ビング・クロスビー「ホワイト・クリスマス」の裏側:楽譜が読めないユダヤ教徒が書いた曲は史上最も売れたシングル
過去70回くらいのクリスマスで、アーティストやソングライター達はビング・クロスビーを凌ごうとしてきたが、全て失敗に終わったといっていいだろう。彼のクリスマス・ソングの代表曲「White Christmas(ホワイト・クリスマス)」は毎年至るところで流れ続け、その過程で売上げが5,000万枚に達し、史上最も売れたシングルとなっている。2位のエルトン・ジョンの「Candle in the Wind 1997」との差は1,700万枚もある。
ビング・クロスビーの成功を見習おうとしたアーティストには、カーペンターズの美しい「Merry Christmas Darling」、ビーチ・ボーイズの心躍るようなコーラスに溢れた「Little Saint Nick」、エルトン・ジョンの「Step Into Christmas」、そしてエラ・フィッツジェラルドの「Let It Snow, Let It Snow, Let It Snow」等があり、そのどれもが「White Christmas」の情趣を共有していた。
どれも「White Christmas」に迫ることは出来なかったが、それはたいして問題ではない。と言うのも、我々は一年の内の残り11カ月はこういった曲は聴かないし、クリスマス・ソングには常に何か新鮮で心引き付けられるものがあるものだ。毎年、初めに「I’m dreaming of a white Christmas / ホワイト・クリスマスを夢見ている」と伝えてくれるビング・クロスビーの甘美な音色を聴くたび、世の中すべてが上手くいっていると我々は実感する。
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「White Christmas」には魅力的な裏話がある。1942年5月にレコーディングされ(長年クリスマス・ソングの多くは夏の間に作られてきた)デッカからリリースされたビング・クロスビーのオリジナル・ヴァージョンは、実は我々が今日聴いているものではない。需要を満たすのに絶えず再プレスされていた為、オリジナル・マスター・テープが擦り切れてしまい、ビング・クロスビーは1947年にほぼ同じヴァージョンを制作したのだ。
曲を書いたニューヨークのチャイナタウンで働いていた元ウェイター兼歌手のイジー・ベイリンは、イスロエル・ベイリンとしてベラルーシで生まれた。彼は、アーヴィング・バーリンと名前を変え、その後アメリカで最も偉大なソングライターのひとりになった。
「White Christmas」以外に今でも歌われる有名な愛国歌「God Bless America」も手掛けたアーヴィング・バーリンは、実は楽譜を読むことも書くことも出来ず、ピアノの黒鍵で適当にメロディを奏でることしか出来なかったので、音楽秘書がついていた。彼は基本的に鼻歌を歌い、言葉を書き取らせるのだ。
これを書いた何年か後、ユダヤ教信者がなぜ「White Christmas」を書けたのかと聞かれたアーヴィング・バーリンは、「僕はアメリカ人として書いたんだよ」と答えた。アーヴィング・バーリンとその両親と8人の兄弟姉妹は、1893年、彼が5歳の時にアメリカへ移住している。
ビング・クロスビーのヴァージョンは完全決定版であり、おまけに僅か18分でレコーディングされたものだったが、そんな名作をカバーしてきた者の数には驚かされる。ボブ・マーリーからスティッフ・リトル・フィンガーズ、ウィリー・ネルソンからボブ・ディラン、そしてU2からエルヴィス・プレスリーまでの多岐に渡る。その中で、アーヴィング・バーリンはエルヴィス・プレスリーのヴァージョンを発売禁止にする為に、法廷論争に持ち込むこともした。
頭の中にこの曲が流れる中、ブロードウェイのオフィスへ向かった日、アーヴィング・バーリンは、「僕が書いた中でベストな曲だと言うだけでなく、他の人が書いた中でもベストな曲だ」と述べているのだから、彼の思いも理解出来よう。
「White Christmas」が初めて公共放送で流れたのは、1941年のクリスマス・イヴ、ビング・クロスビーのラジオ番組でだった。海外勤務の米兵にとってこれほど大切な曲になったのは、これが真珠湾攻撃から僅か数週間後のことだったこともあるかも知れない。この曲には、安泰で健全な時代から取り残された者達の心に訴えるものがあったのだ。
「White Christmas」と最も良い勝負をしているクリスマス・ソングは、「Chestnuts roasting on an open fire / 暖炉で栗が焼かれている」で始まるメル・トーメ作曲の「The Christmas Song」だ。メル・トーメはソングライターであると同時に、素敵なシンガーでもあり、ヴァーヴ・レコードから素晴らしいアルバムを幾つかリリースしているが、「The Christmas Song」のオリジナル・ヒットは彼のヴァージョンではない。ナット・キング・コールはレコード会社の意向に反し、1946年に「The Christmas Song」の自らのヴァージョンを初めてレコーディングした(彼はこの曲を計4回レコーディングしている)。この曲もまた、ダイアナ・ロス、ポール・マッカートニー、スティーヴィー・ワンダー、カーペンターズ等々、100人を遥かに超えるアーティストによってカヴァーされている。
「White Christmas」を初のクリスマスを祝う楽曲だと思っている人がいるが、それは事実ではない。第一に、クリスマスを祝う楽曲は数多く存在し、その殆どは聖歌隊によるものだった。それからこれまた不朽のナンバー「Jingle Bells」は、19世紀に遡る曲であり、「Santa Claus Is Coming To Town(邦題:サンタが町にやってくる)」は現在のクリスマス・ソングの初期作品のひとつで、1934年に歌手エディ・カンターのアメリカのラジオ番組で初めてオンエアされ、その後“スタンダード”になった曲のひとつだ。過去80年にこの曲をレコーディングしているのは、シュープリームス、ダイアナ・クラール、フランク・シナトラ、エラ・フィッツジェラルド等。
アーティストがクリスマスの為にレコーディングするのは、シングルが多いが、アルバムをまるごと1枚レコーディングしたアーティストもいる。その中でもベストな作品は、カーペンターズの『Christmas Collection』、エラ・フィッツジェラルドの『Ella Wishes You A Swinging Christmas』、ダイアナ・クラールの『Christmas Songs』、メアリー・J.ブライジの『A Mary Christmas』、そしてダウンロード・オンリーのスペシャル・コンピレーション『Let It Swing, A Jazz Christmas With Verve』など。1987年には、クリスマス・チャリティ・アルバムのスペシャル・シリーズの第一弾がリリースされた。『A Very Special Christmas』という名の本作は、これまでで最も売れた季節限定コレクションになった。
この季節は、家族、友人達、子供達、暖炉、遠く離れた愛する人達、焼かれる栗、ひいらぎ、ろうそく、サンタ、トナカイとソリ…そしてもちろん、ホワイト・クリスマス等を、恥ずかしがらずに懐かしく想っても良い時期なのだから。少なくとも、地球の北半球に居る者にとっては…。
Written By Richard Havers
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