来日公演が迫るエラ・メイ:松尾潔と林剛が語るR&Bダークホースであり90年代R&Bの申し子の魅力とは

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2019年10月31日(木) に大阪・なんばHATCH、11月1日(金)には東京・国際フォーラムホールAで自身初となる来日公演が決定したR&Bシンガーのエラ・メイ(Ella Mai)。

エラ・メイは、2019年2月発表の第61回グラミー賞で主要部門の最優秀楽曲賞を含む計2部門にノミネートされ、最優秀R&B楽曲賞を受賞。5月のBillboard Music Awardsでは新人賞含め計6部門7ノミネートを受け、「Top R&B Artist」「Top R&B Female Artist」「Top R&B Song」の3部門を受賞。

ブルーノ・マーズ北米スタジアム・ツアーのオープニング・アクトにも抜擢され、スティーヴィー・ワンダーは直電で彼女を大絶賛し、ローリング・ストーン誌はシングル「Boo’d Up」を「過去10年にブレイクした女性R&Bシンガーの中でもっとも成功したシングル」と評したエラ・メイ。そんな彼女の初来日公演を記念して、2018年12月に発売された彼女のデビュー・アルバム『Ella Mai』日本盤のライナーノーツに掲載された音楽プロデューサーの松尾 潔さんと×音楽ライターの林 剛さんによる対談を転載します。

デビュー・アルバム後のエラ・メイ:ミーク・ミルやエド・シーランとの客演やエラのカバーまで


 「Boo’d Up」で大ブレイク

:2018年の“現象”と言ってもいい「Boo’d Up」でブレイクしたエラ・メイですが、近年、たった1曲だけでここまで話題になった女性R&Bシンガーも珍しいですよね。もともとこれは2017年2月に発表した3枚目の公式EP『Ready』に収録されていた曲で、松尾さんはご自身のラジオ番組“メロ夜”こと「松尾潔のメロウな夜」(NHK-FM)でリリース直後にかけられていたわけですが。

松尾:2017年3月に初めてオンエアしました。当時は「Boo’d Up」がシングルとして出てたわけじゃなくて、まだミュージック・ビデオもなかった。単純にEPで一番キャッチーだなと思う曲をかけたんですよ。“メロ夜” の年間チャートでも2017年の第16位に選びましたしね。でもそれが1年以上かけて全米チャート(Billboard)のトップ10に入るなんて思いもしなかったな。

:アメリカで流行り出したのはずっと後のことで、2017年12月にベイ・エリアのDJビッグ・ヴォンが地元のクラブでかけて反響があったので、自分がホストを務めるラジオ局KMELの番組で流したところ全米に広まって、今年に入ってからシングル・ヒットした…というのがザックリとした経緯です。

松尾:ここ数年、女性R&Bシンガーで全米ポップ・チャートのトップ10にコンスタントに手が届くのはビヨンセとリアーナくらいで、この牙城は崩れないのかと思ってたんですが…エラ・メイはダークホースもいいところですからね。無印の新人。

:全米ポップ・チャートでの現時点での最高位は2018年7月に記録した5位。複数あるR&B関連のチャートでは3 部門で1位を獲得していて、その記録は女性アーティストとしてはビヨンセの「Love On Top」(2011年)以来6年ぶりということで。あと、UK出身の女性ソロ・シンガーで全米R&Bチャート1位を獲得したのはリサ・スタンスフィールドの「All Woman」(1991年)以来26年ぶりでもあるようです。

松尾:いかに老若男女に愛されたかってことですよね。

:2018年の7月、エラはニューオーリンズでの〈Essence Festival〉に出演したのですが、ライヴでは「Boo’d Up」が始まった途端、お客さんの9割近くが、今この瞬間を記録しようとスマホを掲げてましたから。で、大合唱。

松尾:みんな後でそれを見て“2018 年の夏”を思い出すんでしょうね。

:「Boo’d Up」はリミックスやカヴァーも連発されて、今や世界中で5,000近くのヴァージョンがあるそうです。

松尾:それは途中から追えなくなったはずだ(笑)。最初のうちは“メロ夜” でもひとつずつ紹介していたんですが、途中でやめちゃったんですよ。

:一番有名なのがニッキー・ミナージュとミーゴスのクエイヴォのやつ。

 

