ゴシック・ロックの歴史:暗い影の中から表舞台へと現れた漆黒のアーティストたち

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Photo: Fin Costello/Redferns

“ゴス / Goth”の本質を定義するのは恐ろしく困難なことだ。否定派は、不気味でファッション先行型、流行りの色はいつでも黒の連中だと言って嘲笑うが、ゴスという用語を盛った髪の毛とたっぷり塗ったマスカラとバンパイアのことだと思っているなら痛い目にあうこと必至である。ゴスとは、建築から映画や哲学に至るまでのあらゆるものに関連する”ゴシック”から派生したものであり、音楽の世界では1980年代に台頭して以来21世紀になっても進化を続ける複雑な多頭身の獣のことだ。例としては、ゴスの生白い首に牙を食い込ませるようなブラック・モスの『Anatomical Venus』を始めとするアルバムがある。

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ゴスがいつロックの辞書に載ったのかを正確に特定することも、また同じく危険な行為だ。先駆的存在としてド派手なロッカー、アリス・クーパーのようなアーティストや、ドゥーム・メタルのパイオニアであるブラック・サバスのようなグループを挙げる者もいるが、公式に呼ばれた例としてはロック評論家のジョン・スティックニーに”ゴシック・ロック”というレッテルを貼られたドアーズが最初になる。スティックニーは、1967年にアメリカの学生向けの情報誌”The Williams Record”に寄せた記事の中で、彼が観に行ったドアーズのコンサートの「暗い雰囲気 / Dark Atmosphere」を指摘し、ジム・モリソンのヴォーカルを「悪魔的だ」とまで評している

元ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの歌姫ニコによる、氷の冷たさを湛えた1969年リリースの傑作『The Marble Index』は、彼女の死後に作家デイヴ・トンプソンによって「最初のゴス・アルバム」と呼ばれたが、この言葉がメインストリームのロック界メディアに浸透したのはパンクの時代が去った後になってからだ。

ニュー・ミュージカル・エクスプレス誌のニック・ケントは1978年にロンドンのラウンドハウスで行われたスージー・アンド・ザ・バンシーズのライヴ評で「ドアーズ、そして間違いなくヴェルヴェット・アンダーグラウンドに並ぶゴシック・ロックの立役者」と述べており、プロデューサーのマーティン・ハネットはジョイ・ディヴィジョンが1979年にリリースした画期的なデビュー・アルバム『Unknown Pleasures』を「ゴシック的なニュアンスを持つダンス・ミュージックだ」と表現していた。

 

ゴシック・ロマンスの擬似デカダンス

ゴスを発明したと広く知られているレコードは、このジャンルが正式に認められるよりもかなり前に登場していた。1979年8月、ロンドンを拠点とするインディ・レーベルのスモール・ワンダーからリリースされたノーサンプトンの4人組バンド、バウハウスのファースト・シングル「Bela Lugosi’s Dead」がそのレコードである。

ピーター・マーフィーのカリスマ的なバリトンの演奏で締めくくられたこの曲の歌詞は、ブラム・ストーカーの怪奇小説『ドラキュラ』の影響を受けたものだが、タイトルは1931年の映画『魔人ドラキュラ』(吸血鬼や”アンデッド”の概念を世界に広めたのがこの作品だった) でドラキュラ伯爵を演じたハンガリー生まれの俳優ルゴシ・ベーラに敬意を表したものだ。

ニュー・ミュージカル・エクスプレスで「ゴシック・ロマンスの疑似デカダンス」と評されたバウハウスの不吉で荒々しいデビュー・アルバム『In The Flat Field』もまた、1980年後半のイギリスのインディペンデント・チャートで1位を獲得した。

同じ年、ロンドンのパンク・シーンが急速に変化していく中で、ザ・ダムドもゴシック的な魅力を持った一連のトラック (「Dr Jekyll & Mr Hyde」「13th Floor Vendetta」、そして17分に及ぶ野心的な作品「Curtain Call」) を含む卓越したダブル・アルバム『The Black Album』をリリースしている。

その後の1年間の間に、スージー・アンド・ザ・バンシーズの高く評価された『Juju』や、オーストラリアからの移民であるザ・バースデイ・パーティの野性的なシングル「Release The Bats」など、影響力のあるゴスのプロトタイプともいうべき品が登場した。また、過小評価されていたルートン出身の4人組、UKディケイが1981年のサウンズ誌の記事で”パンク・ゴシック”と呼ばれ、ザ・シスターズ・オブ・マーシー、セックス・ギャング・チルドレン、そしてザ・マーチ・ヴァイオレッツなどの切迫感を持ったポスト・パンク・グループ (とは言え、一括りにするには、実のところ比較的雑多ではあった) がゴスと呼ばれるようになってからは、紙面上でもその呼び名が一般化していった。

ゴスの多様性

1982年、ザ・キュアーが『Porngraphy』のリリースに合わせ、トレードマークとなったあの逆立てたヘアスタイルと口紅の装いで行なったコンサート・ツアー以降、ゴスは初めて流行の波に乗った。一方、バウハウスは『The Sky’s Gone Out』と『Burning From The Inside』という2作のアルバムでヒット・チャートのトップ20入りを果たし、テレビ番組”Top Of The Pops”でデヴィッド・ボウイの「Ziggy Stardust」のカヴァー・ヴァージョンを披露して注目を集めた。

