にこう話している。「”Jealous Guy”でのニッキー・ホプキンスの演奏はメロディックで美しくて、いまもなお人を涙させる」と。
ドラムのジム・ケルトナーはこのレコーディングを「夢の中にいるようだった」と回想する。
「ニッキー・ホプキンスみたいなピアノを弾ける人はほかにいないし、クラウス・フォアマンのベースは深い感性を伴って響く。ヘッドフォンからジョンの声が聴こえてきて、顔を上げると彼がマイクの前に立っている。ザ・ビートルズが解散したばかりの1971年、凄まじいミュージシャンでありソングライターの彼が、耳に残るこの美しい曲を歌っていた。ミュージシャン人生でこんな瞬間は何度もあるものじゃない」
バッドフィンガーのジョーイ・モランドとトム・エヴァンズもレコーディングに参加していた。モランドは後にこう綴っている。
「ジョン・レノンが入ってくると、彼は目を丸くしていた。”みんな、おはよう!” 彼は大きな声を出した。そのときはもう夜の11時だったけど、彼はベッドから起きたばかりだったのだ。私はただ茫然としていた。すると彼は腰掛けに座って、”Jealous Guy”を弾き始めた。唖然として演奏どころではなかった。彼が歌い始めると、私は文字通り驚嘆した。”ジョン・レノンの声だ”ってね」
そのレコーディングから約1ヶ月半後の7月4日と5日にニューヨークのレコード・プラント・イーストで、ニューヨーク・フィルハーモニックによるストリングスの録音が行われた。「Jealous Guy」は、この装飾によって、さらに心を揺さぶるトラックになった。
「チップの1枚もくれなかった」
当の聴衆もそのときは知る由もなかったが、「Jealous Guy」はジョン・レノンが人前で披露した最後の曲になった。1977年、日本でホテルに滞在中のジョンとエリオット・ミンツ(彼の友人でニューヨークの作家兼DJ)が最高級スイートでゆったり過ごしていたときのことだ。すると高齢の日本人夫婦が、ラウンジのバーと勘違いして迷い込んでそこへ座ったという。ミンツによればジョンはこれを面白がって、アコースティック・ギターで「Jealous Guy」を演奏した。しかし外人のシンガーがいるサービスの悪いバーだと思ったのか、夫婦はすぐに立ち去っていった。ジョンとエリオットはそれに大笑いしたのだという。
ミンツはこう綴っている。「彼がひとりやふたりに向けて演奏したのは初めてだと思う。それなのに、彼らはチップの1枚もくれなかったんだよ」。
Written By Paul McGuinness
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