ジャネット・ジャクソン『Rhythm Nation 1814』30周年記念リミックス集全9タイトルを紐解く

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ジャネット・ジャクソンによるアルバム『Rhythm Nation 1814』がリリースされてから今年で30年を迎え(1989年9月19日リリース)たことを記念してアルバム収録楽曲のリミックスをあつめたミニアルバム9タイトルが一挙配信となった。

当時日本でリリースされた8タイトルのCDマキシ・シングルと、ドイツでリリースされた「ESCAPADE: THE REMIXES (2)」の計9タイトルは全90曲。この一挙配信リミックスについて、音楽ライターの荘 治虫さんに解説いただきました。


ジャム&ルイスとの相性抜群のタッグによって“マイケルの妹”という枕詞を完全に不要にしたジャネット・ジャクソンのアルバム『Rhythm Nation 1814』は、いまから30年前にリリースされた。「Miss You Much」から始まったシングル攻勢はすさまじく、ビルボード・ポップ・チャートでは4曲が首位に輝き(その他2曲が最高位2位)、R&Bチャートでも3曲が首位を獲得するなど、まさにモンスター・アルバムと呼ぶにふさわしい人気とセールスを誇っていた。

YouTubeどころかDVDさえなかった時代である。プロモーション・ビデオの中で華麗に舞うジャネットを観るため、チャート番組に登場するのを心待ちにしたり、あるいはVHSビデオ版の『Rhythm Nation 1814』を買ったファンも少なくなかったと記憶している。

また、ストリーミング主流の現在とは異なり、プレイされる用途に応じたミックスが必要とされた時代でもあった。アルバム・ヴァージョンに加え、いまだ根強い7インチ用、米英の12インチ用、そしてビデオ用など、多彩なメディアに対応した様々なミックスが作られ、その一部は曲ごとにまとめられてCDリリース(いわゆるマキシシングル)されてもいた。

実は日本発の企画だったこれら『The Remix』シリーズを中心とする音源が、『Rhythm Nation 1814』のリリース30周年を記念してこの9月末からデジタル配信されている。もちろん、海外でも12インチなどを買い漁っていけば入手できたものも少なくないが、レアなヴァージョンがストリーミングで気軽に楽しめるとあってネットの音楽サイトでは世界的にニュースとなっている。ここでは注目ヴァージョンに触れながら紹介することにしよう。なにせ曲によっては10ヴァージョン以上(!)もあるのだ。

曲名がアルバム・タイトルにも付されている「Rhythm Nation」は、80年代後半当時にテディ・ライリーが創り出した新しいビート「ニュー・ジャック・スウィング」へのジャム&ルイスの回答ともいうべきグルーヴが肝のナンバーだった。スライ&ザ・ファミリー・ストーンの強烈なギター・リフを引っ張り出した《LP Version》の完成度がそもそも超絶に高いのだが、残る10ヴァージョンの中では12インチならではの長尺にブレイクビーツや声ネタを畳み込んで存分に遊んだ《12″ United Mix》がこの時代らしく楽しめる。

アルバムからのリード曲でやはり強靭なアップだった「Miss You Much」は、アルバム・ヴァージョン抜きで13ものヴァージョンが並ぶ。TR-808のカーベルを連打したもろにエレクトロ志向の《Oh I Like That Mix》や、オリジナル・アレンジをベースにエレクトロ風味をまぶした《Slammin’ R&B Mix》に加え、ベース・ソロやオルガン・パート、後半ではジャム&ルイスがかつて手掛けたSOSバンド“Just Be Good To Me”的なシンセベースがうねる長尺ミックス《Mama Mix》もてんこ盛りでにぎやか。

ここまでに紹介したものはすべてR&Bミックスになるが、今回の配信の多くにR&Bミックスと並んでハウス・ミックスが含まている。もちろん、R&Bとハウスの距離が近づく時代の流れに即した結果ではあるものの、リミキサーとしてこの時期のジャネットを主にサポートしていたのがシェップ・ペティボーンであった点も見逃せない。シェップはサルソウル作品などR&Bとクラブ・フィールドの接点で古くから活動してきた人で、この頃にはジャネット以外にもたとえばマドンナの「Vogue」(1990年)を手掛け、ヴォーギングをお茶の間レベルに浸透させていた。

ハウスにおけるヴォーギングの起点となるのは『Rhythm Nation 1814』と同じ89年にマルコム・マクラーレンが発表した「Deep In Vogue」。今回のジャネットのハウス・リミックスにもその影響の一端を垣間見ることが出来る。たとえば「Deep In Vogue」を思い起こさせるストリングスは、「Alright」の《7″ House Mix》のラストに鳴らされるばかりか、ニュー・ジャックの隆盛と共に人気急上昇中だったラッパーのヘヴィ・Dをフィーチャーした《12″ R&B Mix Featuring Heavy D》にも登場。

