トム・ウェイツによるアイランド・レコード時代の5枚を解説

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唯一無二の歌声と音楽表現であらゆる世代に影響を与え続ける孤高のシンガー・ソングライター、トム・ウェイツ(Tom Waits)。彼がアイランド・レコード時代に発売した5枚のアルバムの最新リマスターとなり、2023年9月と10月にリリースされることになった。

その5枚のアルバムをそれぞれの解説をご紹介。

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『Swordfishtrombones』(1983年発表)

アイランド・レーベル移籍後第1弾にして初のセルフ・プロデュース作。それまでのピアノ弾き語りスタイルから離れ、ダイナミックでアヴァンギャルドなロック・サウンドを展開、デビュー10周年を飾る話題作となった。

キャプテン・ビーフハート&ヒズ・マジック・バンドの最高傑作『Trout Mask Replica』に敬意を表したタイトルである『Swordfishtrombones』は、いわばトム・ウェイツ流の模倣であり、多様なサウンド・パレットから選ばれた様々な雰囲気がつまっている。

アルバムには、曲がりくねったアリの行進風の「Underground」や、街で貧しい暮らしをする人々について印象的に歌った、痛切で簡素なピアノバラード「Soldier’s Things (兵士の持ち物)」、酒場の良き長話風「Frank’s Wild Years (ワイルドなフランクの話)」、ウェイツの妻でありミューズでもあるキャスリーン・ブレナンへの愛情のこもったミニマムな賛歌「Johnsburg, Illinois (イリノイ州ジョーンズバーグの町の歌)」、近隣住民のカオスに対する不調和なアンセム「In The Neighborhood」などがある。

このように楽曲は、独創性にあふれていて、しかもショッキングだ。特に、彼と長年の付き合いがあったレーベル、エレクトラ/アサイラムにとっては。そしてエレクトラ/アサイラムは、このアルバムのリリースを拒んだ。

正しく言うとエレクトラ/アサイラムが拒絶したのは、国際的にも熱烈に支持され、称賛される7枚のアルバムを出し、1982年にはフランシス・フォード・コッポラ監督の映画『ワン・フロム・ザ・ハート』のための“ティン・パン・アレー”スタイルの楽曲でアカデミー賞にノミネートされたアーティストだ。

レーベルに拒絶されたアイランド・レコードの創設者クリス・ブラックウェルは、即座にウェイツをつかまえて『Swordfishtrombones』をリリースした(ウェイツの初プロデュース・アルバムだ)。その結果は、音楽雑誌スピンは、史上2番目に素晴らしいアルバムだと評し、ローリング・ストーン誌は“優れている”と絶賛し、ニューヨークタイムズ紙は“革新的”と評した。エルヴィス・コステロは“僕は嫉妬した”と後にコメントした。

ウェイツが大いに信頼を寄せる妻キャスリーン・ブレナンは、いくつかの楽曲では共作者であり、ウェイツが音楽上で影響力を広げる助けとなるような、新たな自由や発想を彼に与えた。ウェイツはインタビューでこう言った。

「(妻の)キャスリーンは、僕を説得した初めての人間で、ジェイムズ・ホワイト・アンド・ザ・ブラックスやエルマー・バーンスタインやレッド・ベリー――共演なんてあり得ない人々だ――を呼ぶことだってできるし、彼らが僕を呼んで共演することもあり得ると言った。パパの軍服と、ママのイースター・ハットと、弟のバイクと、妹のハンドバッグを持ってきて、それら全部を縫い合わせて、そこから何か意味のあるものを作りだそうとしてもいいとね」


『Rain Dogs』(1985年発表)

キース・リチャーズ、クリス・スペディング、マーク・リーボウ他豪華ギタリストやジョン・ルーリーなどがゲスト参加。名曲「Downtown Train」他を収録した、最高傑作との誉れ高い1枚だ。

本アルバムは『Swordfishtrombones』と『Franks Wild Years』と共に事実上の3部作を成す中の2作目にあたるアルバムだ。ローワー・マンハッタンにある地下室で作曲され、ニューヨークのRCAでレコーディングされた。その地に、ウェイツと妻のブレナンは、1984年に引っ越した。そのほうが創作に良いのではないかとブレナンが提案したからだ。そしてその通りになった。