松尾:これはオフィシャルですよね。

:はい。曲の最後にiPhoneのデフォルト着信音が鳴るあたりが今っぽいですね。〈Essence Festival〉開催時、彼女のトークショーに足を運んだのですが、その時はT・ペインのリミックスが好きだと言ってましたね。あと、「エラ・メイで聴くべき3曲は?」と問われて彼女が挙げたのが、2017年の自分の誕生日(11月3日)に発表した「Naked」、2016年11月に出した2枚目の公式EP『Change』に入っていた「10,000 Hours」(DJ マスタードの2016 年作『Cold Summer』にも収録)、そして「Boo’d Up」。今なら今年8月に発表したシングル「Trip」を挙げるのかもしれませんが。ちなみに、この対談時点で「Boo’d Up」のオフィシャル・ミュージック・ヴィデオ(2018年4 月公開)のYouTubeでの再生数は約2億6 ,000万回(*2019年9月段階で3.8億回)。

松尾:恋人と遊んだりしてる、なんてことのない低予算ビデオですけどね(笑)。

:“ 恋仲になる(Boo’d Up)”という、単純な歌ですしね。カリードやカマイヤといった若手アーティストのカメオ出演も話題になりました。

 

松尾:そういえばエラ・メイはケラーニの〈SweetSexySavage Tour〉でサポート・アクトを務めてましたよね。“メロ夜” でも言ったんですが、今やエラと立場が逆転したんじゃないかな。ちなみにさっき話した年間チャートではケラーニの「Honey」は17 位で、昨年の時点ですでに逆転してました(笑)。

:本当に。今年10月にはブルーノ・マーズの〈24K Magic World Tour〉でカーディ・Bに代わるサポート・アクトのひとりとして抜擢されたほどで、今や大スターですね。

 

90年代R&Bの申し子?!

:「Boo’d Up」は90年代R&Bのムードを感じるということでも話題になりましたが、エラ・メイは1994年生まれ。今年で24歳。松尾さんも以前から仰っているように1994年というのはR&Bの当たり年で、そう思うと90年代R&Bの申し子と言いますか。

松尾:まさに現在のメロウR&Bのフォーマットができたのが1994年っていうのが僕の持論で。R.ケリーが超人的な活躍を見せた年ですよ。21世紀に続くメロウネスを決定づけた“現行R&B元年”の生まれ年と言っていい。

:ちなみに、エラが生まれた1994年の11月3日頃に当時の「Hot R&B/Hip-Hop Songs」で1位だった曲はブランディの「I Wanna Be Down」。エラはブランディをアイドルのひとりに挙げてもいます。

松尾:個人的なお話をすると、ちょうど久保田利伸さんが全米デビュー・アルバムを制作していた時期で。当時の彼のNY生活を思い出しながら僕が作詞したのが「Winds」(2011年)という曲で、歌詞には「もう一度 I wanna be down with you」ってブランディの曲名を引用してます。それだけのオマージュを捧げるに価する時代なんですよ。

:そんな時代にUKのサウス・ロンドンで産声を上げたのがエラだったと。本名はエラ・メイ・ハウエルで、“エラ(Ella)”はエラ・フィッツジェラルドにちなんで命名されたとのことです。両親は、お父さんがアイリッシュ、お母さんがジャマイカ系だそうですね。

松尾:イギリスによくあるパターンですね。

:それで、12歳の頃、アメリカのNYに渡って…。

松尾:ロンドン生まれでNYに行くってスリック・リックと同じパターン。

:まさに。ただ、エラの場合は高校卒業後、イギリスに帰国してまして。その後参加したのがアライズ(Arize)というガールズ・トリオです。

松尾:それで人気オーディション番組『Xファクター』のUK版に出たと。

:2014年だから20歳頃でしょうか、当時の映像をYouTubeで見ることができますが、エラはセンターではなく、一番地味な3番手くらいの印象。

 

松尾:そうなんですよ。歌はともかく、お喋りの量は乏しかったですよね。でも『Xファクター』の日本版の審査員だった僕は他人事じゃないというか…テレビのオーディション番組に集う人たちは、宅録で緻密なデモ作ってるタイプとは応募の動機も違って、多かれ少なかれ自分には“テレビ映えする華がある”という自信の主なんです。エラも大前提としてまずは演者として華のある人。グループではさほどいいところにはいかなかったけど。

