ザ・フー「Pinball Wizard / ピンボールの魔術師」:急いで書き上げた誕生裏話とその軌跡
ザ・フーの「Pinball Wizard(邦題:ピンボールの魔術師)」は、偉大なロック・ナンバーであると同時にポップ・ソングの名曲でもあるという、きわめて稀な傑作だ。しかしながら、発表時のチャート上の成績から推察すると、この曲に対する当時の大衆の反響は、それから50年以上たった現在、与えられている評価に比べ、決して大きいとはいえないものだった。
「Pinball Wizard」は、ピート・タウンゼントの代表作のひとつと言ってもいい名アルバム『Tommy』の収録曲。彼はバンドとともに1968年9月にレコーディングを開始、同時にツアー活動は停止した。ピート・タウンゼントの友人であり音楽ジャーナリストであるニック・コーンは、完成しつつあったアルバムの一部をピート・タウンゼントから聴かせてもらった。彼の感想は高評価ではあるが4つ星止まりで、満点には至らなかった。
ニック・コーンがピンボール・ゲームの大ファンであることを知っているピート・タウンゼントは彼に訊ねた。「『それじゃあ、曲の中にピンボールがあればまともなレビューを書いてくれるかい?』と言ったら、彼は『もちろんさ。ピンボールと名のつくものが入っていれば何だって褒めるさ』と言ったんだ。それで“Pinball Wizard”を書いたんだ。この曲で聴き手を引っかけてアルバムを買わせてしまおうって考えて用意した曲だったんだ」。
急いで書き上げたものの、ピート・タウンゼントはそれが果たしてメリットになるのかどうか確信が持てなかった。「きっと厄介者になるだろうなと思いながらも、とりあえず曲作りは続けたんだ。“I’m a Boy”と同じバロック調のギターで始めて、次に荒っぽいフラメンコ・ギターに移る。使えそうなアイディアを探っていく感じでね。で、デモを仕上げてスタジオに持ちこんで披露すると、みんなが気に入ってくれたんだよ」。
1969年2月7日、ザ・フーはレコーディング・スタジオに事欠かないロンドンから離れたハイ・ロード・ウェルズデンにあるモーガン・スタジオで、プロデューサーのキット・ランバートとともに「Pinball Wizard」のレコーディングにとりかかった。
3月7日の金曜日にトラック・レコードからリリースされたこの曲は、3月22日にイギリスのシングル・チャートにランク・インし、同年5月3日に最高位4位を記録した。このときトップの座にあったのは、ザ・ビートルズの「Get Back」で、彼らと同じアップル・レーベルに所属するメアリー・ホプキンの「Goodbye」が2位、そしてあのデスモンド・デッカー・アンド・ザ・エーシズの「The Israelites」が3位につけていた。BBC Radio 1のDJトニー・ブラックバーンは”魅力に欠ける”と断じたが、「Pinball Wizard」は、本国ではまずまずの成績を残したわけである。一方、アメリカでは、この曲はイギリスに2週間遅れてシングルとしてリリースされ、4月上旬に全米シングル・チャートに登場。Billboard誌のチャートにおける最高位は5月24日に記録した19位というものだった。
アルバム『Tommy』は3月にレコーディングを終え、5月にリリースされた、一部の不幸かつ残念な評論家からは“反吐が出る”と言われたものの、全般的には批評筋からも一般大衆からも賞賛された。セールスは出だしこそ鈍かったものの、やがて2枚組みアルバムとして驚異的な伸びを見せ、結果的にイギリスのアルバム・チャートでは2位、アメリカのチャートでは最高位4位にまで上昇している。
『Tommy』の収録曲は、1969年8月中旬の週末に行われたウッドストック・フェスティヴァルにおける彼らのステージの中核を担った。バンドがメドレーのセクションをプレイしていた際のちょうど「Pinball Wizard」の演奏が終わったタイミングで、政治活動家のアビー・ホフマンがステージ上に突如現れるということがあった。アビー・ホフマンはマイクを掴み、ホワイト・パンサーのリーダー兼MC5のマネージャーであったジョン・シンクレアの刑務所収監に対する抗議を大声で叫んだのだ。これに激怒したピート・タウンゼントはアビー・ホフマンをギターで突き、罵詈雑言を浴びせながら彼をステージから退場させている。「Pinball Wizard」もまた間違いなくザ・フーの輝かしい歴史の一部なのである。
Written By Richard Havers
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