53分間、19曲のモンスターアルバム『Rain Dogs』は、一種のミュータントで、変幻自在のバンドが演奏するのは20世紀末ミュージカル版の“カンタベリー物語”だ。この陽気で粗野な作品には、バンジョー、マリンバ、ミュージック・ソー、マーチング・ドラム、ミュージック・ホーン(それにキース・リチャーズとマーク・リーボウ)が登場し、ウェイツも自分の声をますます奇妙でワイルドなやり方で駆使している(エスクァイア誌は“アメリカ中でもっとも独特”と表現した)。

アルバムには、物語風、サーガ、哀歌、ブレイクダウン、性格描写、コメディ、キャバレー音楽があり、ザ・ローリング・ズトーンズがカバーするべきだったウズウズするような「Hang Down Your Head」や、後にパティ・スミスやロッド・スチュワートにカバーされた胸を打つアンセム「Downtown Train」がある。これらはすべてブレナンとの共作であり、ブレナンは「Gun Street Girl」や「Jockey Full Of Bourbon」の制作にも携わっている。

ウェイツがアルバム・タイトルにした『Rain Dogs』とは、嵐で臭いが失われて道がわからなくなった犬のことだ。アルバム中の迷い犬には、例えば、放浪する商船のぶっきらぼうな船員(「Singapore」)や、食肉処理場のアコーディオン奏者(「Cemetery Polka」)、見捨てられ、引きこもった女性(「Time」)、年老いた酔いどれやユニオン・スクエアの街娼を歌った「Gun Street Girl」、そして“破滅の列車に乗って/傘はレイン・ドッグにくれてやる/僕もレイン・ドッグだから……”と歌うウェイツ自身までいるのだ。1985年にウェイツはこう語った。

「物語に出てくる人々のほとんどは、ここで曲がったり、そこで曲がったりして、ドアから出て行き、そして誰かが彼らを拾って、それで皆、道を進んできた。彼らは自分たちでも気づかないうちに道に迷ったんだ。“Singapore”はそんな感じだ。台湾のリチャード・バートンだ」

作詞の仕事ぶりは、いつものウェイツと比べても、最初から驚くほどのものだった。ニュー・ミュージカル・エクスプレス誌は『Rain Dogs』をアルバム・オブ・ザ・イヤーに選び、ローリングストーン誌は80年代のベスト100アルバムの21位に選び、またロバート・ディメリーによる本『死ぬ前に聴くべき1001枚のアルバム』にも選ばれた。このアルバムはどんどん名声を獲得していき、多くの批評やエッセイでも称賛された。

2019年、人気のあるコンテンポラリーのシンガー・ソングライター、キアラン・ラヴェリーはアイリッシュ・タイムズ紙にこう書いている。

「(『Rain Dogs』を)ジャンルで定義したり、分類整理したりするのは無理だ。こんなアルバムを聴いたことのある者は一人もいないだろうし、“あれによく似ている”と言える者もいないだろう」


『Franks Wild Years』(1987年発表)

1986年の自作自演の同名ミュージカル使用曲を新たにレコーディングし収録した意欲作。全2作と合わせて称される「アイランド3部作」の完結編だ。

『Franks Wild Years』というアルバムは、同名のウェイツのミュージカルに基づいている。ウェイツも主要な役どころを演じ(監督はゲイリー・シニーズ)、シカゴの劇団ステッペンウルフ・シアター・カンパニーによって、1986年の夏に興行された。アルバムのレコーディングは主にハリウッドで行われた。

『Franks Wild Years』のアイデアは、『Swordfishtrombones』で語られた言葉から生まれた。中古家具のセールスマン(フランク)は、“使用済み燃料みたいなフライトアテンダント崩れの”妻と、彼女の飼い犬で目が見えないチワワのカルロスと共に、中産階級の抑圧された存在として暮らしていたが、自分の家を燃やしてしまう。そして、車のバックミラーに映った、煙を上げる家の残骸を見ながら、彼は高速道路を飛ばすのだ。“あの犬には我慢ならなかった”と捨て台詞を吐きながら。

ウェイツと妻のブレナンはこれをフランクというアコーディオン奏者に仕立て上げた。フランクは、レインヴィルという架空の街を脱出し、スターの地位を求めてラスベガスやニューヨークへと、破滅的だが気高い旅に出る。そして最後には一文無しになって途方に暮れ、フランクは“道に転がっている面倒には片っ端から首を突っ込む男だ”とウェイツは言う。レインヴィルに戻ることを夢見るのだ。セントルイスの公園のベンチで寒さに震えながら。それから突然、はっと目を覚ましたフランクは、自分がいる場所が、そもそもの出発点だった故郷の酒場であることに気づく。ブレナンはこれを“ロマンチックなオペラ”と名付けた。

