【インタビュー】エルヴィス・コステロが語る最新アルバム『Hey Clockface』
2018年にがんの摘出手術を受け、ツアーもキャンセルしたエルヴィス・コステロ(Elvis Costello)だが、その後は全く元気で、実際、グラミー受賞作となった『Look Now』に続く新作『Hey Clockface (ヘイ・クロックフェイス)』も、それを物語るような傑作だ。世界が新型コロナウィルスに悩まされる中での、完成に至ったその新作についてきいた。
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━━ 2018年の手術以降体調は全く問題ないそうですね。それでも、大きな手術を経験すると、それを機に考え方が変わるようなこともあるかと思うのですが、それはどうでしたか。
あるのかもしれませんが、あまりそういう分析はしません。僕の場合、8~9歳くらいから「健全な死生観」を持っていました。つまりすごく幼い頃から、人の命が永遠のものではないとわかっていました。若い時は、誰からも傷つけられるまい、とまるで自分が不死身であるかのように振舞っていたましたが、それが間違いであることも気づきました。
だから手術を受けたからと言って、より時間の経過を意識するようになったということはありません。そう言いつつ、僕の新作のタイトルは『Hey Clockface』で、その中には“時計が恋敵になる”ことを歌った曲もありますが。それはどちらかと言えば、時間を陽気で気楽に捉え、バラードが多い中でリズミックな曲を入れたかったからというだけで、深い哲学的な思いを巡らせての結果ではないのです。
━━ 現在、世界的にコロナ禍にあり、音楽業界にも計り知れない影響が出ています。ライヴができない、仲間たちと一緒に音楽ができない、日本でも音楽家たちはいろんな思いを抱えています。あなたは今回のコロナ禍の中、どうすごし、どんなことを思っていましたか。
幸いというか…まず何よりも家族のもとに帰れたことがありがたかいと思いました。UKツアーの最終日に近づき、ファンもコンサートに来ることに不安を感じ始めていることがわかるようになってきました。イギリス国籍の人間はカナダ国内に入れなくなるので、僕は慌てて国境を越え、2週間の隔離生活の後、フェリーでバンクーバー島に渡り、小さなキャビンで3ヶ月間を過ごしました。ダイアナと13歳の息子たち(双子)と小さな家ながらも一緒にいられたこと、周りには森があり新鮮な空気を吸って毎日生活が出来たのは良かったです。大都会で常にサイレンが鳴り、食料品を買いに行った先で感染したのではないかと怯えることはありませんでしたから。
それ以外、何をしていたかと言えば、すぐにいろいろなものを書き始めました。ラジオドラマに近いコメディ仕立てのドラマだったり、曲だったり。そして2月にレコーディングした曲を聴き返し始めました。まだ「なんとなくそういう気分だったので」飛行機に乗って、ヘルシンキ、パリに行くことが出来た時にレコーディングしたものを。今では、レコーディングのために2都市へ行くなんてありえない話ですが、あの時は冒険の気分だったんです。
またしても僕が運がよかったのは、すでに録音した音楽が手元にあったことですね。そして友人からもう2曲が送られてきて、それによりストーリーは完結しました。共同プロデューサーのセバスチャン・クリスは――彼とは『Look Now』でも一緒にやりましたが――レコーディングには一切立ち会っていません。ですが、ヘルシンキで始まり、僕が一人で完成させた曲、パリ、そしてニューヨークのものすべての曲をミックスし、何千マイルもの距離を超え、統一感を与えてくれたのです。
━━ 3月に、英国ではパブに対して他のレストラン等と同じように休業要請が出されました。パブに行くことは英国民の権利であり、過去世界大戦のときでさえも閉鎖されたことがなかった英国の文化だともいわれるパブですが、1970年代のパブ・ロック時代、またFlip City 時代を振り返って、なにか思うことはありますか。
パブっていうのは、君も今言ったように、決められた制度のようなもので人はただそこに集まっていたいのです。最近はだいぶ変わってきましたたが。僕が十代でまだ入ってはいけないパブに忍び込んでいた頃、パブっていうと老人が数人、たった1杯のビールをゆっくりと何時間もかけて飲んでいるというのが典型的なイメージでした。正直誰も楽しそうではありませんでした。
アメリカではバーで生演奏が行われていると知り「いいなぁ、僕もバーでR&Bの演奏が聴きたい」と思っていました。パブと聞くとそれだけで退屈で、だからパブ・ロックという言葉もあまり好きではありませんでした。どこか見下されているようで。でもあそこに出ていたミュージシャンがやろうとしていたのは、雑誌などで読んで知っていたアメリカのクラブ・シーンを再現したかったんだと思います。客の近くで演奏することの熱気、それに憧れて。その頃、1972〜1976年頃は僕はスタートしたばかりでした。小さなバンドをやっていましたが、実のところ大してうまくありませんでした。
━━ Flip Cityですか?