:そう言えば、番組ではリトル・ミックスの「Little Me」(2013年)をアカペラで歌っていました。

松尾:僕は今のところリトル・ミックスをプロデュースした唯一の日本人ですから、そこにも縁を感じてしまうなあ。『Xファクター』のようなオーディション番組で、番組出身者の曲を歌うのは王道的行為。でもその時点ではリトル・ミックスにも手が届かなかったエラが、その後アメリカで認められた。彼女自身も予期していなかったであろう、夢のあるストーリー。

:結局アライズは解散して、ソロ活動を始めたのが2015年。そこで『Troubled』っていう自主制作のEPをSoundCloudにアップして、他のSNSでもカヴァーとかを披露していたところ、彼女のInstagramを見たDJマスタードがコンタクトを取ってきて、彼のレーベル〈10 サマーズ〉と契約したと。

松尾:どこで誰が才能を見てるかわからないもんですね。テレビでチャンスを掴めなかった人が、その後、新興メディアであるSNSをキッカケにチャンスを掴むっていう、この順序がまさに今ですよね。

 

マスタードとの邂逅

:DJ マスタードについても簡単に触れておきましょうか。1990年生まれで、LA 出身ながらトラップに代表されるサウス・ヒップホップ系の音作りも得意とするプロデューサー。YGやビッグ・ショーン、タイガ、タイ・ダラー・サイン、リアーナなどに関わってヒット曲を量産してきました。“DJマスタード” の“DJ”とは本名のDijon (Isaiah McFarlane)にちなんだものですが、本作ではシンプルに“マスタード”と表記されています。で、ブレイク・イヤーにあたる2014年に出したのが『10 Summers』というミックステープ・アルバムで。

松尾:彼のレーベル名になった作品ですよね。

:その〈10 サマーズ〉のインタースコープによるメジャー展開となるのが今回のエラ・メイのファースト・フル・アルバムなのですが、彼は2014 年にトレイ・ソングスの「Na Na」やティナーシェ feat. スクールボーイQの「2 On」などのR&Bヒットも出していて、そこで本格的にR&Bに取り組むための駒としてエラをフックアップしたのではないかと。あくまで個人的な推測ですが。そうやって、2016年2月に『Time』、2016年11月に『Change』、2017年2月に『Ready』といったエラのEPを出していくと。

松尾:歴史は繰り返すと言いますが、マスタードの成功は90年代のジャーメイン・デュプリの出世譚を想起させます。まずはシルク・タイムズ・レザー、クリス・クロスといったラッパーのプロデュースで名を売って、満を持して(R&Bアクトである)エクスケイプを手掛けるという。そのエクスケイプで認められて、マライア・キャリーの「Always Be My Baby」ではついに頂点を極めた。僕は当時デュプリのところに行き来していたのでマニアックな話をしちゃいますが、「Always Be My Baby」が全米ナンバー・ワンになったのは1996 年でしたけど、実際にレコーディングしたのはまさに1994年の暮れだったんですよ。つまりエラ・メイと同じヴィンテージ!

 

:マスタード≒デュプリ説! 思えばBoo(恋人)というスラングを使ったゴースト・タウンDJ’sの「My Boo」(1996 年)はソー・ソー・デフ発で、アッシャー&アリシア・キーズの「My Boo」(2004年)はジャーメイン・デュプリのプロデュースでしたね。で、マスタードも今回、エラの「Boo’d Up」が当たった後にマライアの新曲「With You」(2018年)を手掛けたという、見事に同じ流れ。初めて「Boo’d Up」を聴いた時、デュプリが手掛けたマライアの「We Belong Together」(2005年)ぽいなとも感じました。

松尾:ハイハットが連打されるTR- 808を中心とした音作りの感じね。ただ、もともと「Boo’d Up」はジョニー・ギルの「There U Go」(1992 年のサントラ『Boomerang』収録)をベースに作ったと言われてますよね。曲の展開とか進行を聴くと、なるほどな、とも思います。

 

:「Boo’d Up」の作者のひとりであるジョエル・ジェームス (クリス・ブラウンのCBEと契約していたカリフォルニア出身の白人女性シンガー/ソングライター) が種明かししていましたね。で、ジョエルが2014年頃に録ったとされるデモは、ワーレイがラップを入れてジャ・ルールとアシャンティの「Always On Time」(2001年)みたいな雰囲気になったようですが、結局リリースされず、エラとマスタードのもとに渡ったと。