『Franks Wild Years』にはオペラっぽさはないが、「Temptation」にはウェイツによって作られたオペラ的な陽気な要素がある。ウェイツのヴォーカルの特徴はアルバムの全17曲の中で多種多様だ。なかでもこれ以上ないほど印象的なのは、しわがれ声でうなるような歌声が、非の打ち所のないヴェガスのシナトラっぽい歌い回しに変わる「Straight To The Top」だ。

ミュージカルの『フランクス・ワイルド・イヤーズ』の舞台では14人のキャストが出演していたが、アルバムはすべてウェイツだ。それでも、彼のカメレオンのようなヴォーカルのおかげで様々なキャラクターが思い浮かぶ(その理由の一つには、ラジオシャックで購入された29.95ドルのFanonのトランジスタ・メガホンを使用したこともある)。映画で演じることは、楽曲を歌う上でも、より良く歌う演者になるのに役立った、とウェイツは言っていた。

『Franks Wild Years』は、失われた夢、悪い夢、夢ではない恐れもある夢だ。音楽は悪夢のようで、この世のものとは思えないほど美しい。思い描いてみてほしい。壊れたカリオペを弾く天才的な子どもたち、墓場で夜明けに吹き鳴らされる管楽器、練習室の壁越しに漏れ聞こえるバンジョーを。ウェイツの全作品の中でも、この作品のオーケストレーションは、驚くほどにミュージカルの環境にぴったりあった感覚だ。

*訳注:カリオペ――19世紀半ばのパイプオルガン。

オープニング曲の「Hang On St. Christopher」(“ゴーゴリ作の小説「タラス・ブーリバ」の楽曲だよ。一種のタランテラだ”とウェイツは言った)から、パチパチ音を立てる昔ながらのSPバージョンの「Innocent When You Dream」まで、『Franks Wild Years』は、その雰囲気を保ち続ける。

様々な楽器の中には、70年代初めにJ.C.ペニーで買ったキーボードであるオプティガンや、「I’ll Be Gone」で目立つかたちでウェイツによって楽しげに入れられている雄鶏の鳴き声、陶器のつぼや、デイヴィッド・イダルゴによるアコーディオン、胸の高さまで持ち上げられたレスリー・ペダルや、ミュージック・ソーなどがある。また、ラルフ・カーニーは「Way Down In The Hole」で3つの管楽器を同時に演奏している。

楽曲のタイトルは、どれもフランクの安価な“冒険旅行”を思い起こさせるもので、例えば「Straight To The Top」「Blow Wind Blow」「Temptation」「I’ll Be Gone」がそうだ。作詞は、その必要があるところでは語り口調で、画像的に面白いものも数多くあり、まさに滑稽なところもあり、ときおり奇怪でもある。誰しも涙なしには聴かれない「Franks Theme (フランクの詩)」や「Innocent When You Dream (78) (夢見る頃はいつも)」も外せない。

NME誌は、このアルバムを1987年の第5位に位置づけ、リリース後にウェイツはこう言った。

「思うに、これが1つの章を終わらせるんだ。どういうわけか、これらのアルバムは3枚で1つのようだ。フランクは『Swordfishtrombones』で出発し、『Rain Dogs』で楽しい時を過ごして、『Franks Wild Years』ですっかり成長するんだ」


『Bone Machine』(1992年発表)

自宅納屋を改造したスタジオで制作、スペシャル・ゲストにキース・リチャーズが参加するなど、話題となった1枚。第35回グラミー賞「最優秀オルタナティヴ・ミュージック・アルバム」受賞作だ。

『Bone Machine』は、陳腐な言い方をすれば、大当たりとなった。1992年にリリースされて世界的に称賛され、グラミー賞「最優秀オルタナティヴ・ミュージック・アルバム」を受賞した。ウェイツはアルバム全16曲の半分を妻のブレナンや、スペシャル・ゲストのデイヴィッド・イダルゴやレス・クレイプール(ベース)、ザ・ローリング・ストーンズのキース・リチャーズとは「That Feel」を共作した。

ウェイツによると“セメントの床と温水ヒーターしかない”という場所、カリフォルニア州コタッティのプレーリー・サン・スタジオでレコーディングされたこのアルバムで、ウェイツはサウンドスケープとライティング・テクニックを徹底的に設計し直している。楽曲はどれも作曲されたのではない――それらのサウンドはより鍛えられ、槌で打ち伸ばされ、のみで彫られ、曲げられている。

