イアン・ギラン以外にも錚々たるメンバーが参加した『Jesus Christ Superstar』ミュージカルアルバム
1970年10月12日にティム・ライスとアンドリュー・ロイド・ウェバーによるアルバム『Jesus Christ Superstar』がリリースされ、イアン・ギランがそのミュージカルの主人公役として選ばれた時、イアン・ギランはディープ・パープルと共にスーパースターへの道を駆けあがろうとしていた時でもあった。
ミュージカルを録音したアルバム『Jesus Christ Superstar』はオリジナル作品で、このミュージカルが大ヒットになる前に制作された。その参加リストは錚々たるメンバーによるもので、自身の力で大きな成功を収めている数多くのアーティストのほか、当時、別の場所で成功を満喫している者も含まれていた。
1970年の秋に『Jesus Christ Superstar』のアルバムがチャートに登場したとき、イアン・ギランはディープ・パープルのフロントマンとして活動しており、シングル曲「Black Night」とアルバム『In Rock』が共にチャート・インしていた頃だった。彼がアルバムで演じていたのは、若きイヴォンヌ・エリマンがステージ版の中で4年間演じ続けたマグダラのマリアの相手役、ジーザス・クライスト役だった。
イヴォンヌ・エリマンは1972年初頭、「I Don’t Know How To Love Him (邦題: 私はイエスがわからない)」のミュージカル版でもチャート上で、ささやかな成功を収めた。そして1970年代の後期に、「Love Me」や「Hello Stranger」、そしておなじみ映画「サタデー・ナイト・フィーヴァー」のサントラから「If I Can’t Have You」など次々とヒット作を生み出し、本領を発揮していた。
イスカリオテのユダを演じたマレー・ヘッドはアメリカとカナダで、アルバムのほぼテーマソングといえる「Superstar」でチャート入りを果たした。その後、1984年には「One Night In Bangkok」が大ヒットし、現在も続いている順調な俳優業と歌手業へと続いていった。
元マンフレッド・マンのフロントマン、マイク・ダボは、アルバムのなかでヘロデ王を理想的に演じながら、すでにソングライター兼俳優の道を進み始めていた。狂言者シモンを演じたジョン・グフタスソンはビッグ・スリーといったグループで活動するベース・プレイヤーで、ベテランであったが、のちにイアン・ギラン・バンドでこのアルバムからの彼の仲間と再会した。このLPに参加した他の注目すべき人物たちは、シンガーのP.P. アーノルド、イギリスのシンガー・ソングライターのレスリー・ダンカン、そしてアシュトン・ガードナー&ダイクのメンバーとしてイギリスで「Resurrection Shuffle」が大ヒットしアメリカ版『Jesus Christ Superstar』で大ヒットに恵まれたキーボード奏者のトニー・アシュトンだった。
アルバム『Jesus Christ Superstar』はイギリスで23位まで上昇したが、オーストラリアやヨーロッパの幾つかのエリアではトップ10に入るなどかなり良い結果を出した。しかし最も大成功したのはアメリカだった。ジャニス・ジョップリンの『Pearl』に遮られたものの、計3週間、首位の座を守りぬいたのだった。
Written by Paul Sexton
アンドリュー・ロイド・ウェバー『Jesus Christ Superstar』