ダイアナ・クラール『The Look Of Love』:本人とトミー・リピューマ、アル・シュミットが語る名作
「毎日壁に飾られたフランク・シナトラ、ナット・キング・コール、そしてジョン・コルトレーンの写真を見ると、一瞬にして自分が豆のように小さな存在に感じる」と謙虚なダイアナ・クラールは、2001年の3月と6月にハリウッドに建つ神聖なキャピトル・スタジオを訪れ、自身6作目となるアルバム『The Look Of Love』をレコーディングした時のことを語った。
人によってはスタジオの歴史にひるんでしまうかも知れないが、『The Look Of Love』を手掛けたベテランのレコーディング・エンジニアのアル・シュミットによると、彼女はキャピトル・スタジオの壁に並んだ写真に怖気づくどころか、インスピレーションを得ていたと言う。「そんな大物たちの写真のお陰で自分の腕を磨くことができるんです、彼女は話していました」と多くのグラミー賞受賞歴を誇る87歳のアル・シュミットは振り返る。
2001年9月18日にヴァーヴ・レコードからリリースされた、気怠いストリングス満載のバラードと、情熱的なボサノヴァを採り入れた贅沢なアルバム『The Look Of Love』の制作にあたり、当時36歳だったダイアナ・クラールは、グラミー賞受賞経験を持つベテラン・プロデューサーで今は亡きトミー・リピューマを再び迎えた。トミー・リピューマとは1995年から仕事を共にしてきた歴史があり、彼女の過去3作品をプロデュースしていた。
「お互いに6年間で築き上げた信頼があり、何でも意見を言える仲にまでなっていました」と彼女はトミー・リピューマとの関係性について2001年のインタビューの中で明かしている。トミー・リピューマは過去にジョージ・ベンソン、アル・ジャロウ、ランディ・クロフォード、バーバラ・ストライサンド、そしてポール・マッカートニーなど、数多くのミュージシャンの作品を手掛けてきた。「彼には何でも言えましたし、彼も私に何でも話してくれました。互いに尊敬し合っていたので、私にとって彼は最良の仕事のパートーナーでした」。
トミー・リピューマの他にも、彼が信頼を置く仕事仲間のアル・シュミットも今作に参加している。アル・シュミットは音の細部へのこだわりで知られている。「彼らは最高のチームなんです」とダイアナ・クラールは熱っぽく語る。「そして彼らには、すべてを剥ぎ取られ、脆く無防備で、苛立ったり喜んだりする私の全てを見られるんです。彼らと作品を作るのはそれくらい親密なプロセスなんです」。
『The Look Of Love』がどのように出来上がっていったのかについてダイアナ・クラールは、「先に私が思い描いていたコンセプトがあって、それをもとにトミーと一緒に25曲ぐらいのトラックを含むリストを用意しました。そしてピアノとヴォーカルのみでそれらをレコーディングしてから、どれを完成させるか、どれを後の作品にとっておくかを選別していきました。そこから17曲をレコーディングした後、最終的にアルバムに収録される10曲を絞ったんです」。
「リズム・トラックはすべてハリウッドにあるキャピトル・スタジオのスタジオAにてレコーディングをしました」とアル・シュミットは語る。「そこは僕のお気に入りの部屋で、僕たちにとって、まるでリビングルームにいるかのような居心地の良さでした。ダイアナもその部屋をすごく気に入って、フランク・シナトラがキャピトル・スタジオでレコーディングした時に、ほぼ毎回使っていたというマイクも使わせてもらった。そこに漂う魂を感じられるような素晴らしい雰囲気の中で仕事ができたお陰で、みんなの腕を磨くことができたんです」。
アルバム収録曲のほとんどがグレイト・アメリカン・ソングブックからのスタンダードである一方で、最も重要なタイトル・トラックは、60年代半ばにバート・バカラックとハル・デヴィッドが書いた最も歴史の浅い曲でもある。ダイアナ・クラールはそれを官能的なボサノヴァに仕上げており、ビル・エヴァンスやスタン・ゲッツ、ジョージ・ベンソン、そしてフランク・シナトラまで数多くのミュージシャンと仕事をしてきた恐るべきドイツ人アレンジャーで、今は亡きクラウス・オガーマンがアレンジと指揮を手掛けた大規模なストリングス・オーケストラのお陰でその雰囲気はより一層引き立てられた。