松尾:へえ、そういう裏事情があるんですね。

:あと、「Boo’d Up」はマスタードの音として語られがちですが、コ・プロデュースで絡んでるランスことラーランス・ダプソンの貢献度も大きそうで。彼は1500 or Nothin’というLAの音楽集団にジェイムス・フォントルロイらと所属していて、ケンドリック・ラマー『To Pimp A Butterfly』(2015年)でプロデュースしていたり、ジャスティン・ティンバーレイク「Filthy」(2018年)を共作していたりもします。

松尾:さすが林さん。僕はコ・プロデューサーの功績までは目が届かなかったなあ。ランスは(90年代にLA&ベイビーフェイスのブレーンとして活躍した)The Silent Partnerことダリル・シモンズ的な役割ですね。おそらくマスタードは尖った人だろうから新しい方向に行くかもしれないけど、安定してメロウな作品を供給してくれるのはランスだったりするのかも。

:ランスがテラス・マーティンと一緒に手掛けたケンドリック・ラマーの「These Walls」なんかもメロウですし。

 

松尾:なるほど。メロウさに加えて、懐かしいところをくすぐるっていう意味でエラ・メイの曲は特別なのかもしれませんね。いい意味で新譜に聴こえないっていうね。

:それでいてトラップ的なビートが脈打ってる感じが実に2010年代的。90年代R&Bの単なる焼き直しじゃないっていう。

松尾:そうそう。ブルーノ・マーズの大ヒット「24K Magic」(2016年)にも通じます。あの曲も懐かしい曲調であると同時に、例えばブリッジでトラップ調になるあたりは新しいわけで、その匂いづけが奏功してるんですよね。

:「Boo’d Up」や「Trip」の音数の少なさというか、あのスカスカの音の中で、ものすごい歌唱力ってわけではないエラのヴォーカルを際立たせている。

松尾:マスタードはスペースの作り方に長けています。「休符もまた旋律のうち」というR&Bのサウンド・プロダクションの真髄を見せつけられる気がしますよ。90ʼsフレイヴァーと今のトラップ以降のリズムとの折衷がすごくいいバランスなんですよね。

 

アルバムでのUKコネクション

松尾:ただね、今回アルバムを最初に聴いた時に思ったのが、全曲マスタードが手掛けているわけじゃないんだなと。

:マスタードが関わっていない“カラシ抜き”の曲もある(笑)。序盤の「Good Bad」からして“カラシ抜き”で、これはUK出身のナナ・ローグスによるプロデュース。ドレイクの仕事でも有名な人で、「Passionfruit」(2017年)を手掛けたり、『Scorpion』(2018年)ではマイケル・ジャクソンの未発表音源を使った「Don’t Matter To Me」でもペンを交えていた人です。

松尾:旬な人を持ってきましたよね。

:ソングライターも含めてUKコネクションで仕上げた曲もいくつかあって、ハーモニー・サミュエルズが制作したミッド・スロウの「Cheapshot」にしても、ほぼUKの人と一緒に作ってますね。あと、本編最後のバラード「Easy」はホールジーなんかで知られるノルウェー出身のリドーがメインで制作していて、歌い出しからモダン・イングリッシュの「I Melt With You」(1982 年)のメロディを引用してエラがUK 出身者であることを匂わせているというか。

松尾:90ʼsというキーワードで語るなら、あの頃のR&Bアルバムによく1曲だけ入っていたダイアン・ウォーレンのバラードみたいな曲だなぁ。あと、今回のアルバムでは、イギリス英語独特の発音で、今までのEPにもあった“語り”を披露していますよね。

:ポエトリー・リーディング的なスキット。“あきすとぜねこ”風というか、名前(ELLA MAI)のアルファベット各文字を使って言葉を語っていく。冒頭の「Emotion」(E)以外は曲の終わりで語られて、「L」がLust(4曲目)、同じく「L」でLove(7曲目)、「A」がAssertive(9曲目)、「M」がMystery(10曲目)、「A」がAware( 12曲目)、「I」がInner(14曲目)と続きます。この喋り方がもう…。

松尾:あの発音にアフリカン・アメリカンの男たちはやられてしまうんでしょうね。シャーデー登場の時代からそうですけど(笑)。

:髪型もアップにまとめてるのとスパイラルパーマっぽいロングの2パターンあって、そのギャップもたまらない。

松尾:ジャネットの『janet.』(1993年)とか『The Velvet Rope』(1997年)の感じも彷彿させませんか? そのあたりも含めて90ʼsっぽさの表出ってことなのかな。

