フランク・ザッパ『Sleep Dirt』解説:70年代に残した魅力的で複雑な不遇の傑作
フランク・ザッパ(Frank Zappa)は幅広いジャンルを横断した音楽で知られるが、『Sleep Dirt』はその中でも特に分類が難しい。ギターを大きくフィーチャーした楽曲もあるがロック・アルバムではないし、アコースティック・ベースも使用されているがジャズ・アルバムでもない。譜面に起こされた楽曲も多いが、クラシック音楽とも異なる。
風変わりなミュージカル調の楽曲や、骨のある独特のギター・リフ、難解なジャズ・フュージョンの演奏、アコースティックのバラードなどをすべて含む同作は、どんなザッパ・ファンにとっても魅力のあるアルバムといえる。
また、同作にはテリー・ボジオ、ジョージ・デューク、チェスター・トンプソン、パトリック・オハーン、ルース・アンダーウッド、ブルース・ファウラーなどザッパが厚い信頼を置いたメンバーが参加。それぞれが創意に富んだ名演を披露している。
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『Sleep Dirt』の入り組んだ制作秘話
『Sleep Dirt』があまり知られていない最大の理由は、バラバラに制作された楽曲を集めたものだからだろう。同作の一部は、1972年の夏に書かれた突飛なSFミュージカルを基にしている。81ページの脚本が執筆された同作『Hunchentoot』には、10人の俳優に10人のコーラス隊、そして22人編成のオーケストラを起用する構想だった。
このミュージカル (ザッパは主演にバーブラ・ストライサンドを迎えようとしていたようだ) が上演に至ることはなかったが、書かれた全14曲のうちの多くはその後、複数のザッパ作品に散り散りに収録されている。
「Think It Over」は1972年作『The Grand Wazoo』の表題曲に、「Planet Of My Dreams (夢の惑星) 」は1984年作『Them Or Us』の収録曲として蘇った。一方、基礎となるトラックが1974年12月にコロラド州ネダーランドのカリブー・ランチで制作された「Time Is Money」「Spider Of Destiny」「Flambay」の3曲は、いずれも『Sleep Dirt』に収められている。
残る収録曲のほとんどは、ロサンゼルスのレコード・プラントで制作された1976年のスタジオ・アルバム『Zoot Allures』に収録されるはずだったトラックだ。『Zoot Allures』はもともと2枚組となる予定で、表題曲「Sleep Dirt」(1974年のレコーディングの成果) や、「Filthy Habits」「The Ocean Is The Ultimate Solution」もそこから最終的に漏れてしまったトラックである。
ザッパは1974年と1976年にレコーディングした楽曲を『Sleep Dirt』として纏め、そのほかの3作 (『Zappa In New York』『Studio Tan』『Orchestral Favorites』) と併せて1977年前半にワーナー・ブラザーズへ手渡した。しかしこれが発売に至らなかったことから、ザッパはこれらの収録曲を4枚組ボックス・セットの『Läther』として再構成。すると今度はワーナーが同作のリリースを妨害するため、4枚のアルバムを別々に発売したのだった (ザッパ・トラストが『Läther』のリリースを実現させたのは1996年のこと) 。
『Sleep Dirt』に関するややこしい逸話はこれにとどまらない。90年代にCDでリイシューすることとなった際、ザッパはシンガーのタナ・ハリスを起用して「Time Is Money」「Spider Of Destiny」「Flambay」にヴォーカルを付け足したのだ (同じくチャド・ワッカーマンのドラムも追加された) 。しかし、現在ストリーミング・サービスで聴けるものや2012年に発売されたCD/LPは、歌のないオリジナル・ヴァージョンになっている。
果たしてどんなアルバムなのか?