「クラウスは永遠に僕の一番のお気に入りのアレンジャーであり続けます」とアル・シュミットは語る。「彼はアレンジャーの中のアレンジャーであり、アレンジャーの最高峰です。どのアレンジャーと話しても、クラウスを超える人はいないと言う」。クラウス・オガーマンが指揮したストリングス・セッションはロンドンのアビイ・ロード・スタジオで行われた。「ロンドン交響楽団と一緒に演奏しました」とダイアナ・クラールは語る。「素晴らしいオーケストラなんです。すごく気持ちを込めて演奏してくれて、喜びに満ちた時間でした」。
プロデューサーのトミー・リピューマとエンジニアのアル・シュミットは70年代後半からずっとチームとして共作してきたが、2人の出会いはそれよりも前だった。アル・シュミットは当時を振り返りながらこう語った。
「トミーとは1962年に彼のプロデューサー・スタッフとして働いていた頃に出会って、当時の彼は新譜を宣伝するために楽譜店で演奏するソング・プラガーでした。彼は、コントロール室にいる僕がぴったりのサウンドを実現すると100%信頼してくれました。彼がコントロール室に入ってくることは滅多になく、ミュージシャンたちと一緒にスタジオにいたお陰で、なにか気に入らないことや変更したいことがあれば、すぐに対応できたんです」。
アル・シュミットによると、トミー・リピューマの強みは、ダイアナ・クラールを含め、一緒に仕事をする人々を安心させてくれることだという。
「トミーはみんなを居心地の良くしてくれます。彼がスタジオで怒っている姿を見たことがありません。慌ただしい時でさえも、面倒なことにならずに問題を解決してくれる。彼はすべてをスムーズに運んでくれるので、限られた時間の中で決まったことをしないといけないというプレッシャーを感じることが決してないんです」
今でも現役で引っ張りだこのベテラン・レコーディング・エンジニアであるアル・シュミットがダイアナ・クラールと初めてコラボレーションしたのは1995年で、共作する度にミュージシャンとして花開く彼女の姿を見てきた。「アルバムごとに彼女はどんどん腕を上げていきました」と彼は明かす。「それを目の当たりにできたのは光栄なことで、彼女はスタジオで必ず何か新しいことを学んでいる。今の彼女は絶好調なんです。トミーと僕が一緒に手掛けた最後のアルバム“Turn Up The Quiet”(2017年)もキャピトルからのものですが、本当に素晴らしい作品です」。
キャピトルでのミキシング・セッションについてダイアナ・クラールはこう語っている。「コントロール・ブースはまるでシナトラがいた時代のようでした。大勢の人たちがそこにいて、ホレス・シルヴァー(ジャズ・ピアニスト)、マイケル・ファインスタイン、そしてバーグマン夫婦(作曲家夫婦のアランとマリリン)も来ていました」。
『The Look of Love』は芸術的にも商業的にも大成功を収めた。アメリカ、カナダ、オーストラリア、フランス、そしてニュージーランドではプラチナム・ディスクを獲得し、ダイアナ・クラールは瞬く間にジャズ界のスーパースターとなり、世界中でコンサート・チケットは完売した。そして、アル・シュミットはこの作品でグラミー賞を受賞した。「良い気分でした。お金や地位のためではなく、音楽づくりを純粋に楽しむことができた、自分にとって大切な作品で賞をもらえたことが嬉しかったです」と、これまでに23度という驚くべき数のグラミー賞を受賞してきたエンジニアは語る。
発売から月日が経った今も『The Look of Love』は変わらずダイアナ・クラールのキャリアを代表する作品であり続け、2017年3月18日に80歳で亡くなったトミー・リピューマとのコラボレーションの頂点を象徴する作品でもある。
「彼はまるで一人のアーティストなんです」と、2001年のインタビューの中で、ダイアナ・クラールはプロデューサーのユニークな性質について語っていた。「本当に音楽が大好きで、どんな時も最優先するものでもあり、“まず音楽を作って、その後でマーケティングの心配をしよう”という考えの持ち主でした。とても熱心で、感情的に物事を捉える感覚を持ち合わせていました。彼と出会えたことはとても幸運だったと思います。他の人だったらこのような作品を作ることを許してくれなかったかもしれませんから」。
Written By Charles Waring
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