:確かに。90ʼsフレイヴァーということでは「Own It」は、1998年のサントラ『Woo』に入っていたアディナ・ハワード feat. ジェイミー・フォックスの「T Shirt And Panties」を引用したスロウ・ジャムで。プロデュースを手掛けたうちのひとり、マルコス・パラシオスはセヴン・ストリーターの2017 年『Girl Disrupted』でフェイス・エヴァンス「Soon As I Get Home」(1995年)のカヴァーを手掛けていたダ・インターンズの片割れです。あと、マスタードが手掛けた「Shot Clock」ではドレイクの「Legend」(2015年)を引用していますが、そもそも「Legend」がジニュワインの「So Anxious」(1999年)を使っていたわけで、随所に90ʼsのムードが滲み出ていると。

松尾:言われてみればそうだなって感じですね。でも、エラの声で歌うと全部新しく聴こえるくらい、時代を味方につけている。とにかくこの声。R&Bファンの老いも若きも、オーセンティックなものが好きな人も新しいものが好きな人にもピタッとはまる。

:アンニュイというかぶっきらぼうにも聴こえるけど可憐で人懐っこいという、不思議な魅力を持つ声。そういえば彼女がツイートしていたんですが、「Trip」や「Sauce」と同じチームで「Close」を作る前にずっとトニ・ブラクストンを聴いていたみたいで。

松尾:低い音域の気だるい歌い方とか、確かにトニ・ブラクストンっぽいな。あとね、ルックスでいうと昔エムトゥーメイにいた頃のタワサ・エイジーにビックリするほど似てる時があって、歌もタワサと同じでゴスペル・シンギングじゃなく、わりと澄んだ高音で歌うというか。可愛らしいように見えて腕にがっつりタトゥーが入ってる感じとか、そういうストリートっぽさもいいな。

 

デュエットで真価を発揮?

:アルバムにはデュエットもあって、それがゲストのカラーに寄せた感じでありながら、自分の個性もしっかり出している。

松尾:そうなんですよ。僕もデュエットの曲でいいところを見せる人だなぁと思って。それがいいことなのかどうかわからないけど、クリス・ブラウンとの「Whatchamacallit」はクリスに寄せてますよね。

:ワチャマコリ(what you may call it)ですね。松尾さんも“メロ夜” で説明されていた「あれ、なんて言うんだっけ?」っていうスラング。お互い恋人がいる男女が浮気っぽいことになりそうなんだけど、「これ浮気じゃないよね、なんて言うんだっけ?」って自己正当化のためにトボケる曲(笑)。

松尾:そういう軽い曲をアルバムの推し曲にするあたり若いスタンスですよね。リル・ディッキーとの「Freaky Friday」(2018年)にも通じているけど、今やクリスってそういう意味での記号的な存在なんだな。

:クリスとは以前にも共演していたエラですけど、この曲はクレイグ・デイヴィッドの「Talk To Me Part II」(2018年)に客演した時の感じも思い起こさせますね。マスタード人脈で作っていて、クリスは以前マスタードが手掛けたキッド・インクとかオマリオンの曲でも歌っていたので、よく馴染んでます。

松尾:ジョン・レジェンドとの「Everything」もジョンに寄せた音作りになっていて。

:2000年代初頭のネオ・ソウルっぽい雰囲気ですよね。

松尾:ジェイムス・ポイザーとかが関わってるのかな?っていう。

:エラはローリン・ヒルもアイドルだそうなので、そういうムードを出したのかも。この曲をメインで手掛けているのはデイヨン・アレクサンダーとジェフ・シャンで、彼らはマスタードも関与していたデミ・ロヴァートの近作『Tell Me You Love Me』(2017年)に関わっていたLAのチーム。

松尾:デミ・ロヴァートは1回会ったことがあります。日本のR&Bファンにはそれほど知られていない名前かもしれませんが、以前は『Xファクター』のアメリカ版で審査員を務めていたこともある大スター。人気女優でもある。つまりデイヨンとジェフのふたりは、以前から巨大なマーケットで仕事をしてきたと言えるわけです。林さん、このジョンの曲もそうですが、H.E.R.との「Gut Feeling」でもアディショナル・プロデュースをやってるクウェンティン・ガルレッジは?