ここまでは『Sleep Dirt』の入り組んだ制作秘話を紹介してきたが、アルバムの内容はどうだろう?フィードバック・ノイズが印象的でどこか悪魔的な響き (ザッパがブラック・サバスを好んでいたのは有名な話) のある「Filthy Habits」は、5トラックに分かれたギターのサウンドを中心に据えた逸品。
切迫感のある10/8拍子のグルーヴに乗せて、ザッパならではのメロディ・センスやボジオの華麗なドラムが炸裂している。また、ザッパの様式的なギター・ソロは、『Shut Up ‘n Play Yer Guitar (黙ってギターを弾いてくれ) 』などに通じるプレイである。
続く「Flambay」は、一風変わったラウンジ・ジャズの名曲。ジョージ・デュークの艶っぽいピアノに、ルース・アンダーウッドの魅力溢れるマリンバ、そしてオハーンの表情豊かなベースを堪能できる。
そこから継ぎ目なく流れ込む次曲「Spider Of Destiny」は濃密でゆったりとした行進曲のような風情だが、ザッパのギターが鋭いサウンドでリードしていく。他方「Regyptian Strut」は、ザッパによる珠玉のインストゥルメンタル・ナンバー。同曲でブルース・ファウラーは、トロンボーンをこれでもかというほど (本人の見立てでは13トラック) 多重録音したという。
そのほかにも、アンダーウッドのパーカッションは同曲を鮮やかにし、ピアノのデュークはここでもファンキーな名演を披露している。ベースとドラムによるヒップホップさながらのブレイクまで飛び出す同曲には、全編を通してヒーロー映画やアドベンチャー映画のような”ハリウッド風”の遊び心が感じられる。
ザッパ・ファンにはたまらないレアな楽曲
「Time Is Money」は、デュークのシンセ・ベースの音色や、ギターとピアノが細かい旋律を刻む間奏が特徴のユニークであり非常に風変わりな1曲。続く表題曲「Sleep Dirt」は、ジェームズ・ユーマンとのアコースティック・ギターによるデュエット曲。ザッパのギター・プレイの代名詞であるプリングやチョーキングが多用される、ファンにはたまらないレアな楽曲である。
アルバムは30分間のジャム・セッションを短く編集した大曲「The Ocean Is The Ultimate Solution」で幕を閉じる。変則チューニングが施されたフェンダーの12弦ギターを前面に押し出した1曲で、ギターは低音域と高音域がそれぞれステレオの左右に割り振られている。
ほとんど空前絶後といえる奇抜な演出だ。もともと『Zoot Allures』の表題曲になるはずだった同曲でザッパは、エレキ・ギターによる流れるようなソロも披露。ベースのオハーンはこの演奏でバンドのオーディションに合格したというが、決して調子の悪い日ではなかったことがよくわかる。名高いザッパの作品群の中でも屈指の魅力を持った同アルバムにふさわしい、力強いフィナーレである。
Written By Matt Phillips
フランク・ザッパ『Sleep Dirt』
1979年1月19日発売
iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music
『ZAPPA (Original Motion Picture Soundtrack)』(3CD)
輸入盤/デジタル:2020年11月27日発売
日本国内盤:2022年4月20日発売
国内盤CD / LP/ iTunes Store / Apple Music / Amazon Music
<日本盤のみ>解説付/歌詞対訳付SHM-CD仕様
2022年6月17日発売
国内盤CD / iTunes Store / Apple Music
映画情報
『ZAPPA』
2022年4月22日(金)日本劇場公開
監督:アレックス・ウィンター|出演:ブルース・ビックフォード、パメラ・デ・バレス、バンク・ガードナー、デヴィッド・ハリントン、マイク・ケネリー、スコット・チュニス、ジョー・トラヴァース、イアン・アンダーウッド、ルース・アンダーウッド、スティーヴ・ヴァイ、レイ・ホワイト、ゲイル・ザッパ
キングレコード提供|ビーズインターナショナル配給
シネマート新宿・シネマート心斎橋ほかにて
2020年|アメリカ映画|129分|原題:ZAPPA
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