念のために付け加えておくと、「Deep In Vogue」のベースライン/ストリングスはフィリー・ソウルの代表曲であるMFSBの「Love Is The Message」を元にしているのだが、シェップもまた80年代初頭にサルソウル・オーケストラ「Ooh I Love It (Love Break)」で同じ曲を使ってミックスしているので、このアイデアを先に使ったのは自身であるという自負はあっただろう。シェップはジャネットの仕事を通じて「Deep In Vogue」に呼応する形をとりながら自己主張を込めたという見方も出来るかもしれない。そのほか「Miss You Much」や「Rhythm Nation」のハウス系ミックスは明らかに「Vogue」と通じる作風だ。

ハウスと言えば、シェップのほかにも、彼のもとで腕を磨いたリミキサーであるジュニア・ヴァスケスが「State Of The World」のリミックスを手掛けている。《LP Version》はアルバムの中で最もニュー・ジャック・スウィングのフォーマットに忠実なアレンジだったが、ヴァスケスは《State Of The House》《Make A Change Dub》《World Dance Mix》のハウス・ミックスを手掛け、それら3つを美しい組曲仕立てにした14分超の《State Of The World Suite》を提供。これもアルバムを聴いているだけでは味わえない世界だ。

その他のリミキサーに目を向けると、UKの良質R&Bミックスを多数生み出しているCJ・マッキントッシュの姿がある。今回の配信タイトルの中で唯一、日本盤とヨーロッパ盤の2系統ある「Escapade」のうち、『Escapade: The Remixes, Pt.2』(ヨーロッパ仕様)の方にはそのCJによる《Hippiapolis Mix》を収録。リン・コリンズ「Think」など複数ネタを組み合わせて健康的なグルーヴを生み出すいかにも彼らしい仕事だ。

同じく彼が手掛ける「Love Will Never Do (Without You)」の《U.K. Funky Mix》も明るい陽射しが注ぎ込む好ミックス。余談だが、ウルトラマグネティックMCsのパンチラインの引用はキャロン・ウィーラー「Livin’ In The Light」と同ネタ。なお、「Escapade」の残りはすべてシェップの手によるもので、《Shep’s Housecapade Mix》は前述の「Vogue」ライクな作風。一方、『Love Will Never Do (Without You)”: The Remixes』の方もUKミックス以外はシェップがこなすが、こちらはすべてR&Bミックスになっている。

『Love Will Never Do (Without You): The Remixes』にはさらにおいしいオマケが2つ入っている。1つは「Rhythm Nation」~「Alright」~「Escapade」などを繋いでいく《The 1814 Megamix》、そしてもう1つがアルバム完全未収だった「You Need Me」だ。後者は「Rhythm Nation」風のビートにニュー・ジャック流儀の派手なオーケストラヒットとコンポーズを組み合わせたアップ。ちなみに『Come Back To Me: The Remixes』にも「The Skin Game」というかなりファンキーなノット・オン・アルバムがもう1曲あるので、リミックスは興味ないというファンでも聴き逃しは厳禁だ。また、唯一のバラードとなる「Come Back To Me」はスペイン語の語感のおかげでよりおセンチな気分になれる《Vuelve A Mi》や、ドラムレスの《The Abandoned Heart Mix》でうっとりするのも悪くない。

R&B系アーティストの枠組みから大きくはみ出したロック・ナンバーで異例のヒットを獲得した「Black Cat」もたっぷり9ヴァージョンある。とくにプロモーション・ビデオなどでおなじみの《Video Mix / Short Solo》《Video Mix / Long Solo》は、オリジナルでも弾いていたデイヴ・バリー、ジェシー・ジョンソン、ジョン・マクレインの3人のギターに加えて、「ファンク・メタル」として一世を風靡したエクストリームのギタリストであるヌーノ・ベッテンコートがヘヴィな刻みを聴かせる。

その上、この2ヴァージョン限定で、エクスリームはもちろん多くのメタル・バンドを手掛けてきたエンジニア/プロデューサーであるマイケル・ワグナーを迎えているのだから、当然のごとく完全ロック仕様の極上サウンドに仕上がっているわけだ(餅屋は餅屋)。このほか、激しいギター・ソロをフィーチャーしたリヴィング・カラーのヴァーノン・リード参加ヴァージョンや、CJ・マッキントッシュ手掛ける非ロック・ミックスもあり、「Black Cat」だけで47分を超えるボリュームに。

そう。今回の配信は本当にすさまじいボリュームである。8曲9タイトル全90ヴァージョン、総再生時間はなんと8時間を超える。フィジカルではまず揃えるだけも一苦労だが、気軽にチェックできるデジタル配信のメリットを享受してこの中から好みのヴァージョンを探してみてはいかがだろう。

Written by 荘 治虫


ジャネット・ジャクソン『Rhythm Nation 1814 – Remixes』
全9タイトル配信中
Alright: The Remixes
Black Cat: The Remixes
Come Back To Me: The Remixes
Escapade: The Remixes
Escapade: The Remixes (Pt. 2)
Love Will Never Do (Without You): The Remixes
Miss You Much: The Remixes
Rhythm Nation: The Remixes
State Of The World: The Remixes



 

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