フランク・シナトラとクリスマス・ソング:ホリデー・シーズン表現できる唯一の歌手
率直にいって、フランク・シナトラ(Frank Sinatra)なしのクリスマスはありえないだろう。「シナトラ」と「クリスマス」という言葉は、西洋文化の中では表裏一体の関係にある。実際、シナトラの温かみのあるバリトン・ヴォイスの「Silent Night」や「Have Yourself A Merry Little Christmas」をラジオやレストラン、ショッピングモール、自宅のステレオで聴くまでは、クリスマスとは思えない。
フランク・シナトラのクリスマスの録音はたくさんあるが、彼の声を聞くととたんにクリスマス気分となり、「The First Noel」での歌声を聞くと、ホリデー・シーズンが近づいていることを実感できるのだ。
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では、シナトラとクリスマスの関係はどこからきているのか? それはシナトラが当時所属していたレコード会社コロンビアがLPフォーマットを導入した1948年にさかのぼる。後にザ・チェアマン・オブ・ザ・ボードとして知られるようになる32歳のシナトラが自身初のクリスマス・アルバム『Christmas Songs By Sinatra』をリリースしたのは、この年のことだった。
このアルバムには、1944年に初めてシングルとして録音した「White Christmas」に始まり、シナトラのお気に入りだったらしい「O Little Town Of Bethlehem」などのキャロル、そして「Santa Claus Is Coming To Town(サンタ・クロースが町にやってくる)」で締めくくる8つの伝統的なクリスマス・ソングが収録されている。
シナトラが“グレート・アメリカン・ソングブック” の名手としての地位を確立し、新しいレーベルとなるキャピトルに移籍して、彼のキャリアの中で最高のクリスマス・アルバムを発表することになる。それまでにはあと9年も待たなければならない
歌詞を変えて大ヒットしたクリスマス曲
1957年、シナトラは2枚目のクリスマス・アルバム『A Jolly Christmas With Frank Sinatra』をリリースした。このアルバムで印象的なのは、ラルフ・ブレインとヒュー・マーティンが作曲し、1947年の映画『若草の頃』の中でジュディ・ガーランドが歌った「Have Yourself A Merry Little Christmas」のシナトラによるヴァージョンだ。
録音する前、シナトラは「Have Yourself A Merry Little Christmas」のオリジナルの歌詞が悲観的過ぎると感じていた。2007年、当時93歳だったヒュー・マーティンは、この曲の2回目のレコーディングをする前の1957年、シナトラが彼に電話をしてこう頼んだそうだ。
「”なんとか切り抜けよう”の部分の歌詞を書き直してくれないか? 私のアルバムの名前は『A Jolly Christmas』だ。だからその部分の歌詞を陽気にして欲しいんだ」
マーティンはその頼みを了承し、何度か修正を加えた。その中でも大きなものは、「Until then we’ll have to muddle through somehow / その時まで我々はなんとか切り抜けよう」という歌詞を削除し、「Hang a shining star upon the highest bough / 輝く星を最も大きな枝に掲げよう」というセリフに置き換えたことだ。
この変更は曲のムードを高めて、修正前の”苦難の瞑想の歌”から”静かに高揚した希望の歌”へと変貌させた。シナトラがこの新ヴァージョンをレコーディングしたことで、ほとんど相手にされていなかった映画曲が、後に数多くのシンガーによってカヴァーされることになる、正真正銘のスタンダードへと変わったのだ。
そしてフランク・シナトラは、ビング・クロスビーとともにクリスマスのテレビ特番も収録した。1957年12月20日に放送された『Happy Holidays With Bing And Frank』は、フランク・シナトラとホリデー・シーズンとの忘れられない関係を世間に定着さた。
リプリーズ設立後のクリスマス
それから3年後の1960年、45歳になったシナトラは自身のレコード会社リプリーズを設立するためにキャピトルを脱退し、新たなキャリアをスタートさせた。1963年には、コンピレーション・アルバム『Frank Sinatra And His Friends Want You To Have Yourself A Merry Little Christmas』に1曲「Have Yourself A Merry Little Christmas」を提供したものの、翌年1964年には新会社のために初の本格的なクリスマス・アルバム『12 Songs Of Christmas』を録音する。このアルバムには、シナトラの昔からのパートナーであるビング・クロスビーや、演奏には人気バンドのフレッド・ウェアリング&ペンシルヴァニアンズが参加している(同じ年の初め、彼らはリプリーズのアルバム『America, I Hear You Singing』でコラボレートしている)。
それから4年後の1968年、『The Sinatra Family Wish You A Merry Christmas』という、これまでとは全く違ったフランク・シナトラのクリスマス作品が誕生した。その年の7月と8月といった真夏に録音されたにもかかわらず、鈴の音が鳴り響くアレンジは、本物のクリスマス気分を呼び覚ますのに役立った。このアルバムは伝統的なクリスマス曲や、サミー・カーンとジミー・ヴァン・ホーセンの「I Wouldn’t Trade Christmas」やジミー・ウェブの「What Happened To Christmas」といったあまり知られていない楽曲も収録。ネルソン・リドルとドン・コスタによる素晴らしいアレンジで、シナトラは3人の子供であるナンシー、フランクJr.、ティナと共に心温まるパフォーマンスを披露している。
“彼のようにクリスマスを歓迎した人は他にいない”
1998年に彼が亡くなって以来も、シナトラの楽曲を集めたコンピレーションは数え切れないほど発売されている。その中でも最も重要なクリスマス・アルバムは、2004年にリリースされたリプリーズ時代の主要な楽曲を収録している『Frank Sinatra Christmas Collection』だ。他のシナトラのクリスマス・アルバムとの違いは、ビング・クロスビーとのデュエットや、1991年にシナトラが75歳の時に録音した「Silent Night」の演奏など、未発表曲が含まれているところだ。シナトラがクリスマス曲を録音したのはこの時が最後となった。
シナトラがクリスマスの曲を好んで録音していたことは有名だが、彼のクリスマスに対する考え方はどうだったのだろうか。娘のナンシーがVariety誌のインタビューで語ったところによると、フランク・シナトラはホリデー・シーズンが大好きだったそうだ。「父のようにクリスマスを歓迎した人は他にいないと思います」とナンシーは語っている。それは驚くべきことではないだろう、彼の多くのクリスマスやホリデー楽曲の録音には温かさと真摯さが感じられる
クリスマスはフランク・シナトラなしではありえない。多くの人にとって、彼はホリデー・シーズンを生き生きと表現できる唯一の歌手なのだ。飾りつけや雪をキラキラと輝かせ、すべての人への博愛と善意の深い感覚で私たちの心を温めてくれるのは、彼だけなのだ。もちろん、クリスマスは宗教的な行事やプレゼントの交換の時期ではあるが、クリスマスはお祝いの時期でもある。
フランク・シナトラがクリスマスの代弁者であることを主張するのは、おかしいことでもなんでもない。ホリデー・シーズンにとって彼の存在は、冬にとっての雪のような存在であり、クリスマスを体験する上で欠かせない存在なのだ。彼が1957年に録音した「The Christmas Song」で歌った「往年の幸せな黄金時代 / happy golden days of yore」を思い起こさせるような、まろやかで内省的でありながらも明るく陽気な彼の曲は、不可欠なサウンドトラックを提供してくれる。
フランク・シナトラは、永遠にクリスマスのナンバー・ワン。これからしばらくの間も、クリスマス・ツリーのトップにいるだろう。
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