スティーヴン・ウィルソンはいかにしてプログレッシヴ・ロックを再びクールなものにしたか
スティーヴン・ウィルソン(Steven Wilson)は全プログレッシヴ・ロック・ファンの夢の体現者である。
彼のオリジナル・バンド、ポーキュパイン・ツリーは、殆ど他の誰の手も借りることなく、プログレッシヴ・ロックのリヴァイヴァルに火を点けた。その過程で彼はロバート・フリップやラッシュのアレックス・ライフソンら、その道の憧れの存在とコラボレーションしたのみならず、刺激的なソロ・キャリアもスタートさせた。今やプログレッシヴ・ロック界は彼の新しいソロ・アルバム、『To The Bone』の到着を固唾を飲んで待ち構えているところだ(*2017年8月18日にリリース)。
更に付け加えれば、彼はジェスロ・タル、イエス、そしてジェントル・ジャイアントといった面々から、掛け替えのないマスター・テープを託されるほど信頼を置かれているのだ。彼はそれをまっさらの状態からリミックスし、プログレッシヴ・ロックの礎を作ってきたアルバムたちのサウンドを更に磨きのかかったものにできる腕の持ち主なのである。
だが、覚えておいて損はないのは、スティーヴン・ウィルソンはキャリアの出発点においてはプログレッシヴ・ロックに対していささか懐疑的だったということだ。元々はソロ・プロジェクトだったポーキュパイン・ツリーは、XTCの(変名プロジェクト)デュークス・オブ・ストラトスフィア同様、サイケデリック時代に対する斜に構えたオマージュだった。そもそもポーキュパイン・ツリーというグループ名自体がどこかサイケデリックなイメージを連想させ、彼らの初期のアルバム数作にもそれに通じるところがあった。
1993年の『Voyage 34』(当初は30分のシングルとしてリリースされたが、後にダブル・アルバムへと膨らまされた)は大部分がインストゥルメンタル曲で、ある人物の34回目のアシッド・トリップ、それまでの33回はどうやら問題なくやり過ごせたらしいが、という不安な体験を再現したものである。ルーツとしては初期のピンク・フロイドやホークウィンドの宇宙的サウンド・コンセプトの影響に遡れるものの、『Voyage 34』は同時にモダン・テクノやアンビエント・ミュージックの要素も組み込んでいる。そして、彼の60年代のロール・モデル(その点では90年代も、ということになるが)と一番大きく違うところは、スティーヴン・ウィルソンはアシッド(*訳注:麻薬の一種)に対しても非常に懐疑的で、自分では一度としてやったことがないのである。
Photo by Hajo-Mueller正式にバンドの形になってから、ポーキュパイン・ツリーはそれまでに輪をかけてモダンとヴィンテージ両方の影響を巧みに操るようになり、『In Absentia』(2002) ではオルタナティヴ・メタル、『Deadwing』(2005)ではトゥールやメタリカまでもが引き合いに出された。そして2007年、バンドは『Fear Of A Blank Planet』という傑作を世に送り出す。ソングライティングの複雑さ、眩暈がするほど凝ったインストゥルメンタル・ワークは、彼らのプログレのルーツをそのまま実証するものだ(ロバート・フリップとアレックス・ライフソンのゲスト参加も同様)。
しかしながら、サウンドそれ自体と曲のテーマはあくまで現代的なのである。スティーヴン・ウィルソンはちょうどブレット・イーストン・エリス(訳注:アメリカのジェネレーションXを代表するアメリカの作家のひとり。学生時代に書いたデビュー作『レス・ザン・ゼロ』は映画化もされている)期の真っ只中で、彼の綴るいびつな若者たちの物語を曲のアイディアに採り入れた。彼はこの後も作品の中で、何度となく社会不適応者たちに共感を寄せている。
『Blank Planet』が分水嶺となったのには幾つか理由がある。まず、スティーヴ・ウィルソンが全篇テーマに沿ったアルバムに再び手を出し、ポーキュパイン・ツリー名義での次の(現時点では最後の)オリジナル・スタジオ・アルバム、よりシュールな内容の『The Incident』を含め、その後の作品でもその傾向が続いていること。また、『Blank Planet』が現代では極めて珍しく、リリース前に完璧に実地試験が行なわれたアルバムだったということ。本作の収録曲はすべて、レコーディング前にライヴで披露されており、オーディエンスに対して事前にスティーヴン・ウィルソンが懇願していた、加えて、もしも録音しているところを見かけたらその場でつまみ出すという警告のおかげか、いまだにそれらのショウの音源はインターネット上にも一切出てきていない。