また、1982年7月にはロンドンでナイトクラブ”The Batcave”がオープンし、以降、同所がゴスのホームグラウンドになった。ソーホーのミアド・ストリートに位置するこのナイトスポットは、当時のオルタナ系の有名人達のお気に入りの隠れ家となり、常連客の中にはスージー・スー、ザ・キュアーのロバート・スミス、マーク・アーモンド、ニック・ケイヴなどがいた。クラブのハウスバンドでグラム的な要素を持ったスペシメンや、エレクトロニカ色の濃いエイリアン・セックス・フィーンドなどの登場は、ゴスがいかに多様化していたかを示すものだった。

しかし、ゴシック・ロックが暗い影からその全貌を現わし、いよいよ注目を集めるようになったのは1980年代半ばから後半にかけてのことだった。MCAとレコーディング契約を交わしたザ・ダムドが1985年にアルバム『Phantasmagoria』をリリースし、同作でシルバー・ディスクを獲得、メジャーな存在になったのがそのころのことだ。ゴシック色濃い魅力的なアルバム『Phantasmagoria』からは、「Grimly Fiendish」、エンリオ・モリコーネ作品のように颯爽としたスケール感の「The Shadow Of Love」、そしてバリー・ライアンの1968年のヒット曲をドラマティックにリメイクした「Eloise」といったヒットが生まれ、イギリスのチャートを彩った。

また、ザ・カルトやザ・シスターズ・オブ・マーシー、そしてザ・ミッションも、同じころ急成長を遂げ、1980年代後半にそれぞれ『Love』、『Floodland』、『Children』という、各々のキャリアを決定づけるアルバムをリリースし、英チャートの10圏内に送り込んでいる。

ゴスというジャンルの草分け的存在のスージー・アンド・ザ・バンシーズとザ・キュアーもステップアップし続けた。バンシーズは『Tinderbox』や『Peepshow』といったジャンルの枠を超えたアルバムで批評家からの賞賛を浴びると同時にトップ20ヒットを放ち、ザ・キュアーは1989年のメランコリックな傑作アルバム『Disintegration』のリリースに伴って行ったワールド・ツアーで各地のスタジアムを聴衆で満たした。

 

反キリスト主義のスーパースターたち

ゴスは、商業的成功という面では1980年代後半にそのピークを迎えたが、1990年代のオルタナティヴ・ロックの爆発的な盛り上がりの中でも依然として影響力を発揮し続けた。マリリン・マンソンの奇想天外なイメージと気品漂う衣装は明らかにゴスの洗礼を受けたものだし、物議を醸したマンソンのアルバム『Antichrist Superstar』やナイン・インチ・ネイルズの『The Downward Spiral』といった当時のマルチ・ミリオン・ヒット・アルバムにはこのジャンルの影響力が強烈に浸透していた。なお、『Antichrist Superstar』、『The Downward Spiral』とも、ゴシック・ロックとエレクトロニカ、インダストリアル・ロックを鮮やかに融合したアルバムだった。

1990年代も後半に至ると、オルタナティヴ・ロックのパイオニアに数えられるザ・スマッシング・パンプキンズがゴスの影響を色濃く滲ませたアルバム『Adore』をリリースした。また旧世紀と新世紀をまたいで成功を収めたメタル・グループにとっても、ゴスというジャンルはXファクターになっていた。サフォーク出身のクレイドル・オブ・フィルスは着実な成長を続け、アーカンソー出身エヴァネッセンスが2003年に発表した野心的なデビュー・アルバム『Fallen』は、全世界で1700万セットのセールスを記録している。

そして今もなお、ゴスの影響力は決して消えてはいないように思える。ガレージ・ポップとゴシック・ロックを革新的に融合し、実に5枚のアルバムをイギリスのチャートのトップ40に送り込んでいるイギリスのインディ・クロスオーヴァーの雄、ザ・ホラーズや、エレクトロとクラシックとダークなゴシック・サウンドの大胆不敵なブレンドで批評家を驚かせているアリゾナ出身のシンガー・ソングライター、ゾラ・ジーザスの存在はその証左と言えよう。

一方、ブラック・モスの、ジム・スクラヴノスのプロデュースになる極めてハードエッジな『Anatomical Venus』は、かつてザ・シスターズ・オブ・マーシーやザ・ミッションを始め多数を輩出したゴスの中心地ヨークシャーが2018年も相変わらずゴス精神を宿した高いクオリティのロックン・ロールを生み出し続けていることを証明している。

ゴスの妖艶な存在感は今もなお堂々と現代のロックシーンに影響しているのだ。流行やファッションが移り変わる中でも色褪せることなく、ザ・キュアーの大規模なコンサートがハイド・パークで行われたことや、最近リリースされたザ・ダムドの卓越したアルバム『Evil Spirits』がトップ10入りしたことから判断するに、どうやらゴスは今もなお新しい入門者を迎え続けているらしい。

Written By Tim Peacock




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