:この人はランスがいる1500 or Nothin’ 周辺で活動している人ですね。H.E.R.との「Gut Feeling」はその次に登場する「Trip」とクレジット的にも連続性のある曲で、フロエトリーとかを思わせるネオ・ソウル風のジャジーなスロウ。それを今の新しいR&Bを象徴する、同志でありライヴァルの歌姫と共演するという。

松尾:フェイス・エヴァンスとメアリー・J.ブライジのデュエット「Love Don’t Live Here Anymore」(1995年)を彷彿させますね。あと、僕が好きなデュエットはEP『Time』で披露していたタイ・ダラー・サインとの「She Don’t」。メロウでユルい感じとか、いい塩梅なんだな。タイ・ダラー・サインの声は無骨な感じがあるから、可憐な印象を与えるエラの声は相性がいい。

:ドネル・ジョーンズの「Where I Wanna Be」(1999年)っぽいですよね。実際にエラはドネルの曲を歌った動画をSNSで公開していたこともあります。

松尾:そういえば「Boo’d Up」を最初にオンエアした回の“メロ夜” で、ドネルの「Where I Wanna Be」もかけましたが、何でかけたかというと、それをサンプリングしたマライア・キャリーの「I Don’t」(2017年)と繋げたんですね。その「I Don’t」に客演していたのが(マスタードと組んで出世した)YGで、それをプロデュースしていたのがジャーメイン・デュプリとブライアン・マイケル・コックス。で、ブライアンは今回このアルバで「Dangerous」を手掛けている。

:できすぎた話ですね。

 

R&B is alive!

:アルバムは「Boo’d Up」や「Trip」的な流れで来るのかと思ったのですが、そういう感じでもなかったですね。

松尾:僕もてっきりメロディアスな曲がもっとたくさん入ってるのかと思ってました。メアリー・J.のデビュー・アルバム『What’s The 411?』(92年)で喩えるなら、「Boo’d Up」が「You Remind Me」、「Trip」が「Real Love」、となると「Love No Limit」的な曲があるのかな、ルーファスfeat.チャカ・カーンの「Sweet Thing」にあたるようなわかりやすいカヴァーがあるのかも…なんてことも思ったのですが。でも、いたずらに起承転結を激しくしないのが今のアルバムの作り方なんだと教えられた気もしましたね。

:2010 年代中期以降のアンビエントR&Bと呼んでいた作品の延長線上にあるアルバムとも言えますよね。カーステで聴きながらチルするために作られた作品というか。

松尾:ジェネイ・アイコとかが蒔いた種が、機が熟して大きく花開き始めた感じ。

:エラ・メイとともにH.E.R. やSZA、カリードやダニエル・シーザーに代表される新世代のR&Bアクトが成果を上げていて、R&B にとって良き時代が再びやって来たとも言われ始めてますね。そう言えばエラがTwitter で「r&b.」と呟いたら、それにカリードが「isn’t dead at all haha」と引用レスしていて。つまり「R&Bは死んでいない」と。

松尾:自覚的なんですね、R&Bということに対して。日本でMISIAや宇多田ヒカルといったスターがR&Bという言葉を身にまとって登場した1998年頃、R&Bはあくまで音楽用語で、「R&Bな人生」という表現は成立しなかった。ロックとかパンク、ファンクといったジャンル名は、当時から「〜な人」、「〜な人生」って言い切ることが可能でしたけど。でも今は、音はもちろん、ファンクでもソウルでもなくR&Bっていう言葉でしか表せないアティテュードを示せるようにもなった感じがしていて。そこに入るのがエラ・メイ。その人が1994年生まれっていうのは、よくできた話ですよね。

2018 年10月 渋谷区神宮前 スマイルカンパニーにて(文責:林 剛)
*2018年12月発売『エラ・メイ』国内盤ライナーノーツより転載


ELLA MAI – THE DEBUT JAPAN TOUR 2019

【大阪公演】2019年10月31日(木) なんばHATCH  OPEN 18:30/START 19:30
チケット:1Fスタンディング 7,500円(税込) / 2F指定席 8,500円(税込) 別途1ドリンク代
INFO: キョードーインフォメーション : 0570-200-888

【東京公演】2019年11月1日(金)国際フォーラムホールA OPEN 18:30/START 19:30
チケット:S指定席 7,500円(税込)  / GOLD 指定席14,000円(税込)
INFO: クリエイティブマン:03-3499-6669 (平日12:00~18:00)

エラ・メイ日本公演オフィシャルHP
https://www.creativeman.co.jp/event/ella-mai/


エラ・メイ『Ella Mai』
発売中
iTunes / Apple Music / Spotify / CD



 

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