『Blank Planet』はまた、間接的にではあるがスティーヴン・ウィルソンのリミキサーとしてのキャリアも先導することになった。このアルバムがグラミー賞のベスト・サラウンド・サウンド・アルバム部門にノミネートされて間もなく、彼はジェスロ・タルのフロントマン、イアン・アンダーソンから、録音されたばかりの『Thick As A Brick 2』にサラウンド・サウンド・ミックスを施すことと、彼らの過去のオリジナル・アルバムにも同じ作業をして欲しいという依頼を受けた。
ジェスロ・タルの根強いファンはこのニュースに大いに沸き、スティーヴン・ウィルソンはジェスロ・タルの『Stand Up』から『Songs From The Wood』まで、10枚のアルバムのリミックスを手掛けた後、更にキング・クリムゾンの70年代から80年代の全カタログと、イエスの絶頂期の数作、ジェントル・ジャイアントの『Octopus』 、そして 『The Power And The Glory』 、それにプログレッシヴ・ロックとは言い難い、シカゴやXTC、ティアーズ・フォー・フィアーズといったところの名盤でも手腕をふるった。
いずれの場合でも、彼はサラウンド・ミックスにおいても、マルチ・トラックによる新たなサウンド・ミックスにおいても最大限期待に応え、かつ一切自らの指紋を遺さないよう細心の注意を払っている。ステレオ・ミックスでは、最新のギミックを加えたり、新たに楽器を入れることもない(稀に例外として、ジェスロ・タルの『Passion Play』のレストアされたヴァースのように、彼がオリジナルから切り取られたセクションを発見した場合は別だが)。
聴き手にしてみれば、あくまで過去のミックスと同じフィーリングで、作品全体としてのスピリットは損なわれず、更にひとつひとつの楽器に新たな音像の明瞭さが加わっているのだ。これはとりわけ、オリジナルのミックスが極めて乱雑なことで悪名高いイエスの『Tales From Topographic Oceans(邦題:海洋地形学の物語)』のような作品にとっては大いなる救済だった。
また、スティーヴン・ウィルソンの埋めておいたイースター・エッグ探しも一興だ。例えばエマーソン、レイク&パーマーの『Tarkus』のリミックス盤には、 「Unknown Ballad」というタイトルのボーナス・トラックが収録されている。一聴して明らかにELPの曲ではないのだが、これは後に、レイクが1972年にアルバムをプロデュースしたUKサイケ・バンドのスポンテイニアス・コンバッションによるデモであることが判明したのだ。かくしてこのトラック自体が考古学的発見となるというわけだ。
これだけ多くのリミックス仕事を手掛けていれば、スティーヴン・ウィルソン自身の作品のリリースが少なからず影響を受けるだろうと思うだろうが、そうではない。『To The Bone 』は彼にとって、『Blackfield V』に続く2017年2作目のリリースだ。これはイスラエルのシンガー・ソングライター、アヴィヴ・ゲフィンと続けているコラボレーションの最新作で、スティーヴン・ウィルソンの憂いを帯びたポップ職人としての技量が存分に味わえる。
彼が個人名義で最後に出したフルのソロ・アルバム、2015年の『Hand. Cannot. Erase.』は、よりダークで、何とも言えない後味を遺すサウンドになっている。ロンドンのアパートで孤独死を遂げた上、3年間誰にも発見されなかったジョイス・キャロル・ヴィンセントという実在の女性の物語をベースにしたコンセプト・アルバムには相応しいとも言えるだろうが。それに比べると『To The Bone』はピーター・ガブリエル、ケイト・ブッシュ、ティアーズ・フォー・フィアーズといった、彼が物心ついてから好きで聴いてきたプログレッシヴ・ポップに対するオマージュに満ちて、より入りやすい作品と言える。同時代の偉人、XTCのアンディ・パートリッジがアルバム中2曲を彼と共作しており、一部はらしくなく驚くほど明るい。スティーヴン・ウィルソンはこう言っている。
「アルバムの11曲はここ最近の世の中の被害妄想的カオスから着想したんだ、真実とはどうやらどうとでも曲げられる観念になってしまったらしいって言うね……それから、僕のこれまでのキャリアにおいて最も天真爛漫な喜び溢れる現実逃避のエッセンスを歓迎すべき要素として加えてみた。ご家族みんなで楽しんでもらえる作品だよ!」
とりわけ落ち着きがなく、並外れた才能に恵まれたミュージシャンのご家族には最適だ。
Written By Brett Milano