ウェイツと妻ブレナンは、このアルバムを、土やひび割れた舗道、折れた木の枝や鳥の歌から作りあげたようだ。彼らがより農村部である北カリフォルニアに引っ越したことも、このアルバムのアイデアや音楽に大きく影響した。

アルバム評の一部を紹介しよう。

・ミュージシャン誌:「骨張った傑作」
・ニューヨークタイムズ紙:「まさに並外れている」
・ローリングストーン誌:「崇高な切望があふれている」
・シカゴ・トリビューン紙:「あふれんばかりの色彩と感情」
・ビルボード誌:「この年の最高のアルバムのうちの一枚」
・ワシントン・ポスト紙:「彼の最高傑作のアルバム」
・メロディ・メイカー誌:「ごつごつした栄光」
・NME誌:「怖くて、悲しげで、ぞっとさせる。そしてたやすくトムの最高傑作になる」
・セレクト誌:「今までで最高のトム・ウェイツの作品であり、彼の“百年の孤独*”だ」

訳注*:「百年の孤独」――ノーベル賞を受賞したガルシア=マルケスの著書。

『Bone Machine』は音の彫刻だ。カタカタ音を立てる棒や、錆びついた農機具、息苦しそうな悪魔、新聞の切り抜き、雷が落ちるドシンという音、聖書神話、幽霊、行進する骸骨、狂った男、殺人者、音信不通だった友人、小さな子どもたち、小雨などで作られている。

いくつもの祈りや短編小説や抗議や悲劇の集まりでもある。その音楽は、聴く者の心を捕えて放さず、激しく揺さぶり、頭を撫でて、溝に突き落とし、ほくそ笑み、くすぐり、不平を言い、慰めてくれる。そこには、正当な憤りや、厭世観や、辛辣なジャーナリズムもある。

ウェイツは『Bone Machine』の楽曲のことを“小さな聴く映画”だと言った。彼はときどき楽曲全体をパーカッションのパターンから書く。その際は、ずらりと並んだ、手作りの楽器を演奏するのだ。その中のひとつである “謎の物体”は、基本的には大きな鉄の十字架で、バールでできている。それは、ぶら下げておく何かしらの金属を探してできたものだった。トムはこう説明してくれた。

「リズムに対する強い衝動を感じることがよくあるけど、それは自分の世界とは違うものだ。僕はただ、何かを選んで、それを叩く。もし、その音が気に入れば、それでいく。ときには、僕の馬鹿みたいなやり方が、音楽の役に立ったりする」

死ぬべき運命は、繰り返し登場するテーマで、「Dirt In The Ground」から「All Stripped Down (すべてを脱ぎ捨てろ)」や「The Ocean Doesn’t Want Me (海が私を嫌っている)」や「Jesus Gonna Be Here (ジーザスのおでまし)」に表れている。

「I Don’t Wanna Grow Up (大人になんかなるものか)」はやんちゃな子ども時代への賛歌で、「Whistle Down The Wind」は悲嘆に暮れる告白めいたクラッシックなバラードだ。この楽曲は、2018年にジョーン・バエズが美しくカバーしてアルバム・タイトル曲に使用。ウェイツはこう語った。

「そう、最後には、対処しなくてはならないテーマだ。人によっては、他の人たちよりも早く対処するけど、いずれは対処することになる。最終的には、僕ら全員が、列に並んで悪魔のご機嫌を取るはめになる」

メディアは、このアルバムはウェイツの5年ぶりのアルバムだと書いたが、実のところ、ウェイツは1987年の『Franks Wild Years』のリリース以来、大小様々な多くのプロジェクトで極端に忙しかったのだ。1993年の『The Black Rider』の制作とその半分をレコーディングすることから、ジム・ジャームッシュの映画のほぼインストゥルメンタルの感動的なサウンドトラック・アルバム『ナイト・オン・ザ・プラネット』(1992)にいたるまで。

『Bone Machine』によってウェイツは、今の時代で、もっとも独創性があって精力的なアーティストの一人としての立場をいっそう確かなものにした。そしてさらに大胆な音楽が生みだされることを予感させた。


『The Black Rider』(1993年発表)

1990年に独ハンブルクで初演されたロバート・ウィルソン演出/ウィリアム・S・バロウズ脚本の同名演劇ためにトム・ウェイツが書いた音楽を収録した作品。ウィリアム・S・バロウズが作詞(3曲)とヴォーカル(1曲)で参加。