はい。何曲か良い曲はありました。「Radio Radio」の初期のヴァージョンとか。あれはラジオを批判していたのではなく、ラジオを褒め称えていたんです。人前でやることを学びたくて、ソロでフォーククラブに立つこともありました。そして学んだのは声を上げなきゃ、人の関心は引き寄せられないということでした。黙っていても注目してもらえるなんてことはありません。あれは良い勉強になりました。
1976年頃から、リラックスしたロックンロールから、もう少し活気のあるアグレッシヴなスタイルにシーンは変わり始めました。ジョー・ストラマーは同じシーンで101ers というバンドをやっていて、僕よりはずっと成功しててそこら中でプレイしていたので噂を聞いてました。その頃には僕もバンドを解散し、気づけばスティッフ・レコードからファースト・シングルを出していたんです。スティッフはそんなシーンの中から生まれたインディペンデント・レーベルだったわけですが。ちょうど世の中が一般的な気楽なロックンロールから、ダムドみたいなものに変わりつつあるまさにそのタイミングだったのです。
その時そこに居た僕は幸運だったのだと思います。そして学んだ教訓から、もっと力強い存在感がないと仕事は続かないと思い、自分の主張を強く打ち出しました。でも、もしかすると、1曲の中で出来ることを少しだけ絞って。それだ! そのことをよく覚えています。僕はいろんな音楽を知っていたので、頭の中には音楽がギッシリでした。でもファースト・レコードでは、あえてそうじゃないフリをしていました。ちょうど中間くらいを狙い、この1枚目がちゃんと届くようにしようと思ったんです。
━━ 『Hey Clockface』というタイトルの由来と、そこに込められた思いを教えてください。ファッツ・ウォーラーの「How Can You Face Me?」が組み込まれていますが、その理由も教えてください。
同じ“Face”という言葉が出て来きます。そしてどちらの曲でもそこで言わんとしているのは、“時計は時を自分から奪って行く恋敵”ということだからです。好きな相手が来るのを待っている時、家に帰って来て欲しいと願っている時、また会いたいという時、時間はゆっくりとしか流れません。まるでこちらを騙そうと企んでいるかのように。ところがサヨナラを言わねばなくなると時間は途端に速度を速め、愛する人をかっさらっていく。とても思わせぶりな、実は陽気な内容なんです。曲の雰囲気によく合っていると思います。ファッツ・ウォーラーを最初と最後に引用することで、楽しい音楽世界を作り出すことが出来て、パリでのセッションでもアンサンブルがとても楽しんで演奏してくれました。聴いていても、それは伝わるでしょ?!
━━ そのタイトルに関連する質問ですが、今回は「Time」という言葉が幾つかの曲で出てきて、アルバムのキーワードとしての役割を果たしているような気がします。それは、意識して使っているんですか。例えば、「No Flag」「They’re Not Laughing At Me Now」「 Newspaper Pane」「We Are All Cowards Now」「The Last Confession of Vivian Whip」というように。
何回出て来たか、数えてはいないから分かりませんが…。誰かから、僕の初期の曲には「Shoes」という言葉が多いと指摘されたことがあって、それは当時靴を1足しか持ってなかったから無い物ねだりかなと思ったり(笑)「Time」に関しては気付きませんでした!
「Hey Clockface」では当然、時計なので時間は出て来ます。でもあれは「おい!時計の顔したやつ(*実際のclockfaceは文字盤という意味)!」と誰かをバカにして呼んでるみたいな感じが好きなだけで。「時」がアルバムに流れる一貫したテーマだと自分では思ってませんが、それに気づいた人間は想像力を働かせて、素敵に書いてくれるってことですね!それで良いじゃありませんか。
Written & Interviewed by 天辰保文 / Translated by 丸山京子
エルヴィス・コステロ『Hey Clockface』
2020年10月30日発売
CD / iTunes / Apple Music / Spotify / Amazon Music
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