『The Black Rider』は、『Franks Wild Years』の次のプロジェクトで、3人の非凡な人物によるアートの非凡な融合である。その3人とは、ウェイツと、実験的なディレクター、ロバート・ウィルソンと、伝説的な作家である故ウィリアム・S・バロウズだ(注:『The Black Rider』の音楽は1988~89年に書かれ、1989年と1993年にレコーディングされ、アルバムのリリースは1993年だった)。

『The Black Rider』は、19世紀のドイツもしくはボヘミアの、悪魔と契約した若者についての民話(1821年カール・マリア・フォン・ウェーバー作の有名なオペラ“魔弾の射手”)が下地になっている。ウェイツがこれ以上ないほどにシュールで遊び心一杯に、音楽的にねじ曲げたアルバムだ。

思い浮かべてほしいのは、1929年のベルリンのキャバレーが、“フランケンシュタイン”と合わさって、映画監督F・W・ムルナウの映画のセットが歌えたらどうなるかだ。2時間半におよぶ、この同名の寓話的ミュージカル(ウィルソンはこれをオペラだと言う)は、1990年3月31日にドイツ、ハンブルクのタリア劇場で初めて上演され、ヨーロッパでは今でも定番となっている演劇だ。ウェイツは歌っておらず、プロデュースにも参加していない。キャストは11人で、アメリカ、カナダ、オーストラリアと各地で上演された。

フィリップ・グラスのオペラ『浜辺のアインシュタイン』を上演したことで有名なウィルソンは、『The Black Rider』の音楽と作詞のほとんどのためにウェイツを探しだした。バロウズは、3つの楽曲の作詞を担当し、脚本を書いた。ウェイツはハンブルクに引っ越し、長年彼のベーシストであるマルチ・インストゥルメンタリストのグレッグ・コーエンと、ミュージック・ファクトリー・スタジオのゲルト・ベスラーとコラボレートした。

ロバート・ウィルソンはインタビューでこう言った。

「トム・ウェイツが歌うのを聴くのが好きだ。彼の中にある深い音楽センスが私の琴線に触れ、大いに感動させる」

ウェイツにとって、これは断ることができないオファーだった。彼はこう言った。

「ウィルソンの舞台イメージは窓の向こうの、埃をかぶったような美しさを見させてくれて、それが僕の目や耳を永遠に変えたんだ」

奇妙で無鉄砲な、この冒険的試みによる音楽の成果は、1989年にハンブルクで半分がレコーディングされ、もう半分がカリフォルニア州コタッティにあるプレーリー・サン・スタジオでレコーディングされた。批評家たちは困惑したようだった。その中で注目すべき例外はローリングストーン誌で、こう書いていた。

「このアルバムの楽曲は、古くなってガタついたティルト・ア・ホワールに乗るような、ぞっとする興奮をもたらす、つむじ曲がりで、おかしなメロディばかりだ」

*訳注:ティルト・ア・ホワール――遊園地の回転遊具の一種。

ニューヨークタイムズ紙いわく、『The Black Rider』は、「ドイツ表現主義と日本の歌舞伎と、ミュージカル・コメディや無声映画のピエロなどのアメリカのヴォードヴィルとを楽しく融合させたもののようだ」と評していた。また、2020年に、このアルバムは、ミシガン大学の学生の一人ジェイコブ・アーサーによって博士論文のテーマになった。

『The Black Rider』は、1時間近くもある長いウサギの巣穴で、気味の悪い語りや、気の触れた謝肉祭、はかないバラード、著者自身とウェイツによるバロウズの詩の不気味な朗読があり、インストゥルメンタルの楽曲もある。

“The Devil’s Rhubato”と呼ばれる“ハウス・バンド”が、ホルン、ヴィオラ、チェロ、オッドボール・キーボード、汽笛、コントラバスーン、不吉なバスクラリネットを自由に使っている。音楽の特色は、両極端な、胸を打つセレナーデ「The Briar and the Rose」から、バロウズの薄気味悪い「T’Ain’t No Sin」まで様々だ。

「T’Ain’t No Sin」は、ウェイツがこのプロジェクトに取り組むきっかけとなった歌詞だ。

「皮膚を脱いで骨の姿だけで踊るのは 罪にならない」

Written By uDiscover Team



トム・ウェイツ
アイランド・レコード5作品リマスター発売
2023年9月1日発売:Swordfishtrombones/Rain Dogs/Franks Wild Years
2023年10月6日発売:Bone Machine/The Black Rider
CD&LP




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